2005年度「五井平和賞」受賞記念講演

プランB:持続的な経済発展への転換

レスター・ブラウン

forum_address2005_1

今や決断のときです。危機の深刻さを再認識すると共に、地球世界の持続を可能とする新しい道すなわちプランBをご紹介いたします。

地球環境はすでに持続不可能な様相を呈しています。森林面積は縮小し、草原は荒廃し、土壌の浸食は進み、地下水位は低下し、漁場は崩壊しています。それでも人類は石油を使い切ろうとし、自然の再生能力を越える速さで大気中に温室効果ガス(二酸化炭素)を排出しています。現在、石油を除く、食品部門(穀類・肉類)、エネルギー部門(石油・石炭)、工業部門(鉄鋼)などすべての主要商品の消費量において、中国は米国を上回っています。

人口14億5000万人の中国が、年率8パーセントの経済成長を続けてゆけば、2031年には、現時点での地球上の穀物収穫量の3分の2を消費して、紙の生産高の2倍を消費する計算となります。その時点では石油の消費量も、中国だけで1日あたり9900万バレルとなり、現在の全世界の生産量8400万バレルを優に上回るという計算になります。

中国のほかにも、インドをはじめ「アメリカン・ドリーム」を夢見ている大勢の途上国の人々がいます。事態はもっと大変な局面を迎える可能性があるのです。

現在の文明の凋落の信号はすでに、人口7億5000万人のサハラ以南のアフリカの平均寿命が、かつての61歳から48歳へと低下、砂漠の拡大、水資源の枯渇、さらに破壊的暴風雨など異常気象で故郷を追われた環境難民の発生などにも現れています。さらに気がかりなのは、破綻国家の増大です。最新の分析では、破綻済み、破綻進行中、破綻リスクの高い国家として、計60カ国が挙げられます。歳入の少ない国の政府は、人口と環境の圧力に押しつぶされようとしています。

気候変動も臨界点に近づいているようです。2005年夏の、ハリケーン・カトリーナはニューオーリンズを破壊しました。その被害額は2000億ドルと推定され、従来の被害額の約7倍に相当します。メキシコ湾の水面温度の上昇が被害増大の原因です。

2005年、石油価格は記録的な高騰をみせています。これもシステム破綻の前ぶれかもしれません。実は石油価格上昇の影響は、食糧需要の逼迫にも及びかねません。なぜなら穀物・いも・豆などから、エタノール蒸留法やバイオディーゼル精製法で自動車の燃料を作ることができるのです。石油価格が上昇すると農産品市場に、新たに燃料生産者が参入してくることが見込まれるのです。食糧を買い付ける者は、小麦、トウモロコシ、大豆、サトウキビ、その他の食材にわたり、燃料生産・加工業者と競合することになります。そのために、食品価格が上昇してしまう恐れがあるのです。決して状況を軽く考えてはいけません。もはや事態は臨戦態勢を必要としています。時間が足りません。いかに迅速に対応することができるかという一点に人類の未来がかかっているのです。

人類は、旧来の経済から、再生可能なエネルギー資源を動力源とする多様な輸送手段を確保し、原材料を総合的に再利用・再生する経済へと転換すべき時に至っています。

幸いにも、私たちには高度な科学・技術があります。今すぐ採るべき必要な対策というのは、第二次世界大戦下で米国が実施した総動員に似ています。当初米国は参戦に消極的でしたが、1941年12月7日に真珠湾を直接攻撃されて初めて応戦しました。

ルーズベルト大統領は1942年1月6日の一般教書演説で、米国が、戦車4万5000台、航空機6万機、高射砲2万基、商船600万トンを製造予定である旨を発表しました。このような数の武器生産は前例のないことでしたが、すべての目標はクリアされました。自動車の販売は禁止され、自動車産業は武器生産に転換されました。1942年初めから1944年までに、米国で製造された航空機は当初目標の6万機をはるかに超える22万9600機に上り、機隊は大編成で、今日なお想像を絶するものでした。

経済成長を持続可能なものとすることは、今や、世界経済の再構築、地球の自然体系と天然資源の保護・回復、それに貧困の撲滅と人口安定化の実現にかかっています。経済の再構築は思うほど難しいことではありません。たとえば米国が今後10年間かけて、今のガソリン燃焼式の車を、超高効率のガソリン・電気双方対応型のハイブリッド車に置き換えることに成功すれば、ガソリンの消費は容易に半減します。さらに蓄電池を追加し、プラグイン機能が加わったガソリン・電気のハイブリッド車にすれば、通勤や食料買出しなどの短距離運転専用にも電気を使用する環境が生まれます。また何千ものウィンドファーム(風力発電所)に投資することにより、米国民は、短距離ドライブはほぼ風力エネルギーでまかなえ、その結果、炭酸ガスの放出と世界的な石油供給への圧力は大幅に減少することになるでしょう。新たなる経済がすでに台頭している実例は、西ヨーロッパのウィンドファーム、日本の屋根に設置された太陽電池、米国のガソリン・電気型ハイブリッド車の増加、韓国での山々の植林、アムステルダムの自転車専用道路網などに見出すことができます。

人口安定化のカギとなる貧困撲滅のためには、初等教育の普及、子どもを対象とする予防接種を含む村落レベルでの保健活動、あらゆる場面での女性のための家族計画サービスが必要です。このためには、さらに年間680億ドルの予算が必要になります。経済発展を持続するには地球の天然資源を保護し、回復することが不可欠ですが、これには森林、漁場、放牧地の回復、地下水位の安定化、土壌の浸食防止、地球上の動植物の多様性維持が必要です。たとえば森林に関しては、すべての国が紙のリサイクル率をドイツ並みに引き上げると、世界中で紙の生産に当てられる木材の量を3分の1減らすことができます。地球再生化のためには年間930億ドルの予算が必要になります。

文明を保護し、維持するのに必要な合計予算1610億ドルは大きな額のように見えますが、しかしこれは世界の軍事費の6分の1に過ぎません。また現在、米国の軍事費は他の国々の軍事費の合計に匹敵する規模となっていることから、これは米国の軍事費の3分の1に過ぎません。問題は、私たちにこの余裕があるかどうかではありません。この投資を怠ることはできないのです。

政治的リーダーシップと同様に今求められているのはメディアのリーダーシップです。流れを変えられるかどうかは、この状況の深刻さと、その対応の緊急性に対する一般の人々の認識を世界がいかに高めようとするか、に係っています。第二次大戦下の米国では武器生産の目標を達成するのに自動車産業がカギとなりましたが、これを現在にあてはめるなら、必要な情報を許された時間内に普及させるカギとなるのは通信メディアです。この能力を持つものは他にありません。私たちは誰しもが未来に関わりを持っています。私たちの文明救済はスポーツの観戦ではありません。積極的に政治に参加し、経済発展の持続をもたらす経済体制に我々を向かわせる候補者や政策を支持することが重要です。

選択権は我々の側にあります。あなたや私が選ぶのです。旧来のやり方にどっぷりと浸かり、基盤をなす自然体系を破壊し続ける経済を、自滅に至るまで操るという選択もあります。しかし、プランBを採用し、方向転換を図り、世界に持続的な発展の道を歩ませる世代に私たち自身がなることもできるのです。選択は私たち世代の手で、でも、その選択はそもそも後に続く世代の命に影響を及ぼすのです。

五井平和賞TOPに戻る