2021年度「五井平和賞」受賞記念講演

Gunter Pauli

想像を超えた未来

グンター・パウリ

地球にもっと多くを生み出すことを望んではいけない。
地球が生み出すもので、さらに多くを成し遂げよう。

このような評価をくださった五井平和賞の主催者には、言葉では言い尽くせないほどの感謝の気持ちでいっぱいです。恐らくもっと実績のある立派な方々を検討されたことでしょう。しかし、せっかく選出いただいたのですから、私も精一杯、皆様のご期待に、謙虚にお応えしたいと思います。

40 年の歴史
この 40 年間、私は誰にも頼まれなかった仕事や取り組みを引き受けてきました。過去の過ちを正す責任、そして、来るべき世代のためにより良い生活環境をつくるという約束を引き受けてきたのです。世界各地で公益に関わる事業に取り組んで参りましたが、その中で、人々の基本的ニーズに応える能力の著しい低下、地域コミュニティの崩壊、貧困や飢餓の増加、中間層の縮小、そして、ほとんど伝えられていない劇的に高い自殺率などを目の当たりにし、私は決意を新たにしました。30 年近くローマクラブのメンバーとして活動してきた私は、常に現実を一つの生態系のように捉え、すべての点を結びつけて解決策を見出し、編み出してきました。私の最初の取り組みの一つを紹介させてください。

森ではなく、生態系を再生する
1984 年にコロンビアのビチャダ県を訪れた際、ベネズエラとの国境に 600 万ヘクタールもの広大なサバンナを発見しました。この荒涼とした地域が、昔、森林を牧畜場に変えようと試みられた結果であることを知る人は余りいません。スペインの植民者は食肉生産のために木を伐採しました。それが失敗に終わり、この土地は放棄されました。以降、誰もその破壊を修復しようとはしませんでした。そのため、この地域は貧困と暴力に満ちた土地へと衰退していったのです。

何世代も後になって、この厳しい現実を目の当たりにした時、コロンビアのソーシャルイノベーターであるパオロ・ルガーリは、森林へ再生させる方法を考えました。私は彼のビジョンを支持しました。私たちは、当時の理屈や常識にとらわれず、粘り強く取り組みました。私たちは、根の周りに菌類を密生させることで、苗木が9 カ月間の猛暑と 3 カ月間の豪雨に耐えられることを学びました。一帯に苗床を作り、若い木々と菌類に水を引きました。その結果、苗木の生存率は92%となりました。木々が育ち、日陰に覆われたことで、土地に暖かい雨が浸透し、土壌の奥深くまで栄養分がもたらされました。鳥や蜂が 250 種以上の植物を育て、この地は生命力を取り戻しました。今、この地域では飲料水までも生産しています。また、史上最大級の炭素吸収源でもあります。私たちは生態系を再生させたのです。

WorldWatch Magazine Winter 2006 に掲載された記事

雇用と健康
かつて荒廃していたこの土地は、今ではコロンビアで唯一の完全雇用を達成する地域となりました。この森林は、木の樹脂からコロフォン(塗料用)とターペンタイン(エンジン用の天然燃料)を抽出する地場産業から収益を生み出しています。すべてのエネルギーは地元のもので、再生可能なエネルギーです。食料、水、エネルギーが地元のものであれば、お金も地元にとどまります。経済は、生活に必要なものは何でも無料で手に入るという生態系に似てきました。私たちはこの論理を地域社会に適用し、30 年前から健康に欠かせない飲料水を無料で提供しています。また、子どもたちの6歳の誕生日には自転車をプレゼントしています。子どもたちが毎日自転車に乗り、1 日に 3 リットルの新鮮な水を飲めることで、社会はどのように変わるでしょうか?

