2009年度「五井平和賞」受賞記念講演

新しい生物学が明かす『心の力』

ブルース・リプトン

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こんにちは。この度は素晴らしい賞をいただき大変光栄です。 今日は、とてもワクワクする新しい生物学のお話をいたします。

1953年、ジェームス・ワトソンとフランシス・クリックは遺伝子を構成する分子であるDNAの構造を発見しました。科学界はこの発見を「生命への鍵」と呼び、DNAこそ生物の特性をコントロールすると考えました。1958年、フランシス・クリックは更に「セントラル・ドグマ(中心教義)」と呼ばれる仮説を提唱しました。DNAの遺伝情報は、遺伝子の使い捨てコピーであるRNAに転写され、RNA分子はタンパク質と呼ばれる身体の基本構成要素を作る設計図として利用される。そして、私たちの体は、このタンパク質分子でできているというものです。

ここで重要な点は、情報はDNAから一方向にのみ流れ、身体とその行動を支配している。しかし、身体の経験がDNAに情報を送り返すことはできない。つまり、遺伝子は私たちの生命をコントロールするが、私たち自身は遺伝子に影響を与えコントロールすることはできないという点です。

ライフ誌の表紙でも「人は生まれつきで決まっているのか?」という問題を大きくとり上げていたことがありますが、この雑誌記事の内容は、遺伝子が私たちの身体や行動の特性をコントロールするというものでした。私たちの生命の特性というのは、生まれた時に受精卵中の遺伝子によって決まっている。両親から受け継いだ遺伝子によってコントロールされるので、家族にがん、肥満、心疾患の患者がいた場合、自分もまたこのような病気にかかるかもしれない。この考え方は「遺伝子決定主義」と呼ばれました。

私たちは、自身の遺伝子に影響を与えることも、遺伝子を選ぶことも変えることもできない、遺伝の犠牲者ということになる。その結果、自分たちにはどうすることもできないと感じ、無責任になり、悪い遺伝子の影響から自分たちを救ってくれる救助者を外に求めるようになるわけです。
このように遺伝子が生命をコントロールすると考えられたため、遺伝子を包含する細胞内構造物である「核」は、細胞の「脳」に相当すると考えられていました。ところが興味深いことに、生物の脳を除去すればその生物は死ぬはずですが、実際は核を除去して遺伝子を取り去っても細胞は死なず、時には2ヶ月以上生存します。しかも、以前と同様に活発に機能を果たすのです。つまり、核は細胞の脳ではないということです。

では、核の役目とは何か。研究の結果、核内の遺伝子は、身体を構成するタンパク質分子を作るための設計図にすぎず、核は細胞の部品や細胞そのものの複製を担当する小器官であり、細胞の生殖腺であるということがわかりました。 遺伝子はON/OFF (活性化したり、活動を休止したり)することができるので、生命を制御しているという考え方がありますが、それは全くの誤りです。遺伝子は設計図にすぎないので、遺伝子そのものを含め何をも制御することはない。即ち、遺伝子が生命をコントロールすることはないということです。

さらに私は幹細胞に関する研究を通して、生命がどのようにして機能するかを理解することができました。幹細胞は生物学における新しい発見だと思っている人も多いようですが、私は40年以上も前に研究室で幹細胞をクローニングしていました。 幹細胞は、すべての人が体内に持っているもので、これがなければ生きてゆくことはできません。私たちは、毎日定常的に、何十億個もの細胞を失っており、代替細胞を補充しなければ即座に機能不全に陥り死に至ります。この代替細胞がどこから補充されるかというと、幹細胞群からなのです。

幹細胞の実験は、次のような手順で行いました。まず1個の幹細胞を取り出し、組織培養皿に静置すると10時間後には2個に分割し、次の10時間にはさらに分割して4個に、そしてさらに8個にと順次分割していき、10日から2週間後には数千個の幹細胞が得られました。これらの細胞は1個の母細胞に由来しているので、すべて同じ遺伝子情報を持っています。次にこれらの細胞群の一部を別の培地を入れた新しい組織培養皿に移します。培養液は細胞の環境そのものであり、培地は人間にとっての空気、水、食料、環境、風土といったものに相当します。この培地に入れた幹細胞は、筋肉細胞になりました。

