フローに乗って世界を変える
ニップン・メータ
素晴らしい賞を受賞できることを大変光栄に思います。そして、サービススペースが大事にする価値をこの20年間、守り続けてくれた多くの仲間に感謝いたします。
今、世界は急速な変化の中にあります。それによって、多くの恐れが生まれ、その恐れによって様々な境界がつくられています。
私たちは、より寛容な心で未来へ向かうために、恐怖によって固く握った拳を解かなくてはなりません。そのために私たちは、誰もが本来持っている優しさを発揮する必要があります。そして、境界をつくるのに必要なのが筋力ならば、架け橋を築けるのは愛だけです。愛は筋力よりも繊細で力強く、大自然が奏でる精妙な生命の交響曲と協調しているからです。ゆえに、マハトマ・ガンジーは、「愛という穏やかな方法で世界を揺るがすことができる」と言ったのです。
持続的な平和をもたらすため、私たちにはこの穏やかな愛や優しさの復活と、繊細かつ積極的な行動力が求められています。それには、自他の境界をなくす、フロー(Flow)を生み出す必要があるのです。
フローとは何か
フローについて、アスリートはゾーンという言葉で表現し、神経科学者はコヒーレンス(右脳と左脳が同調する状態)と呼び、深い瞑想や祈りによって体験する人もいます。
大学時代、研究室から帰る夜道で、私は銃らしきものを持った男性と出くわし、「強盗だ」と、心は非常に強い恐怖に襲われました。しかし、次の瞬間、なぜ恐れるのか、盗られる前に全てを差し出したらいいではないかという思いが浮かぶと、大きな愛に満たされ、男性とのつながりを感じ、恐怖は消えてなくなりました。そして、こちらから微笑みかけると、相手も笑みを返したのです。これは強烈な体験でした。私はこの時、恐れを手放したことで、内なるものがシフトしました。これがフローです。
皆さんも、様々な形で経験しているのではないでしょうか。実感がなければ、気づいていないだけだと思います。
自然は常に、私たちにフローを教えてくれています。例えば、ムクドリの群れは、大きな鳥を前に危険を察知した時、わずか数秒で見事な編隊を組み、危機を回避すると、再び自由に飛び始めます。これもまさにフローです。個々に素晴らしい英知や才能を持つ我々が、こうした行動を自然にできるようになれたら、どれほど素晴らしい集団になれるでしょう。
フローを活用する
私たちがフローを活用するには、まず、 「フローに気づく」必要があります。例えば、木の果実だけを見ていると、幹や枝に気づけませんが、果実を見ていることを手放せば、枝や幹、見えない根の存在までも感じることができます。これがフローに気づくということです。
次は、「フローを受け入れる」ことです。これは、一流のサーファーが、波を支配しようとするのではなく、海そのものになろうとすることで波に乗れた時に例えられるかと思います。最後は、「フローに任せる」。つまり、我々自身がフローになるということです。顕在意識・潜在意識下の意図を手放し、その場の英知を信頼し、任せることです。そうすれば、私たちは、その英知を現わしていくことができるのです。
人間は何をしたかよりも、行ったことを通してどう成長するかが、その人の価値を決めます。何をするかも大切ですが、英知や才能など、個々に与えられているギフトと宇宙の英知をつなげることの方がはるかに重要です。
現代のシステムを構成する「3つのM」
恐怖に根ざした世界では、永続性に固執し、変化や流動するものよりも堅実なシステムを増やそうとします。そのシステムは3つのM、「市場(Market)」、「メディア(Media)」、「軍(Military)」の要素で構成され、お金、名声、権力とも言い換えられます。効率化に最適なお金は、全てを交換条件で処理する短期の取引に変えてしまいます。
名声は簡単に拡大できますが、つながりは安っぽくなり、権力は支配することはできますが、集団の創発を抑えてしまいます。そして、3つのMは、時間の経過と共に中央集権化につながり、分断を生み出し、私たちの潜在能力の発揮を制約します。
サービススペースは、資金調達や売り込みをしたり、権力を求めたりしたことはありません。初めは甘い考えだと言われました。しかし、私たちは、3つのMを超えた価値を大事にし、何百万もの人々に影響を与えてきました。今では、経済人、著名人、ノーベル賞受賞者、一国の大統領までもが、新しい社会の大きな変革の枠組みについて、我々に助言を求めてきます。
