2023年度「五井平和賞」受賞記念講演

Scilla Elworthy

本日、五井平和賞を受賞することができ、大変光栄に思います。
五井平和財団の教育事業、そして、私たちの内なる力、つまり魂の力が広く世に認識され、効果を発揮するための道を見出してこられたことに敬意を表します。
50年以上に亘る私の信念は、内なる力によって活動すれば、活動ははるかに効果的になるということです。なぜなら、私たちは自分たちの力ではなく、私たちを通してもたらされる個を超えた力を使って、「平和は可能である」というメッセージを世界中の人々に伝えることができるからです。
今日、会場を見渡しただけでも、ここ日本で平和を実現しようという素晴らしい機運の高まりを感じます。

平和へのわが魂の旅路

わが人生の旅路

平和への旅の始まり

私の人生の旅路について、1953年に最愛の兄ジョージを突然事故で亡くしたことから始めたいと思います。当時10歳だった私の心は打ち砕かれました。なぜこのような話から始めるのかというと、心の傷はパワーの源になるからです。

3年後、13歳の私は両親の部屋で古ぼけた白黒テレビを見ていました。そこにはソ連の戦車がハンガリーのブダペストに押し寄せ、私とさほど年齢の変わらない若者たちが殺される映像が映し出されました。

私は急いで2階の部屋へ駆け上がってスーツケースを引っ張り出し、荷物を詰め始めました。部屋に入ってきた母に「何をしてるの?」と聞かれた私は、「ブダペストに行くの」と答えました。当時はまだブダペストがどこにあるかも知らなかったのですが。「何のために?」と聞き返す母に、「ブダペストで子どもたちが殺されているの。だから助けに行かなくちゃ」と伝えると、「馬鹿なことを言わないで」と言われ、私は泣き出してしまいました。

母は私の気持ちを理解し、「わかったわ。でも、あなたはまだ若すぎて、今は何の役にも立てない。スーツケースを片付けてくれるなら、あなたがトレーニングを受けられるように手を貸してあげる」と言ってくれました。

その言葉の通り、母は私が16歳になると、ドイツなどの強制収容所で生き延びた人たちが、休日を過ごすための施設で働くよう送り出してくれました。私は夏の間、ジャガイモの皮をむきながら、彼らの体験談に耳を傾けることに費やしました。

その後、アルジェリアで、戦争によって両親を失った孤児たちの施設で働き、また、南アフリカで、黒人の子どもたちの飢えと栄養失調を改善するために10年間働きました。そこでは、栄養不足が原因でお腹がポッコリ膨んだ子どもたちの目の前で、白人が余ったミルクを坑道に流し捨てる姿を見続けました。「明らかに間違っている。何とかしなければいけない」。私は、思いつく限りのことに全力を注ぎました。

核政策決定者との対話

10代の頃、私は広島と長崎に投下された原爆の恐ろしさを意識して育ちましたが、人間がほかの人間に対してどうしてこんなことができるのか、全く理解できませんでした。そして、より多くのことを学び、人々の役に立とうと努力しながら成長するにつれ、核戦争が偶発的に起こる深刻な危険性があることに気がつきました。

現に1983年11月、ソ連はあと18分でアメリカへの大規模な核攻撃を誤って命じるところでした。レーダーに映し出された情報を、アメリカによる核攻撃と捉え、政治局へ15分以内に発射の決断を下すよう警告していました。しかし、賢明な将校が「待て。ミサイルの飛来ではなく、雁の群れだ」と気づき、危機を回避することができました。

とはいえ、世界的な大惨事が寸前にまで迫っていたのです。この時、私は、当時の核保有5カ国(アメリカ、イギリス、ロシア、フランス、中国)全ての核政策の決定権を持つ人と話し合うことが不可欠だと感じました。かつて私は国連で働いた経験があるのですが、そのような立場の人たちと交渉しているように思えなかったからです。

これがシンクタンク「オックス・フォード・リサーチ・グループ」を設立するきっかけとなりました。私たちは、核兵器を設計する物理学者、核弾頭を搭載するミサイルの製造技術者、この恐ろしい殺戮の戦略を立案している軍の最高責任者、核兵器によって富を得ている人たち、そして、それぞれに決定のサインをする政治家は誰なのかを突き止めることにしたのです。

それから私たちは4年の歳月をかけて、『核兵器に関する決断はどのように下されるか(How Nuclear Weapons Decisions Are Made)』という本を出版しました。本には、核保有5カ国それぞれの官僚組織、軍部、物理学者たちがどのように機能し、そして誰が実際の責任者なのかを示した図を掲載しています。出版を懸命に阻止しようとする動きもありましたが、今でも、私がフランスや中国の国防省に行くと、この本のコピーがよく読まれているのを目にします。つまり、核政策のシステム全体をほとんどの人が知らなかったのです。

