2010年度「五井平和賞」受賞記念講演

世界の健康と幸せ

ディーパック・チョプラ

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西園寺会長、西園寺理事長、佐藤選考委員長、大使閣下、来賓の皆様、本日は誠に有難うございます。また、私の家族、孫たち、そして、友人たちがアメリカやヨーロッパから今日この場に一緒に来てくれたことは、何よりも嬉しいことです。

さて、限られた時間ではありますが、平和をつくる意識の力についてお話をしたいと思います。

まず最初に、私どもが「意識」といった場合、何を意味しているのかということを明確にしなければなりません。しょっちゅう使っている言葉ですが、意識という言葉の意味については色々と違った意見があります。そこで、私の考えを最も簡単に申し上げるならば、「意識」というのは「目覚めた状態」のことです。意識こそ私たちの存在の根拠であり、私たちの思考を可能にするものです。想像、洞察、直感、選択、創造といったことも意識があってはじめて可能になります。

インドの古代の英知、ヴェーダンタ では、意識についてこのように説明されています。「意識を想像することはできないが、意識が想像を可能にする。意識を認識することはできないが、意識が認識を可能にする。意識を知覚することはできないが、意識が知覚を可能にする」と、偉大なるシバ神は何千年も前に説いたとされています。

私たちは新しい科学の時代に突入しようとしております。意識は脳の副産物というだけではないことがわかりはじめています。意識は確かに脳の中に局在化していますが、同時に私たちが現実と呼んでいるあらゆる事象、即ち、時空間、エネルギー、情報、物質世界、生物、環境など、すべての現れの最も根底にあるのが意識です。

私はよく科学者の方と話をします。最先端の物理、数学、生物などを研究している科学者たちです。その内の一人が友人のスチュワート・ハメロフ博士ですが、彼はアメリカのアリゾナ大学意識研究センターの所長で、ロジャー・ペンローズ博士とも共同研究をされています。

ハメロフ氏とペンローズ氏によりますと、自然の一番深い次元、つまり宇宙の根底にあり、あらゆるものがそこから発生する次元、「プランク単位の時空幾何学」と呼ばれる次元では、すべてが「可能性」として共存しているというのです。その中には、スピン、チャージ、時空の曲率といった物理的宇宙の基礎的構成要素のほか、心の基礎的構成要素となる真、善、美、調和といった精神的価値が存在しています。その深い次元においては、私たちはお互いつながっているというよりは、むしろ不可分であり、そこから愛情、思いやり、平和、喜び、平静といった感覚が生まれてきます。また、この次元には自然の法則を示す数学的な真理も存在します。ですから、意識とその中身を理解することは、全宇宙を理解することに等しいのです。

以上が意識の科学についての導入になりますが、次に、自分の内なる意識に目を向けることによって、いかに現実と呼ばれるものが理解できるようになるかご説明したいと思います。あらゆる存在の根底にある意識は、私たちが現実として経験するすべての事象に分化しています。私たちの思考、言動、知覚、創造力、想像、人間関係、社会生活、環境――これら全てが存在の深い領域である意識の中から相まって生まれてくるわけです。

その前提で、今日、私がお話をしたいのが、「世界の健康と幸せ」というテーマです。もちろん世界平和も世界が健康な状態にあってはじめて実現し得るものです。

スクリーンのマインドマップをご覧ください。これは私が上席研究員を務めるギャラップ社が集めたデータをもとに作成したものです。ギャラップ社ではここ数年間、世界の健康状態について150カ国で調査をしてきました。このデータは常に更新、改定されておりますが、その方法論はギャラップ社の2000人の上席研究員の英知を結集したものです。世界の人々の健康と幸せの度合いを意識の状態別に、様々な側面から見ております。

仕事面の健康と幸せに関するデータを見てみますと、今やっている仕事に毎日喜びを覚えている人は世界中で2割しかいませんでした。大変驚くべき統計ですが、少なくとも欧米では、月曜日の朝9時に亡くなる人が非常に多いのです。職場に行くのが嫌でしようがないからです。日曜日と月曜日の違いがわかる動物など人間以外にはありません。

職場の仲間が自分を無視する。例えば、自分の直属の上司だとか、一緒に働く人に無視されますと、やる気をなくす率が約40%となり、遅かれ早かれ病気になってしまいます。一方、無視はしないが、あなたを批判するという状況では、やる気をなくす率は20%に減少します。無視をされてしまいますと、暗に自分はいないものと扱われていることになります。人間として、批判される方が無視されるよりもましだというわけで、健康状態も比較的良くなります。また、自分の長所を周りの人が認めてくれるようになりますと、やる気をなくす率は1%以下に減少し、健康状態も非常に良くなります。