2番目の培養皿に幹細胞群の一部を移し、異なった化学成分を含む別の培地を使用して培養したところ、この環境での幹細胞は骨細胞になりました。 3番目の培養皿には、さらに異なる培地を加えて同じ幹細胞群の一部を培養すると、今度は脂肪細胞になりました。 ここで重要な問題にぶつかります。「何が細胞の運命をコントロールするのか?」ということです。答えは明白です。すべての細胞は遺伝的に同一であり、環境のみが異なっていたわけですから、環境こそが遺伝子の活動をコントロールするということです。

次に私は、環境がどのように細胞をコントロールするかを研究しました。

組織培養皿の中に培地を加えると、その成分が細胞膜に結合するのが観察できました。これが「環境シグナル」となり、皮膚に相当する細胞膜から細胞内に情報を伝達し、その行動を制御することがわかりました。また、必要に応じて細胞は核にシグナルを送り、遺伝子を活性化することもわかりました。そこで私は、細胞膜こそが環境と細胞内部のインターフェイスであり、細胞の脳に相当することに気づいたのです。

では、環境シグナルはどんな仕組みで細胞行動をコントロールしているかというと、細胞膜の表面には「膜スイッチ」というものが存在しています。膜スイッチは、50,000種類以上あり、それぞれ異る環境シグナルに反応し、細胞内に情報を伝達します。その基本構造は共通しており、「レセプター」と「エフェクター」という2つのパーツからできています。私たちが皮膚上に視覚、聴覚、嗅覚、味覚、感覚などの受容体を持っているのと同様に、細胞もレセプターを通して環境情報を読み込むわけです。

レセプターとエフェクターは「プロセッサータンパク質」を介してつながります。細胞膜のレセプターが環境シグナルに反応すると、その形が変化してプロセッサータンパク質と結合します。そしてこの両方がエフェクターに連結することで、エフェクターから情報が細胞内に伝達され特定の細胞機能を制御します。環境シグナルが消えると、スイッチは切れ、その細胞機能は停止します。このように環境情報を細胞の行動に変換する過程は「シグナル伝達」と呼ばれます。細胞表面で受け取ったシグナルは、細胞内のタンパク質からタンパク質へと段階的に伝達され、消化、呼吸、排泄、神経活動などの異なった細胞機能を活性化します。

細胞機能を遂行するために必要なタンパク質が細胞質内にない場合、情報(シグナル)は核内に伝達され、必要なタンパク質をコードする遺伝子の設計図を活性化する。そしてタンパク質ができると、細胞が必要とする反応のために提供される。 環境シグナルが遺伝子を活性化し、その行動を調節する仕組みを研究する分野を「エピジェネティクス(後成的遺伝学)」と呼びますが、私はこの新しい科学の基礎となる研究を40年前に行っていたわけです。 古い科学では、「ジェネティック・コントロール」といって、遺伝子が生命を制御すると教えてきましたが、接頭辞「エピ」は「その上」という意味なので、「エピジェネティック・コントロール」とは、遺伝子 を超える制御を意味します。つまり、細胞の環境に対する反応が遺伝子をコントロールすることがわかったわけです。

さらに、環境シグナルは「読み取るべき」設計図を選択するだけではなく、設計図から読み取られた情報を修正できる。後成的変化によって、1つの遺伝子から何と30,000種の異なったタンパク質を作ることができるということがわかっています。つまり、同じ遺伝子から、健康なタンパク質でも変異したタンパク質でもできるわけです。 例えば、ほとんどのがんは、遺伝子が悪かったからではなく、私たちの環境に対する対応ががんになる変異細胞をつくってしまったのが原因です。また、「自然回復」と呼ばれる現象についても説明がつきます。死が近いという人が、自分の人生に対する信念を大きく変えた瞬間、遺伝子が突然変化し、奇跡的に回復し、元気になってしまうことがあるのです。

組織培養皿を良好な環境から劣悪な環境へ移すと、細胞は病気になります。細胞を健康な状態に戻すためには、薬物を与えなくてもよい。単に培養皿を健康な環境に戻すだけで、細胞は回復し、繁殖していきます。 私たちは、単一の個体、即ち人間として鏡に映ってはいますが、実際は約50兆個の細胞から成っています。それぞれの 細胞が生命を持った個体であり、人間は何兆もの細胞から成る共同体なのです。言い換えれば、私たちは何兆もの細胞を内に持つ皮膚で覆われた組織培養皿なのです。