8,000 ヘクタールの熱帯雨林が再生され、消化器系の病気に苦しんでいた地域住民は、今では国内で最も健康になり、病院は患者不足で閉鎖されたほどです。私たちは、暴力のない完全雇用の地域をつくりました。また、この地域に来る人には、持って帰れるだけの飲料水を無料で提供することで、平和の姿勢を示しました。次に、市長や選挙で選ばれたリーダーを置かないことにしました。彼らは恐喝や誘拐の対象になりやすいからです。私たちは、恒久的な平和のためには、社会的、環境的、経済的な革新が必要であることを、身をもって学びました。

コロンビアからスペイン・ジンバブエへ
皆さん、平和とは、基本的なニーズがすべて満たされ、人々に仕事があり、地域社会の将来の発展を目指せ、子どもたちが親世代よりもよい社会で暮らしていけることを意味します。そして、誰もが夢をもてることです。コロンビアでの経験を経て、私はスペインのエル・イエロ島で同様の取り組みを行うために協力しました。エル・イエロ島は、水と電力を自給した最初の島です。また、私の娘、チドは、ジンバブエの孤児の少女たちに未来を与えるために、廃棄されるコーヒー豆の残りカスを利用してキノコを栽培するコミュニティを作り、飢餓を撲滅しました。私たちは、収穫されたコーヒーの実のほんのわずかな部分しか消費していません。この残り物を基材にして、キノコを栽培しています。自分で食べ物を得ることができれば、少女たちは自身への虐待を許さず、未来を築くことができます。

野生のマッシュルームを栽培して収穫する Margaret Tagwira(ジンバブエ・ムタレのアフリカ大学) ©1997

これらのイノベーションを追求するには、独立した精神が必要です。私は非常に恵まれた環境の中で、常に独立心を維持してきました。ローマクラブの創設者で実業家のアウレリオ・ペッチェイとノーベル平和賞受賞者のエリ・ヴィーゼルという 2 人の生涯の師に励まされてきました。思想と行動のリーダーである 2 人は、他の人がやらないような責任を負い、頭の論理よりも心に従うよう私に勧めてくれました。自分の意識を強くし、広げていくように言われました。

システムの分析
ローマクラブでは、目の前にある厳しい現実に対する最良の研究は「システム分析」であることを教えてくれました。私は60 年代後半の数理モデルを使って、災害とその解決策をシミュレーションできることに注目しました。米国マサチューセッツ工科大学(MIT)のジェイ・フォレスター教授が開発したこれらのモデルは、私のお気に入りの仕事道具となりました。私は、一見無関係に見える問題と解決策の間にあるすべての関係、フィードバックループ、乗数効果を発見するために何時間も費やしました。分析で得られた結果は、科学者や活動家の素晴らしいチームにも裏付けされ、意図しない影響を見越したり、解決策を加速・拡散させる要因を予測するのに役立ちました。

新たな「生きる術」
様々な取り組みを進めていくうちに、社会が歴史から学ぶ必要性を感じました。過去の過ちを繰り返さないためにはどうすればいいのか。私は、攻撃を受けてアイデンティティや文化が崩壊するという厳しい現実に立ち向かって成功した、世界各地の文化について調べました。驚いたことに、私たちがコロンビアで熱帯雨林の再生に着手した場所からほど近い場所に存在する、コギ族の文化について知りました。コギ族は、16世紀初頭にスペインの侵略者と直面した時、戦わないことを選び、山の方へ退却しました。漁師や農民たちは、鎧を着たスペイン人が決して戦争をしかけられない、シエラネバダ・デ・サンタマルタ山脈の標高 2,000 メートルの高地に新しいコミュニティを作ることを決めました。彼らは、何十もの集落、農業用の棚田、真水の灌漑、排水処理などを備えたコミュニティの建築家、設計者となったのです。

しかし、2 世紀にわたる孤立した生活は、先住民がスペイン王室から確保していた土地がすべて没収されたことにより、突然終わりを告げました。独立の父たちは、すべての財産を自分たちが所有することを定めた新しい憲法を書いたのです。これは、先住民族の生存者を彼らが暮らす土地から追い出す許可を与えたことになります。コギ族は、この第二の侵略にも立ち向かいませんでした。先祖代々の平和的な考え方に沿って、農地としての価値がないとされる更なる高地に退避したのです。コギ族は、再び新たな「生きる術」を見つけなければなりませんでした。

