第69回講演会(オンライン開催)

安西祐一郎

一般財団法人交詢社理事長、慶應義塾学事顧問、慶應義塾大学名誉顧問、工学博士

テーマ

AIの時代をどう生きるか

プロフィール

1974年慶應義塾大学大学院工学研究科博士課程修了。認識哲学の研究で2018年博士(哲学)の学位取得。カーネギーメロン大学ポスドク、北海道大学文学部助教授などを経て、1988年慶應義塾大学理工学部教授。同大学理工学部長、慶應義塾長、日本学術振興会理事長などを経て、慶應義塾大学名誉教授、交詢社理事長、大川情報通信基金理事長、日本工学アカデミー会長。中央教育審議会会長、AI戦略実行会議座長、ユネスコ国内委員会会長、環太平洋大学協会会長などを歴任。『教育の未来』『心と脳』『認識と学習』『問題解決の心理学』ほか著書多数、文化功労者顕彰ほか。情報科学・認知科学専攻。

講演概要

世界はデジタル技術の急速な進化によって、大きな変化に直面していると言われ、その最先端にあるのがAI(人工知能)です。
今回の講演会は、日本の情報科学やAIの先駆的な研究者で、教育界で要職を歴任してきた安西祐一郎氏を講師に迎え、AIとは何か、AIの時代に生きる私たちは、何に価値を求め、どのような生き方に光を当てるべきか、お話いただきました。

講演録

AIとは何か、またその種類

AIとは一言で申し上げれば、人間が持っている様々な知的機能と同じような機能、あるいはより以上の機能を、情報処理によって実現するシステムのことです。

今のAIは、世界中にある大量のデータ(ビッグデータ)の中に埋もれた様々な規則性を、超高速のコンピュータを使って発見します。普通の機械は指示通りのことをそのままやるだけですが、AIは、新しいデータを以前のデータと合わせることを繰り返して、自分で学んで賢くなるという大きな特徴があります。AIの活用は、産業や金融、働き方、医療、教育、文化、科学技術、さらには、政治、安全保障まで、あらゆる場に広がっています。

AIは様々なジャンルで使われている一方で、学習能力があるために何をするか予測がつきにくく、人間がコントロールできるかどうか、できるとしても誰もが倫理的に正しい使い方をするのかどうか、不安な面があります。AIの技術はデジタル技術の一種と考えられますが、デジタル技術は、様々な情報を0と1の列に置き換え、それらを組み合わせることによって、世の中の全てのデータを表し、0と1が並んだデータを高速に処理する技術で、複雑なことをしているように見えますが、原理は難しいものではありません。

1930年代から40年代にかけてコンピュータや通信の基礎理論が芽生え、50年代にAI研究が開始され、80年代から90年代に現在の巨大IT企業の元祖が生まれ、現在ではインターネットやスマートフォンにAIを組み合わせることで、人間の情報労働や知的労働の一部が代替されるようになりました。産業革命において蒸気機関が世界の政治や経済の体制を変え、イギリスの隆盛、フランス革命、アメリカの勃興をもたらしていったように、0と1の原理が、資本主義のあり方、民主主義のあり方、政治、経済、産業、外交、安全保障に至るあらゆる分野に亘って世界を変えつつある、まさに私たちはデジタル革命の時代にあるわけです。

AIには、認識AI、探索AI、生成AIなどがあります。
認識AIは、画像や映像の処理などに以前から使われていますが、典型的な応用には、例えば自動走行車があります。搭載したカメラやセンサーが取得した膨大なデータを認識AIが驚異的な速さで計算し、制御システムに渡して運転の操作をします。

探索AIは、AIの歴史の中では最も古くからあるものの一つで、今も広く応用されています。将棋の名人に勝ったAIには探索AIが使われていて、今では棋士が勉強や練習に活用しています。

生成AIは、文章や画像、音声、映像などを生成するAIです。例えば、生成AIの先駆けになったチャットGPTに「日本の国内で原子力発電所を新しく建設すべきか否か、論旨明快に思考し、相手の立場を考慮して、考えられる答えを論旨明快に表現してください」と設問してみたら、かなりのスピードで常識的なレベルの文章が返ってきました。

これらのAIは、今のところ限定された領域だけに特化したものですが、どんな領域にも適用できる汎用AIを目指している研究者もいます。AIの技術がこれからどう進歩していくか、予断が許せない状況が続いています。

様々な分野への影響

現代の人間社会に深刻な影響を及ぼしている科学技術はいろいろありますが、特に原子力、遺伝子、AIの三つが挙げられるでしょう。なかでもAIは、自己学習能力があるために何をするか予測が難しく、社会を揺るがす可能性があります。

国のリーダーからすると、政治、外交、安全保障、経済、産業など、あらゆる面でAIの先端技術の活用が重要になってきます。AIとカメラをドローン兵器に搭載すれば、爆弾をピンポイントで落とすことができ、AIでフェイク(偽造)映像を作って流せば国政選挙の行方も左右しかねません。

産業の分野では、2019年の世界企業50社の時価総額ランキングを見ると、1位はマイクロソフト、2位はアップルをはじめAIに巨額の投資をしている企業が上位を占めています。50位以内では日本企業は42位にトヨタ自動車が入っているだけです。デジタル革命が日本に到達した90年代半ばには、バブル崩壊後の経済低迷や政治の混迷などを背景に、日本は世界の変化に乗り遅れてしまいました。その後も、デジタル革命が世界に浸透する中で、日本の相対的な地位は下がり続けています。AIを頂点とするデジタル革命に後れを取ったことで、国際社会への影響力が低下していることは、日本に住む誰もが理解すべき問題です。