アメリカでは、労働人口の15%が「不満分子」と言われています。つまり、自分がやっている仕事に不満だというだけではなく、周りの人も巻き込んで不愉快にしてしまっている。実際、この15%の人たちがアメリカに3800億ドルの経済的損失をもたらしています。ですから、やる気や情熱、身体の健康、そして経済は、直接関係していることになります。単に時間をやり過ごしているような「消極的にやる気がない人」と、不満分子と呼ばれる「積極的にやる気のない人」の両方がありますが、いずれにせよ色々な意味で重大な影響を及ぼしているわけです。

次に社会的な健康と幸せに関するデータを見てみますと、幸せな友人が周りにいると、自分も幸せになる可能性が15%高まります。また、あなたの幸せな友人に幸せな友人がいれば、その人を直接知らなくても、自分も幸せになる可能性がさらに10%上がります。そして、あなたの幸せな友人の幸せな友人に、さらに幸せな友人がいれば、その人を直接知らなくても、自分も幸せになる可能性がもう7%アップするということです。

あなたの親友が肥満になりますと、あなた自身が肥満になる可能性は57%増大します。一方、あなたの親友が非常に活動的で良い食生活をしていますと、あなた自身も活発になり健康的になる可能性が7倍増えるという統計が出ています。つまり、意識や私たちの感情というのは伝染し広まっていくのです。これは非常に重要なことです。例えば、乳癌患者の相互支援団体などでは、女性の生存率が2倍になることがわかっています。幸せな人のネットワークをつくりますと、経済の状態も良くなりますし、健康状態も色々な意味で良くなるということです。

こういったソーシャルネットワークには、ツイッターやフェースブックを使ったネットワークや、Eメールや携帯メールのやり取りも含まれます。実際、他の人々との係わりを持ち続けている人たちは、とても健康です。それは、ネット上のつながりでも、顔を合わせる直接の交流でも同じことです。

マインドマップのこの部分は、身体的な健康を表しています。質の高い睡眠、健康的な食事、運動、呼吸法、ヨガといった、私たちがよく知っていることが関係しています。しかし、身体的な健康は実は他のものにも大いに関係しているのです。例えば仕事や社会的環境やコミュニティが健全かどうかにも関係しています。地域社会とつながりをどれだけ持っているか、何時間ぐらいその地域社会に奉仕しているか、個人のことを超えた大きな目標を持っているか、といったことも直接自分の健康と幸せにつながっていますし、経済的に健全かどうかも非常に大きく関係しています。

経済的に健全な人とは、自分のお金をちゃんと管理できる人です。見栄をはるために働かずに得たお金で必要のないものを買ったりしない人。借金をせず、税金をきちんと納め、社会的責任を果たせる人です。ですから、このマインドマップを見ていきますと、様々な側面の相関関係によって私たちの健康で幸福な生活が成り立っていることがわかります。健康は肉体だけのことではありません。肉体の健康状態は、「場」である意識に依存しているのです。

20世紀の先駆的な物理学者の一人、エルヴィン・シュロディンガーは、「シュロディンガー方程式」で知られていますが、この人は初めて意識の性質について深い洞察を示した人です。彼は、意識とは複数形のない単一のものであると言いました。意識を複数として捉えること、つまり個々人にそれぞれの意識があると考えるのは幻想です。私たちは集合意識の一部であって、その集合意識は宇宙の意識の一部なのです。そして宇宙のすべてのものがそうであるように、意識は再循環するだけではなく、進化し、飛躍的な創造をするのです。

私たちの体も心も意識も、宇宙のリサイクルの一環なのです。私たちは、一つのエネルギーの場の一員であり、一つの情報の場の一員なのです。そうでなければ、情報ハイウェイをネットサーフィンすることはできません。また、私たちは一つの大気の一部であり、同じ分子を大気から呼吸しています。そして、一つの体の一部であります。同じ分子が皆さんと私の間を再循環しているのです。実際、放射性のアイソトープの研究をすると、自分の身体の中に今この瞬間存在する少なくとも百万個の原子は、一度は仏陀やキリストやジンギスカンの身体の中にも存在していたことが明白にわかります。我々の唯一本当の身体は宇宙全体であり、私たちが「I」と呼ぶ唯一本当のアイデンティティは、普遍的な「I」なのです。その真理こそ、世界の全ての偉大な宗教が探求し続けてきた真理です。

ですから、五井平和財団の「サステナビリティ」「システム」「サイエンス」「スピリチュアリティ」のネットワークを「意識」が底から支えている図を拝見したとき、なるほど、意識の本質の深い洞察に基づいていると思いました。意識はただ一つであり、複数形はなく、普遍的なものなのです。

それでは、もう一つマインドマップをお見せしましょう。これは社会的、身体的、経済的、あるいは環境的な健康より更に深い次元を表したもので、「スピリチュアルな健康」と表現しております。単なるポジティブ思考や精神的な生き方を目指すといったことではなく、現実世界をより深く理解することによって得られるスピリチュアルな健全性のことです。