至るところにある知恵を使って、生き方を設計する
コギ族は、今までの知識を捨てなければなりませんでした。過去の知恵では、未来を切り開くことはできないからです。誰も教えてくれない環境の中で、生き延びる術をどれだけ早く身につけられるかが重要でした。コギ族は、自分たちを取り巻くすべての生命に耳を傾け、そこから学ぶしかないと考えました。そして、その通りに実行したのです。20 世紀の探検家たちがコギ族の素晴らしい生活様式を発見すると、一部の世界市民が、彼らが奪われた領土を買い戻すことに着手しました。驚いたことに、コギ族に返された土地は、どんな悲惨な状態であっても、彼らの管理下であれば数年で復活しました。わずか数十年後には、不毛の地に多様性と生産性の高い熱帯雨林が繁茂していました。農民や漁師から都市エンジニアに転身した彼らは、生態系のあらゆるものとコミュニケーションをとるようになっていたのです。コギ族は周りに溢れる知恵を使って、シンプルな生活を設計したのでした。

シエラネバダ・デ・サンタマルタの熱帯雨林でコーヒーを栽培するコギ族 ©1997

皆さん、コギ族は決して戦争をしませんでした。土地を奪われ、生存が脅かされた時でさえ、彼らは内なる平和を求め、そこにあるものから皆の飲料水と食料を得たのです。彼らは新しい「生きる術」を身に付けました。過剰な人口、過剰な消費、大規模な生物多様性の喪失、母親の胎内にいる赤ちゃんに始まり、あらゆる生物に浸透するナノプラスチックによる大規模な汚染などに直面している現在、生命が依存する生態系の崩壊につながっています。コギ族だけでなく、私たち全員が新しい「生きる術」を必要としています。この術には、自分が持っているものを発見する能力、自然を含むすべての人の基本的なニーズに応える方法を見つける能力、高い回復力、最悪の事態に備える能力、斬新なアイデアと創造的な心を受け入れる能力、倫理を中心に置き、攻撃に暴力で対抗するのではなく、耐え抜く能力などが含まれます。

新しい現実への適応能力
飢餓、絶望、恐怖の世界は、過激主義が繁栄する世界です。そして、麻薬や恐喝によって簡単に得られるお金が、他の選択肢を見出せない多くの幻滅した若者たちを暴力や争いへと、駆り立てます。このような状況だからこそ、私たちは大胆になって、より良い世界のためだけではなく、私たちが作り出している未曾有の状況に適応するための解決策を想像しなければなりません。私たちは周囲のすべてを変える力を持っているように見えますが、自分自身を変えることはなかなかできないようです。

1971 年にローマクラブが報告書を発表し、確かな科学的根拠に基づいて雄弁に「軌道修正が必要」と結論づけた時も、私たちはそうしなかった。トップがリーダーシップを発揮できない時は、下で責任を負うしかありません。私は、私にインスピレーションを与え、根本的に新しい現実をつくるイニシアチブに参加してくれた何千人もの科学者と何百人もの起業家に大変感謝しています。私たちのスローガンは、「可能であれば、ぜひ実行してください。不可能だと思われることでも、私たちはそれを実現しましょう」でした。

生物多様性の再生
2009 年 11 月にアムステルダムで開催されたローマクラブ総会で、書籍『ブルーエコノミー』を報告書として発表した際、私は 10 年間で 100 のイノベーションを起こせば、1 億人の雇用を生み出すことができると述べました。それは大胆な発言でした。私たちは、雇用の面では届きませんでしたが、イノベーションの数は倍になりました。例えば、2022 年には気泡を使った新しい漁法を導入する予定です。イルカやクジラが作り出すエアカーテンを模倣しています。イルカやクジラは、魚の大きさに合わせて気泡の大きさを調整し、卵を宿した重いメスは気泡の罠から逃れられるようになっています。100 万年の歴史を持つこの漁法は、魚を獲っても、翌年も海に魚が増えることを保証しています。この技術革新は、世界の漁船を見直すことになるでしょう。私たちは、大きな野望を持ってスタートします。乱獲というドラマを生物多様性の再生というドラマへと、かつてないスピードで変えていくのです。