リーダーシップからラダー(はしご)シップへ
これまでの経験から、3つのMを過去のものにするために役立つ、具体的なシフトについてお話しします。
一つ目は、「取引からつながりへ」のシフトです。世界のシステムは、交換条件付きの短期的かつ一元的な取引で動いています。一方、つながりは多次元です。より大きなフローと結びつくには、つながりに則った枠組みが必要です。それができれば、水素と酸素が結合して、全く新しい特性を持つ水が生成されるように、様々な異なるパーツが統合されると、誰もが恩恵を享受できる新しい資産が生まれるのです。
二つ目のメディアについては、「ブロードキャストからディープキャストへ」のシフトが必要です。ブロード(広い)キャストが、1対多の拡大であるのに対し、ディープ(深い)キャストは、人から人への波及効果のことです。メディアの環境は、テレビは1対多、電話網は1対1、そしてインターネットは多から多になり、膨大なつながりへと移り変わっています。フローを目指すには、つながりの数が限定されてしまうテレビのような中央集権型より、インターネットのような分散型の方が望ましいわけです。しかし、これからのつながりに大切なのは「質」、つまり愛、思いやりです。これらが発揮されるならば、浅いつながりから、深いつながりへ、さらには崇高なつながりへと質を高めていけるでしょう。
私は、ディープキャストの力を我が家で目の当たりにしました。私の父と母は、自宅を開放し、Awakin Circleという、人々が自由に集い、1時間ただ静かに座り、喜びや気づきの体験を1時間語らい、母がつくる食事を皆で共にする場を毎週1回、22年間継続しています。参加者は4万5000人を超え、その多くがそれぞれの地元での開催を希望し、ベトナム、ポーランド、オーストリア、インド、英国など、100カ所以上で行われ、数十万人が参加しています。その中には、当時オバマ大統領の法律顧問をしていた女性もいました。両親は、広げるための計画や努力をしたわけではありません。この場でつくられる深いつながりが、自然に愛や感謝をもたらし、次は自分が誰かのために開催しようという気持ちを自然に湧き上がらせるのです。無私の境地で全て任せることによって、大きなフローは生まれます。
最後に、軍隊、権力については、「リーダーシップからラダー(はしご)シップへ」のシフトが必要です。組織の歴史は、オオカミのような群れで、脅威にすぐに反応していた時代から戦略的な指令統制の軍隊モデルへ移り、現代は人を交換可能な部品として扱う時代となり、一方、目的や価値を共有する家族型という組織が生まれるようになりました。
そして、ここから向かうべきは、あらゆる生命がつながり合う「生命体型」の組織です。それには新しいリーダーシップ、つまりラダーシップが必要です。リーダーシップが上から下へ指示をするのに対し、ラダーシップは下に留まり、他者がはしごを上って高いレベルに到達することを助けます。
今までのリーダーは、大胆なビジョンを持ち、力で実行しましたが、ラダーはつながりから始めます。場に多様なつながりを育てると、革新的な良い動きを見つけ、広めていきます。ラダーは、計画して実行するのではなく、探して増幅させていくのです。生態系の多様なつながりを利用した自然栽培農法などは、その良い事例です。また、フローを信頼することで、つながりはより深くなり、回復力も高まり、予測を超えた創発が起こるようになります。 さらに、ラダーは、多様なつながりの中では、皆、相互に影響し合い、きっかけさえつくれば、ドミノ式に波及効果をもたらすことを知っているので、力を行使する必要がありません。
穏やかな方法で世界を変える
ネルソン・マンデラは27年の投獄生活から解放された時、「私は、指導者ではなく、皆さんに謙虚に仕える者です」と述べ、政敵からも信頼を獲得していきました。
真のラダーは、力ではなく、愛が勝つことを知っているのです。私たちがこのフローによる繊細な革命を起こすには、つながりを活用し、奉仕の心で導いていかなければなりません。そうすれば新しい物語が始まります。これは実は新しい物語ではなく、3つのMに埋没していた、もともと存在していた物語です。
ガンジーは、財産も肩書も公職も待たずに、愛、フローの法則に基づくやり方で世界の歴史を変えました。私たちは、穏やかな方法で、世界を揺るがすことができます。そして、これが唯一、世界を揺り動かせる方法なのです。