ビッグデータを処理するAI用コンピュータやデータセンターに不可欠な半導体の自給体制は、食料やエネルギーの自給と共に重要な課題です。AIの技術開発は、もはや経済安全保障、国家安全保障に関わる課題と言えるのです。私は、国際社会の平和と安定を保っていくために、国や地域を超えて、AIに関する社会的、倫理的なルールや武器の管理を国際的な議論を経て、緊急に進めることが極めて重要だと思っています。

社会課題解決への活用

もちろん、いい話もあります。社会に隠れた様々な課題を発見し、解決するのに、AIはとても役立ちます。
健康と医療関連で言えば、診断の支援、疾病予防、薬の開発、あるいは介護サポート、その他、AIの応用が急速に増えています。例えば、介護施設の人手不足を軽減するために、被介護者の排泄状況をセンサーで感知したデータから、介護士の見回りスケジュールをAIによって効率よくコントロールすることも可能になっています。

社会の多くの課題を発見し、解決するのにAIは大きく役立ちます。AIが新しい道具であることを知り、様々な分野で活用していく時代に来ています。

「学び」が変わる

教育分野では、子どもたちがデジタル革命の時代をどうやって生きていくのかが、喫緊の課題です。カリキュラムや教え方、学び方を具体化していく必要があります。日本の全小中学校に端末を行き渡らせたGIGAスクール構想は良い政策だったのですが、どう活かすかが課題です。

AI時代の「学び」においては、知識の創造、臨機応変な対応力や目標を立てて達成するスキルの習得、リアルな経験を積み重ねて複雑な情動を伴うコミュニケ―ション力や良好な人間関係を築く力など、今のAIでは得られない力を身に付けていくことが大事です。これまでの公教育では国際情勢を教えるのが手薄でした。デジタル革命のもとで変化する世界情勢を理解して、自分の力で生きていけるレジリエント(耐性のある)な人間を育てるにはどうしたらいいか、教育現場が自ら考えて実行する必要があります。

また、日本の歴史と文化をどのように捉えるかも大切です。国際的な場で活躍している人であれば知っていることですが、グローバル化のもとでは特に、自分が生まれ育った国や地域の歴史と文化が生きるための拠りどころになります。

AIの時代の生き方とは

AIと人間の違いを心の問題として捉えると、赤ちゃんとお母さんとの心の絆などは、今のAIではとても敵いません。人は、心と心がつながるかけがえのない時間を経て成長していくことを、今一度認識すべきですし、AIの時代にこそ、「人として生きるべきを生き、人として学ぶべきを学ぶ」ことが改めて問われていきます。

福澤諭吉は、明治初期に書いた『學問のすゝめ』で「学ぶ」ことの大切さを説いています。福澤の時代と違ってデジタル化とグローバル化の進んだ現代では、世界について、また世界の中での日本について学ぶことが、当時よりもはるかに重要になりました。では、デジタル革命とAIの時代に、私たち一人一人はどう生きるべきか。

まず、「主体的に生きる」こと。つまり、自分で目標や夢を見つけ、達成のために自分で学び、実践していくこと。二つ目は、「多様な人々と協力して生きる」こと。私たちは一人で生きているわけではなく、多様な人たちに生かされ、人を生かしています。他者の心を感じる想像力や、自分の考えを相手に伝える表現力が大切であり、それらは日々の経験を通して鍛錬されていきます。

そして、多様な人々とこの複雑な社会で生きていくためには、「感謝して生きる」ことが大切です。それから、他者に感謝するだけでなく、自分も「誇りを持って生きる」こと。自慢するのではなく、自信を心に秘めて、主体的に多様な人々と協力し、感謝して生きていくための強い力になる誇りを、心の中に持ち続けることです。どれも当たり前のことのようですが、AIの時代に問われるのは、人間としてのこうした生き方です。

学びの観点から言えば、産業革命以後の学校教育は、産業化、工業化を担う人間を大量に育てる、そのために教室を置いて一人の先生が大勢の生徒に教える、言葉を選ばずに言えば、標準的な生徒を効率よく大量につくることを目的としていました。しかし今は、極端に言えば、学校で教わった知識は学校に行かずともAIを使って学べる時代です。こうした時代には、学生や生徒だけでなく、教職員や社会人も、互いに学び合い、教え合い、多様な人々との学びの中で、挫折や成功を通して、本質を見抜く力、人間としての創造と実践の経験を積むことのできる学びの場を生み出していくことが大事になっています。

知識を覚えてテストで良い点が取れればアタマがいいと褒められる時代は終わり、社会の場で活用できなければ知識とは言えなくなります。想定外の状況でも知識を活用できるよう、AIで作成した大量の問題をシャワーのように浴びながら、知識の活用の仕方を学ぶ時代になっていくでしょう。

人は誰でも多くの能力を秘めてこの世に生まれてきます。AIはよく分からないとか怖いというイメージをお持ちの方も多いと思いますが、そう思う必要はありません。

AIの時代にどう生きるか、大事なのは私たち自身が人間として主体的に何を学び、協力し合ってこれからの社会をどう築いていくかということであり、AIの時代とは、人間が前面に出る、人間の時代なのです。