この漁法は『ブルーエコノミー』の原書で既に発表していましたが、海水中のプラスチックの微細なナノ粒子までも捕獲して破壊できるとは想像すらできませんでした。私たちは、肺の中の何億もの小さなスポンジ状の組織が、何十億もの毛細血管につながっていて、血液中の二酸化炭素の分子を除去していることを知りました。私たちは、同じ賢い解決策をプラスチックのナノ粒子の抽出に応用できないか、生物医学の科学者たちに研究を依頼しました。1 年以内に最初のプロトタイプを作ることに成功したことは、私にとって大きな励みとなりました。また、私たちの野望は非常に高いものです。海や川の水を毎秒1000 リットルの速度で浄化することを目指しています。地中海からナノプラスチックを除去するには、1,000 台の浄化装置を使って 10 年かかり、最低でも 25 億円の資金が必要になります。

電力の発生
さらに、「ヨーヨー」「凧」「鳩時計」という 3 つの古代からの技術のおもちゃを組み合わせて、世界初の 24 時間稼働の風力発電を導入しました。今まで十分に活用できなかった風力で、ベースロードエネルギーを提供できるようになりました。このように、ビジネスとして成立する数十種類のイノベーションに基づいて、自分の町、地域、国の未来を再設計したいと思わない人はいないでしょう。

世の中は「分析麻痺」に悩まされています。私は長年にわたり、「実行に焦点を当てる」という異なるアプローチを採用してきました。根本的な変化を実現するチャンスを発見したら、すぐに行動に移さなければなりません。大阪の実業家である更家悠介氏のような素晴らしいパートナーや友人のおかげで、私たちは実験船「ポリマ号」に斬新なエアカーテン漁法とナノプラスチック除去システムを装備することができました。私たちはこの船をポリマ号と名付けました。ローマ神話の「未来の女神」、「妊婦の守護神」をイメージして命名しました。再生可能エネルギーで、すでに 2 度の世界一周を果たしたこの船は、現実を変えるイノベーションを現場で実証するため、3 度目の世界一周に向けて準備を進めています。2021 年 12 月 15 日に大阪を出発し、太陽光、水素、そして凧の技術を人工知能とロボットを使って運用する風力を利用します。凧は、現在の風車に使われている資材のわずか5%でできます。ポリマ号は、世界を一周して日本に戻り、2025 年に開催される万博において、良いニュースと最高の体験を共有する予定です。これは、イノベーションの民主化の事例といえます。先進的な取り組みですが、それだけでは十分ではないのです。

ブルーイノベーションズ(スイス)が所有するポリマ号 ©2018, Peter Charaf

次の世代を育てる
ここで皆様の前に立つことは、非常に責任が重いことです。なぜなら、私の声は一つでも、その背後には大勢の人の働きや英知があるからです。しかし、より良い現在を築くだけでは十分ではなく、次の世代に未来への準備をさせる必要があります。私は 6 人の子供を持つ父親として、一世代ですべての間違いを解決できないことを知っています。これは何世代にも亘る課題です。30 年前、私は絵本を書き始めました。このシンプルで驚きに満ちた物語は、私たちが今まで気にも留めなかった疑問を持つきっかけをつくります。例えば「リンゴはどうやって木に登ったの?」という疑問です。私たちは、リンゴが重力の法則に従って落ちることはよく知っています。しかし、リンゴはどうやって重力の法則に逆らったのでしょうか? 落ちてくる前に、まず上に上がらなければなりません。両親や祖父母もお手上げなこの最もな疑問に取り組むことで、子どもは自信をつけていきます。科学や工学とは別に、子どもたちは感情的な知性を身につける必要があるのです。

私は、限られた時間の中で、人生の哲学、歴史から学んだ教訓、そして自然からインスピレーションを得て私たちが取り組んでいる、いくつかの新しいテクノロジーについて簡単にお話させていただきました。私は、解決できない課題に直面した時、生態系には「無駄がない」、「みんなが最大限に貢献する」、「失業者はいない」、「みんなが法則に従って行動する」ということを思い出し、置かれた場所で生命を輝かせ、より良い未来に向かって知恵を持って生きていきたいと考えています。もし、自然からこのことを学ぶ準備ができているならば、私たちはようやく自然のように賢くなれるかもしれません。

五井平和賞TOPに戻る