人口が非常に多いカブール近郊のダシュ・バルチでは、科学技術など別世界のことのようだ。町に1本しかない渋滞した道路を車で走っていると、その日の仕事を求めてたたずんでいる労働者、太陽に焼かれたレンガを山のように背負ったロバ、カラフルな広告や詩的なペルシャのステッカーで飾り立てた古ぼけたバスが目に入ってくる。舗装された道路が終わると、付近の建設作業用に道の真ん中に置かれた巨大な砂利の山が現れ、車は止まることを余儀なくされる。砂利の山の後ろ、壊れかけた日干しレンガ造りのボロ家が立ち並ぶ泥だらけの小道を100メートルほど行ったところに、タリバン後のカブールの喧騒の中に埋もれた宝物、マレファト高校がある。私は、アメリカン・ユニバーシティ・オブ・アフガニスタンで生物と化学の研究室で指導していない日には、地域主導のこの高校で科学教師としてボランティア活動をしている。私はここで、科学の研究と社会意識・責任感を組み合わせることで、私たちが暮らしている状況を改善し、より持続可能なものにすることができるに違いないと考えたのである。
ある時、血液型とその判定についての授業の後、一人の女生徒が私に「私の血液型がRhマイナスで、婚約者がRhプラスだとしたら、出産のときに問題が起きないようにするには、どうすればいいですか」と質問してきた。彼女は、Rh血液型が自分と異なる子どもを産むときに、母親が免疫反応を起こすRh血液型不適合による感作のことを言っていた。欧米の高校でなら、この質問に答えるのは簡単であっただろうが、この場合、質問にどう答えるのが一番良いのか私にはわからなかった。アフガニスタンのような資源の乏しい国では、このような問題に対処するのに必要な医療施設がほとんどないのである。アフガニスタンには医療に対するニーズはあるものの、その手段はわずかしかないことに私は改めて気づき、アフガニスタンを始めとする発展途上国で医学と保健教育を改善するために、科学技術を将来どのように応用していくべきかについて長い間考えた。科学の未来について私が思い描くビジョンは、科学研究と世界の医療ニーズがもっと融合し、最も脆弱な地域でもより良い医療が提供されるようになり、そうすることでより豊かな世界を作るというものである。
基本的な生物学問題を扱う科学と、全世界の医療格差を低減することを目指すグローバルな支援運動を結びつけることが、未来に向けた私のビジョンの重要な要素である。科学研究は、人材や資金力が欠如している地域に持って行って使える臨床診断技術と治療方法を、これまで以上に重視しなければならない。これには、基礎科学を十分に理解している臨床医と臨床を最終目標にしている科学者が必要である。両者が協力して、文化に配慮し、地元の公衆衛生ニーズにあった費用対効果の高い医療方法を講じることにより、世界の医療の平等を促進することができる。私は、臨床医、エンジニア、科学者の協力関係の中心になって、何らかの役割を果たしている自分の姿を思い描く。私は今、M.D.とPh.Dの学位を目指していて、医者兼科学者として成功するための臨床教育を受け、研究経験を身につけているところである。医学と科学に対する学究的関心と、開発途上国での自分のバックグラウンドを組み合わせることができるトランスレーショナル薬理・分子医学研究に携わりたいと思っている。疾病と新薬の研究をし、分子医学のレベルで資源が乏しい国の医療負担を軽減するのに役立てたいと考えている。
私は教えることを通じて、研究と教育は補足的なものであることにも気づいた。アフガニスタンでの科学指導は、見て聞くという古い教育方法に偏っていて、生徒の興味を取り入れないし、批判的に考えることを奨励しない。他の学校と同様に、マレファト高校も多くの技術的制約に直面している。よくあることだが、停電すると、私たちは鏡と太陽光を使って、複合光学顕微鏡に置いた物体を照らす。塩、石鹸、水、消毒用アルコールといった単純なものが、頬の細胞のDNAを抽出する際の試薬になる。十分ではないが、それでも生徒たちは経験を得ることができ、自分に自信を持ち、科学的方法というものを知ることになる。私はそういった科学の未来の方向に付随して、科学には研究所の外にも役割があるということを理解し、科学研究に加えて、教育指導、広報活動、支援運動に協力する先駆的な科学者たちが出現することを思い描いている。進んで良き師として、また支援者としての役割を果たしてくれる科学者の適切なサポートがあれば、マレファト高校で学ぶ子どもたちのような生徒にも、科学を正しい方向へと推し進め、アフガニスタンそしてさらには全世界に恩恵をもたらすことのできる未来の指導者になる可能性が生まれるのである。