最近、何が人を幸せにするかについて、色々と大変興味深いデータがあります。これは「幸せの方程式」というもので、H=S+C+V(Hは幸せ、Sは性格、Cは状況や環境、Vは意思)と表されています。幸せな人は、他の人が問題と見るものを機会として捉える脳の構造をもっていることが、最近の研究でわかっています。この脳の構造は後天的にできたもので、自分次第で脳の設定を変えることができるそうです。また、物質的な生活の豊かさは、幸せを感じる要因の10%~12%にしかならないことがわかっています。むしろ、全体的な幸福感は、いかにお金から生きる意義に価値感の重きが変わったかによるのです。トランスパーソナル心理学の権威、アブラハム・マズローが提唱した欲求段階説の階層を登れたかどうかです。そしてまた、幸せは日々の様々な選択にかかっているのです。

幸せとはどのように生まれるかが理解できますと、東洋の古来からの英知でいう「ヨガ」の真の意味が理解できます。自己反省のヨガ、観想のヨガ、静的なヨガ、人間関係のヨガ、愛、慈悲、そして私が純精神的な価値と呼んでいる真、善、美、調和、進化を追求するヨガ、知性のヨガ――これらの意味を理解し、主観と客観の区別が生じる前は統一された意識だけが存在し、すべてのものの本質は一つであるということを理解できるはずです。

しかし、現代の科学は主観と客観、遺伝と非遺伝、生物有機体と環境というように自然を二つに分けてしまっています。これは非常に人工的な区分であり、二元的な考え方の産物であります。その結果、科学はすばらしい技術と快適性を我々に提供してくれましたが、一方で、大量破壊兵器や機械的な死や核戦争を生み出し、人類の自滅を可能にするような非道な技術をもつくりだしてしまいました。

旧態依然とした人類の習慣と現代の技術力が組み合わさると、人類の絶滅につながりかねません。そのため、今の科学を見直す必要があります。これからの科学はやはり、ホリスティックな科学でなければなりません。「どのように」創造されたのか、「どのように」進化したのかだけを問うのではなく、「なぜ」創造されたのか、「なぜ」進化したのかを問う科学です。

意識についてもっと深く理解すると、私たちの存在に関する最も深遠な問いの答えを見つけることができます。なぜ何も無いかわりに何かが有るのか。そもそも我々はなぜ存在をしているのか。我々の存在の意義は何なのか。魂はあるのか。死の意味は何なのか。我々はなぜ悪の影を持っているのか。神は存在するのか。存在するならその意義は何か。また、そのような神の知は人間を認知しているのか。私たちの惑星は無限に広がるガラクタ置き場の無意識の空間に漂う一片のちりに過ぎないのか。それとも私たちの心は、もっと深い宇宙の心の一部なのか。これらの問いは、何千年もの間、人類が問い続けてきたものですが、今はじめてその答えを見いだしつつあるのだと思います。現代のテクノロジーが備わって、はじめてそれが可能になりつつあるのです。

テクノロジーは人のつながりを希薄にしているとか、感情の鈍化を招いているとか批判する人がいますが、実際にテクノロジーは私たちの進化の一翼を担っているし、それを止めることはできません。毎年すさまじい速度で技術力は拡大しており、10年も経てば今の10億倍の力を備えているでしょう。そして、20年後にはもう想像もつかないのほど発展しているに違いありません。

テクノロジーが人類の進化の一部であり、それを止めることができないのならば、どのようにこの新しい技術を使ってもっと深い癒し、生態系の癒し、そしてバラバラになった私たちの魂の癒しをもたらし、科学とスピリチュアリティの関係のもっと深い理解を醸成することができるのでしょう。

これは私が日本に来る機上でつくった表です(下記参照)。古い科学と新しいスピリチュアリティを比較したものです。新しいスピリチュアリティは、主観と客観を区別した古い科学、生物有機体と環境を区別したこれまでの二元的な科学を超越しています。私たちが環境と呼んでいるものは、実は私たちの体の延長なのです。木々は私たちの肺です。私たちの生命は、心臓や肝臓に依存していますが、同様に、星や太陽や月にも依存しています。そして川や海は私たちの血と同じように循環しています。地球も私たちの体も再循環しています。そして大気は私たちの呼吸です。私たちには個人の体と宇宙の体があります。どちらも同様に自分のものです。「私は誰なのか」を真に理解できたとき、自分の体と呼べる唯一のものはこの宇宙全体であるという深い洞察を得ることでしょう。そして、これが実感として自分たちのものになったとき、新しい科学と新しいスピリチュアリティが生まれ、本当に深い真理へと進化していくに違いありません。