次の段階として、私は、彼らの何人かを内密の会議に招き、実際に会って互いの話を聞いてもらうことはできないかと考えました。初回の会議は、私が働き暮らしていたオックスフォードで行いました。後に北京にも招待されました。北京には、同様の立場の人たちに会うために7回は訪れ、また、ソ連のモスクワやフランスにも行き、アメリカでは多くの人と交流を果たすことができました。

私たちが大事にしてきたのは、会議を内密に行うことであり、そのために参加者リストも用意しませんでした。参加者の95%は男性でしたが、国から裏切り行為をしていると疑われることがないように配慮をしたため、参加に同意してもらえました。

会議では机を置かず、大きな輪になって座り、隣人と対話をしてもらいました。相手の話に耳を傾け、さらには、言葉をただ聞くだけではなく、言葉の背後にある感情も含めて、隣人に復唱するよう勧めました。トップレベルの公式な交渉に携わっている彼らが、このような形で互いに話し合うことは非常に貴重であり、また、彼らにとっては非常に努力を要するものだったと思います。

最終的には、関係国の外務局が立案し、合意に至った協定の基盤となりました。

草の根の平和運動を支援

私はこの仕事を約20年、2002年まで続けた後、非常に有能な後継者に引き継ぎました。その頃、情熱的で現実的な素晴らしい草の根の平和活動が各地で起こっていることを知るようになったからです。ごく普通の市民たちが、時に命の危険を冒してでも、自分たちが暮らす場所で起こる武力紛争を防ぎ、終わらせようと立ち上がっていました。

しかし、彼らは無名なNGO団体で誰からも支援されず、常に資金不足に陥っていました。私は、武力紛争を止めるために命がけで立ち向かっている彼らの活動を広く知らせ、彼らが勇気を持って活動を続けられるよう励ましたいと考え、「ピース・ダイレクト」という組織を立ち上げました。

ピース・ダイレクトでは、20年以上に亘り、28カ国で平和構築者の支援と育成を実施してきました。その中には、内戦が続くコンゴ民主共和国で調停活動を行い、民兵を話し合いのテーブルにつかせ、武器を放棄させたアンリ・ブラ・ラディ、2009年にケニアで起きた選挙結果を巡る暴動を鎮めた優秀な平和構築者、ディーカ・イブラヒム・アブディなどがいます。

今日、私が受けたこの栄誉は、彼らの活動と勇気に対する深い敬意を表すものでもあると思っています。

平和構築へのアプローチ

女性の力を動員する

私は長年の様々な経験から、平和構築への最も効果的なアプローチの一つは、女性と共に取り組むことだと確信しています。ピース・ダイレクトを通して、女性は武器による暴力の防止と解決に非常に長けていることがわかっています。女性たちには、混乱を鎮めるための豊富なスキルがあります。

1970年代初頭、宗教間の対立が激化していた北アイルランドで、女性たちが何を行ったかを紹介しましょう。
ベティ・ウィリアムズとマイレッド・コリガン・マグワイアは「コミュニティ・オブ・ピース・ピープル」を共同で設立し、内紛の解決を求めて、1万人以上のカトリックとプロテスタントのグループを動員し、ベルファストの通りを平和のために行進しました。石を投げつけられたり、もっとひどい目に遭いながら、命をかけた行進でした。二人はその功績により、1976年にノーベル平和賞を受賞しました。

また、14年に亘り内戦が続いていた西アフリカのリベリアでは、レイマ・ボウィがキリスト教徒とイスラム教徒の女性たちを結び付け、「平和のためのリベリア女性たちの大規模行動(Women of Liberia Mass Action for Peace)」という宗教を超えたムーブメントを起こしました。さらに彼女たちは、チャールズ・テイラー大統領と悪質で暴力的な反乱軍の指導者たちとの和解に向けた仲介役を務めました。

女性たちは座り込みを行い、和平合意に達するまで交渉を終えることを許さず、ビルの管理人の協力を得て、建物の窓やドアに板を張り、合意書に署名するまで外に出させませんでした。彼女も、この功績によりノーベル平和賞を受賞しています。

概して、女性たちはあらゆる立場の人の意見に耳を傾ける能力を持っていると思います。親を亡くした子ども、消息不明の家族を待つ母親、夫と家を失い飢えに苦しむ女性など、様々な戦争犠牲者の相談に乗り、それまで手が差し伸べられることのなかった人々の不安や悩みを明らかにし、戦争の負傷者のケアや亡くなった人々の埋葬にまで着目します。

女性はこれまで考慮されてこなかった、あらゆることを和平合意に盛り込むことができるのです。

傾聴のスキルを養う

平和構築において重要なスキル(技能)は、先ほど触れた「傾聴」のスキルです。
例えば、人が怒ったり脅したりしている時、その怒りや恐れに深く耳を傾けることができれば、聞いた言葉だけでなく、相手が何を言いたかったのかをフィードバックできます。「あなたがどれほど怒りを感じているかわかります。あなたは傷ついたのですね」などと、優しく語りかけることができます。