体内では、血液が細胞の成長培地であり、組織培養皿の中の細胞が培地に反応するように、体内の細胞は血液中のシグナルに反応します。 では、何が私たちの血液成分を調節し、細胞の運命をコントロールしているのでしょう。

私たちは環境の中で、光、音、におい、感触など様々なシグナルを知覚として脳でキャッチしています。知覚は心によって解釈され、その解釈にしたがって脳は血液中に化学物質を放出し、その化学物質が細胞の反応と遺伝子の活性を制御します。ですから自分の知覚、つまり信条やものの見方を変えれば、脳から出る化学物質は変わり、自分自身の体も変えていくことができるのです。そういう意味で、私たちは細胞生物学者(cell biologist)、より正確には「自己生物学者」(self-biologist)であると言えるわけです。 心が愛情に満たされた状態にあるときには、脳からオキシトシン(愛情ホルモン)や、体を落ち着かせて組織や臓器の状態を保つために働くセロトニン、そして体を再生させる成長ホルモンが分泌されます。逆に心が恐怖を感じている時には、コルチゾール、ノルエピネフリン、ヒスタミンといったストレスホルモンを血液中に放出します。つまり、あなたが心の中で発する言葉が化学物質を分泌させるのです。

日本では古くから「言霊」という考え方がありますが、それは科学的な事実なのです。また、日本人は「病は気から」といいますが、これも科学的に裏付けられたわけです。私たちは信念、思考によって細胞をコントロールできるパワフルな存在です。心のしくみを理解さえすれば良いのです。

人間の心には2つの部分があります。それは意識下の心と潜在意識下の心であり、両者は非常に異なった特性を持っています。意識下の心は、前頭前皮質に関わっており、私たちのアイデンティティ、本体あるいは魂の拠り所であり、創造的な心です。健康になりたい、成功したい、愛のある生活がしたいといった希望や願望の源であり、「プラス思考」を司る心です。意識下の心は過去、現在および将来の経験のいずれにも焦点を合わせることができます。 一方、脳のほかの部分を占める潜在意識下の心は、記録再生装置のようなもので、本能や後天的に獲得した習慣などのプログラム化された行動のデータベースです。ボタンを押すと潜在意識は以前に身に付けた反応を自動的に演じます。10年前に身に付けた習慣が、あたかもたった今習ったかのように作動します。しかも、潜在意識の情報処理能力は意識下に比べて100万倍も大きいのです。

では、潜在意識のプログラムはどこから獲得されるのかというと、一部は本能と呼ばれるプログラムであり、そのほかは観察され、記録された生活体験に由来します。行動様式のダウンロードと外界に対する適切な反応を促進するために、6歳までの子どもの脳は低周波数脳波 (デルタ波およびシータ波)で働くように設計されており、催眠トランス状態で作動します。穏やかな意識の脳波(アルファ波)は6歳頃に現れ、12歳頃にはさらに精神集中的な意識の脳波(ベータ波)が支配的になります。 6歳までの子どもは無意識に他人の行動をダウンロードし、自分自身の行動としてプログラムします。また、この催眠期に子どもは自らに対する考え方を両親から聞いて獲得します。他の人たちの放った言葉が直接潜在意識の中に記録され、自分は愛に値するか、価値があるか、能力があるかといった自己評価となり、目に見えない習慣として自動的に演じられるのです。

ここで大きな問題があります。脳の活動を見ると、私たちが生きている時間のうち、意識下の心が働いているのは5%の時間だけで、残りの95%の時間は潜在意識下の心の習慣によって支配されていることが神経科学で明らかにされています。つまり、自分の人生を生きているようで、他の人たちから与えられた目に見えないプログラムで生きている場合の方が多いのです。このことがわかれば、私たちの人生は変わります。

まず理解しなければいけないのは、親というものが本当に貴重な役割を果たしているということです。親が子どもに発する言葉一つ一つすべてが重要なのです。その子の発育、その子の将来、そして私たちの世界の未来にとって重要なのだということを認識しなければなりません。

私たちはみな力強い生物であり、健康かつ幸福で愛情に満たされた人生を創造する機会を持っています。遺伝子を変えることはできなくても、プログラムを変えることはできるのです。知ることは力です。自分自身を正しく知れば、プログラムを変え、自分の人生も世界も変えていくことができます。この世界に平和と調和をもたらし、地上の楽園をつくることができるのです。

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