そのような考えのもと、私たちチョプラ財団では、五井平和財団の方向性とほとんど共通しているのですが、意識のクリティカル・マスをつくって、もっと平和で公正で持続可能な世界に向けた発展を加速していこうとしています。平和、公正、持続可能性というのはすべてつながっています。やはり、50%の人口が一日2ドル以下で暮らし、20%の人口が一日1ドル以下で暮らしているような世界で平和はありえません。平和、社会的公正、そして恵まれない人々の経済的福祉はどれも切っても切れない関係にあります。そのことが理解できてはじめて、個人、社会、そして地球に癒しをもたらすことができるのです。

今こそ「ホーリズム」の真の意味を理解するときです。「ホーリズム(holism – 全体論)」「ヘルス(health – 健康)」「ホーリー(holy – 神聖な)」「ヒーリング(healing – 癒し)」という言葉は、実はどれも同じ意味の言葉です。「ヒーリング(healing – 癒し)」とは、まさに「ホールネス(wholeness – 完全性)」の記憶のことです。私たちは本当は何者なのか、それを思い出すことなのです。

このような新しい考え方を凄いスピードで世界的に伝染させ、広めることができるということはとてもワクワクすることです。伝染といっても病気ではなく、健康、喜び、平和、持続可能性といったポジティブなものの伝染です。今や、お互いにつながるためのテクノロジーを活用して、社会福祉のネットワークや経済的エンパワーメントのためのネットワークや、社会的公正と平和のつながりを考えるネットワークなどをつくる絶好の機会です。あともう少しがんばって、このような新しいテーマについて話し合う輪を広げてゆけば、流れを大きく変えることが出来ると思うのです。そうすれば、造物主に「人類は面白い実験だったが失敗だった」と言われなく済むでしょう。私は実験は成功すると思います。しかしそのためには、私たちが心をひとつにして、新しい考え方、新しいビジョン、そして新しい創造を推し進めなければならないのです。

皆様方、今日、このようにお話できる機会を得られましたこと、また、五井平和賞を受賞できたことを心から御礼申し上げます。ありがとうございました。

2つの世界観
科学 スピリチュアリティ
1.外の世界を客観的に観察する。 1.内なる世界を主観的に経験する。
2.観察者と観察の対象を区別する。 2.観察者と観察の対象は実際は一つであると考える。
3.意識は進化の創発特性であると考える。 3.意識が進化を推進すると考える。
4.物質から生物がつくられ、生物から心や思考がつくられると考える。 4.意識が創造の源であり、そこから物質、生物、心が同時に生まれると考える。
5.実験によって、客観的に証明・反証できる検証可能な仮説を立てる。 5.超越、つながり、一体感、思いやり、愛、美、真理、調和を経験し、成長・進化するための主観的方法を処方する。それには、様々な瞑想方法のほか、愛と奉仕の行為、内省を通した直観、「想い」の実験などが含まれる。これらは検証可能で、証明・承認されなければならない。
6.真理を知り、理解しようとする。 6.真理をまず経験し、次に知り、理解しようとする。
7.生活を快適で楽しくするテクノロジーを生み出す。悪に利用されると、科学は破壊と機械的な死のテクノロジーを創造する。 7.個人の意識と集合意識の変容によって、生活の質を改善しようとする。
8.生命は誕生に始まり、死で終わると考える。 8.生命は誕生と死の連続だと考える。
9.観察にもとづく合理性を根拠とする。 9.個人的ではなく宇宙的な意識の領域の経験に根ざす。
10.物を研究するのが、科学である。 10.より深い自己を理解するのが、スピリチュアリティである。(それは主観と客観の両方であり、その関係性でもある。)
11.「世界とは何か。何でできているのか。」を問う。 11.「わたしは誰。わたしはどのように世界を創造できるか。」を問う。
12.世界は実在で、世界を経験している「我」は一時的な存在であると考える。 12.「我」の意識とその中身こそ実在の全てであり、「我」とは人ではなく、時空を超え、精神と物質が現れた個性である。
13.スピリチュアリティについては、迷信と混同しがちで、疑いをもち、真理の探究において相容れない。 13.科学については、正当性を認めるが、真理の探究の方法としては不完全であると考える。それは、観察者と自己観察を真理探究の方法として除外視しているからである。
14.自然の法則は定まっており、全ては確定していると主張する。人間も物理的機械であり、同じ法則に支配されているため、自由意志や創造性はないと考える。 14.自然の最も深いレベルは純粋でとらわれのない意識なので、自由意志と創造性を発揮する充分な余地がある。人生の目的は完全なる自由である。同様に、自然の法則も実は自然の「習慣」に過ぎないので、自然も法則を破り、創造性を発揮することがある。
15.自然を生物と無機物とに区別する。 15.宇宙全体が生きていて、いくつもの意識の階層をもっていると考える。

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