2007年度「五井平和賞」受賞記念講演

市民が起こす大きなうねり

ビル・ドレイトン

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本日は皆様とこの時間を共有出来ますことを、大変光栄に思っております。

私は、今、世界が経験している、“歴史的な変革”を皆さまと共有して、お役に立てれば嬉しく存じます。それは、人々が大きく変わっていく変革です。かつて1万2000年も続き、わずかな余剰がほんの一握りの人に権力を与えていた農耕時代は終わったのです。今、人々は、大きく変わらなければなりません。この変革では、みんながチェンジメーカーにならなければならないのです。

この新しい変革の先頭にいる『社会起業家』という存在を、ぜひ、皆様に理解していただきたいと思います。アショカ財団では約2500人のいわゆる『社会起業家』が世界中でフェローとして活動しています。彼らを、社会革新のモデルでもあり、世界を変えるチェンジメイキングを推進している存在として捉えていただけたらいいと思います。

皆様に二人の『社会起業家』をご紹介しましょう。

メリー・ゴードンは、3年前にアショカ財団のフェローに選ばれたカナダ人です。彼女がトロントの公立学校で教鞭をとっていた時、いじめと暴力の問題が発生しました。メリーは、事態をよく観察して分析し、斬新なアイデアを実行しました。それは、8カ月の間、毎月1時間、1歳未満の乳幼児とお母さんが緑のブランケットを持って学校にやってくるのです。教室では緑のブランケットに座った赤ちゃんが先生です。子どもたちは、赤ちゃんが何を言おうとしているのか、そして何を感じているのかを観察し理解しなければなりません。赤ちゃんと一緒にいるこの体験によって、いじめが著しく減少するという結果が出ています。これは、どこでも応用できる問題解決のひとつのケースです。

教育システムが時代に遅れているというのは世界的に見られる現象だと思うのですが、メリーのこの方法は有効でした。2校で始まり、今や2000の学校にそのアイデアが採用され、ニュージーランドでも採り入れられています。教室の子どもたちだけに止まらず、社会全体を、教育システムをも発展的に変えているのです。

もうひとりは、ロドリゴ・バジオというコンピューターが大好きなブラジルの青年です。彼の住む区域の裏山にある貧しい地区では、同年代の若い子どもたちはコンピューターに触れるチャンスもありません。ディジタル・デバイド(情報差別)という言葉が生まれる前のことでしたが、ロドリゴは、彼らにコンピューターを教えようと社会に働きかけたわけです。学ぶ場を創り、寄付を集め、生徒を募り、先生を雇うなど、ほとんどの仕事は地域の人々自ら受け持ちました。彼にはそうした能力や意欲があることをロドリゴは見抜いたのです。彼は古いコンピューターとソフトウェアを提供し、指導を行えばよいだけでした。

彼は20歳の時にワシントンに赴き、銀行を訪ね、そう流暢ではないブラジル英語で、「コンピューターを譲って下さい」と頼んだのです。一方、ブラジルでは、政府が情報推進政策をとっており、コンピューターの輸入を禁止していた時だったのですが、中古コンピューターの輸入を関税なしで許可してくれましたし、ブラジル空軍は軍の倉庫にそれを保管してくれたのです。彼が『社会起業家』としての情熱を持ち、倫理的にもしっかりした青年だということで、みんなが説得されたわけです。ロドリゴはその後、南米とアジアの15カ国で貧しい家庭の子供たちにコンピューターを教え、非常に多くの学生がコンピューターを勉強して卒業しています。

このように、アショカ財団のフェローに指名されるには、社会の仕組みを変えるほどの斬新なアイデアが求められます。そして、あと4のポイントがあります。『社会起業家』として、クリエイティブで問題解決ができ、目標設定する能力があるか。起業家精神をもってリーダーシップを発揮し、社会を変えるまで諦めず前進し続けることができるか。また、メリーのケースのように、そのアイデアは広範囲に広がる可能性をもっているか。そして、最後に倫理的にしっかりした資質を持っているかです。