そう言われることで、相手は「そうなのです。それで…」と、自分の痛みを吐露することができるでしょう。そうすれば、相手が本当に必要としていることが分かるし、それを協定などの取り決めに反映させることができます。

「傾聴」のスキルは、私たちが世界中で展開しているトレーニング「マイティ・ハート」で、八つの重要なスキルの一つとして教えています。

実業界を巻き込む

そして、もう一つの平和構築のための最も効果的なアプローチは、実業界を巻き込むことです。私は、戦争を防ぐことはビジネスの仕事だと認識するようになりました。それはなぜか。企業は戦争によって膨大な損失を被る一方で、人々の苦しみから莫大な富を手にしてきたからです。

一つ例を挙げましょう。先ほども触れた、ケニアで選挙後に起こった暴動では、1000人以上の命が奪われ、実業界は数十億ポンドもの損失を受けました。経済は悪化し、50万人以上が避難を余儀なくされました。暴動によって首都ナイロビで社屋を破壊された企業5社は、行動を起こす必要があることに気づき、結束して地元の平和構築の専門家に助言を仰ぎ、地元のリーダーたちと協力して、草の根で暴力を鎮める方法を計画しました。

彼らの活動により、2017年の選挙は欧州連合(EU)から自由で公正だと評価され、財産が破壊されることも、貿易が中断されることも、人々が家を失うこともありませんでした。この計画に要したコストはたったの50万ポンド余りだといいます。

ウクライナの戦争による世界の企業の経済損失は深刻です。私の三つ目のプロジェクト、「平和のためのビジネスプラン(Business Plan for Peace)」は、世界的なアパレル企業であるH&Mと緊密に連携し、平和構築は国連や外交官、慈善団体だけの仕事だと決めつけるのではなく、企業が主体となって何ができるかを示してきました。

「平和のためのビジネスプラン」が提唱する戦略の一つは、企業と地域の活動家や専門家など、様々なセクターが協力して平和構築に取り組む「平和のための社会基盤(Infrastructure for Peace)」です。

これは、南アフリカでネルソン・マンデラが始めた手法ですが、彼が釈放された当時、南アフリカに暮らしていた私をはじめ、誰もが内戦が起こると予想していました。しかし、彼が打ち出した計画は、全ての村・町・農村地域、そして最終的には政府組織の全てに平和評議会を設置するというものでした。平和評議会で平和プランを策定し、地域で暴力が勃発した時、誰が何をすべきかを明確に把握し、内戦を防ぐことができたのです。

今の世界のためにできること

では、今の世界情勢をどのように見ればいいのでしょうか。この現状を、より平和で安全な未来を創造するための機会にするにはどうすればいいでしょうか。パレスチナとイスラエルで起きている深刻な悲劇、膠着しているウクライナでの恐ろしい戦争を、人類が目覚める機会と捉えることはできるでしょうか。より良い未来に貢献するために、私たちに何ができるのでしょうか。

テレビから流れる耐え難いニュースを前に、どうすればいいのかわからない時、まずすべきことは、自分の感情をただ感じることです。避けてはいけません。避ければ無力感が増すだけです。心を開いてみましょう。あなたの心は傷ついているかもしれません。でも、その痛みの奥にはもっと大きなエネルギーとパワーが存在しており、そのエネルギーは変革にとても役立ちます。私たちの心を傷つけたり、私たちを怒らせたりするものは全て、その背後にエネルギーを持っています。私もそのエネルギーが、仲間たちとの仕事の原動力になっています。

このことに気づくことができれば、紛争の指導者たちに同意するか否かに関わらず、彼らにも心の傷があるとわかるでしょう。私たちの心を彼らにも開きましょう。どちらかの味方をするのではなく、思いやりを引き出す人になってください。紛争の指導者たちの心を、これまで考えもしなかった新しい方向へ開くよう促し、たとえ難しいと思われても、心の中では正しいとわかっていることを実行に移すことによって、彼らが「未来のヒーロー」になる姿を想像するのです。

紛争の指導者たち、そして今日この会場にいる私たち全てが、蒙昧と怒りを抜け出し、新たな思考と理解の担い手となり、長年の経験から学んだスキルを使って、正しいことのために立ち上がり、暴力の泥沼から抜け出せるよう、他の人々を導く素晴らしい存在になることを願います。

最後に、皆さんと静寂の時間を持ちたいと思います。
イスラエルとハマスとの間で今日も交渉を続けている人たち、ウクライナでの戦争を終結させるために力を尽くしている人たち、そして、世界各地で紛争に巻き込まれている人たちが、地上に平和をもたらすために勇気を持って立ち上がることができますように。

恐怖に怯え、脅威に晒され、どうすればいいのかわからない人々を思いながら、目を閉じ、1分間の祈りを捧げましょう。心の力はとても強い。私たちはこの力を毎日使うべきです。それにより、誰もが平和に向けて真に貢献することができるのです。

五井平和賞TOPに戻る