アショカ財団では、フェローの業績を五年後に評価します。97%が事業を遂行し続け、90%が他の組織の模範にされ、半数以上が国の政策に影響を与えるという結果が出ています。このように厳しい審査を経て、いろいろな分野で選ばれたフェローたちは、七十カ国で変革に貢献しているのです。

変革という行為の本質は、愛と尊敬を人に与えることです。変革を起こすチェンジメーカーは、問題解決を「これは私にとって何かを与えることのできるチャンス」と捉え、先程のメリーのような行動を取ることができるのです。

これから5年、10年の短い間に、変革は加速していきます。私たちがひとり残らず変革者になり、自分の所属する組織をも変革していかなければならない――これは、私どもにとって最大の挑戦です。この変革を持続的に成功させるためには、地域社会の何%の人がチェンジメーカーであるか、ということが重要です。どんな民族であれ、国であれ、それが成功の鍵となります。その先頭を切るリーダーは、大勢のためのアイデアを担って走るのです。ロドリゴは、後に何百万人という人たちがついて来なければ成功することはなかったでしょう。彼の考えは素晴らしい、私も一緒にやります、と、貧しい地区に住む人たちが付いてきて、みんなが地域のチェンジメーカーになったわけです。その人たちが次の世代の『社会起業家』になっていくと思います。これこそが成功の元となる、持続可能なメカニズムではないでしょうか。

また、変革者となる能力が子どもたちに備わっていかなければならないと思います。そのためには、子どもたちは、12歳になったら、共感やチームワークをマスターしなければなりません。本や理論でなく、実際の行動で学ぶのです。自転車に乗るのと同じようなことですが、こちらは大変複雑です。手本となる人物がいて、自分のアイデアをもったり、自ら組織を立ち上げることを奨励され、学校で何か新しいことを始め変革をもたらす、といった経験が出来る若い人は限られています。アショカ財団のフェローは、半分以上がそういった経験を10代の時にしています。

アショカ財団では、ユースベンチャーという組織をつくり、若者のムーブメントを構築しています。世界の若者の20%が、こうした経験を持てるようになることが目標です。そうなれば、10年後、労働人口の20%がチェンジメーカーということになります。今の若い人たちは、大人たちからなかなか責任を与えられません。女性や、植民地の人たち、アメリカのアフリカ系の人たちも同様に扱われ、能力を認められてきませんでした。しかし、この状況は若者をどのように扱うかによって変わります。この大きな壁を乗り越えて、目標に到達しなければなりません。

組織のレベルにおいては、最大の挑戦は、どうやって今までと違った形で運営をしていくかということが問われます。成功すれば、既存の組織運営に取って代わることができます。そのためにも、経済的にも法律的にもチェンジメーカーが市民権を獲得し、あらゆる面で支援を受けることが肝要です。

世界のあちこちで、私たちの『社会起業』の分野―“市民セクター”が発展しています。この分野の雇用は、その他の分野の3倍の伸び率を示しています。これは素晴らしいキャリアのチャンスです。多様な価値、急成長、素晴らしい仲間、そして全く頭打ちになることがないという分野ですし、若い人たちだけでなく、高齢者の方たちにもこれは大きなチャンスを提供すると思います。もしビジネスの戦略家が今起きている世界の変革ということを理解できないとしても、現実に、大きな市民セクターがどんどん成長し、新しいアイデアが出て能力が発揮され、システムが変わっていきます。社会の問題解決のその源が市民である、というところにこそ、私たちの力があるのです。

市民一人ひとりがチェンジメーカーとなって、“善”の方向に変革を起こすということ、そして制度的にもそれを実現するための機構を現実のものとしていく、かつてない大きなうねりを起こしていくのです。愛と尊敬を行動で示し、貢献するチャンスを創っていくことによって、素晴らしい未来が構築されると思います。

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