2005年度「平和の文化特別賞」受賞記念講演

新しい文明へ向けて

ミハイル・ゴルバチョフ

今日のフォーラムのテーマである「新しい文明」は、私にとっても大きなテーマです。

新しい文明というものを考えたとき、何を考えようとするのか、またこれまでの歴史のプロセスを退けようとする試みなのか、いま存在している文明はどうなっていくべきなのかといった問題が浮かびます。しかしこのフォーラムが目的とする新しい文明とは、今ある文明を退けるのではなく、発展することによって達成できるものであり、そして、その兆しとしてすでに文明は、大きな転換期にさしかかり、新しい形態の生活が徐々に始まっていることに注目しようということだと思います。

科学や社会の領域では、新しい現象を研究し、その結論は私がいまでも多くの面で大きく関わっている政治の世界でも重要なものとなってきています。そのような状況の中で私が支持したいのは、これからは現代社会に生きる市民は新しい知識で武装していくという考え方であります。

歴史は歩みを速めてきました。これに伴い、人の意識が、歴史の進む速さについていけなくなるという危機が存在し、それにより世界のプロセスをコントロールする動きに過ちが起こりつつあるといえます。多くの有識者は「歴史は決して運命的なものではない。他の選択があるはずだ」と考えています。本来ならここでリーダーが責任とリーダーシップを発揮しなくてはなりませんが、それは欠如しています。

しかし歴史のプロセスの中で重要な役割を果たすのは人間であり、市民です。私たちは世界で起こっている歴史のプロセスを覆したり止めることはできませんが、プロセスの意味を理解することはできます。歴史のプロセスの特徴を明らかにし、調和する形で適切な行動をとっていくことが大変重要なのです。

リーダーたちは平和、世界の状況、そしてその中の人間というものを考え、人類が直面してきた問題の解決において非常に大きな役割を担っています。私たちの前に起こっているプロセスを理解し、適切な行動をすることで危機に陥ることから「救う」役割を果たしてくれます。これからも過ちは起こるかもしれない。しかし破壊的な状況に陥らないようにすることはできるのです。巨大で困難な問題を前にパニックに陥ってはならないのです。

優れた研究者たちも含めて多くの人々は、すべてをすぐに理解することは不可能なのだからなるがままに任せておけばいいと考えています。「弱い者は滅び、強い者は勝つ」。これを当然と考えるのは非常に恐ろしいことです。政治の言葉にすれば社会的進化論に任せろということになってしまうからです。

このような性格を帯びている現在のグローバリズムの中では、自然発生的に世界の問題は緊迫化へとつながります。

しかし今世界では、このようなグローバリゼーションに対する抗議が巻き起こっています。私たちは世界の、民族的、文化的、そして自然における多様性を守っていくことが重要です。それでこそ安定と繁栄した世界を得ることができるのです。

今の世界では、私たちの目の前には3つの挑戦が立ちはだかっています。1つは大量破壊兵器の拡散やテロといった「安全への挑戦」。2つめは「貧困への挑戦」。そして3つめはいまやグローバルな性格を持つようになった「環境破壊への挑戦」です。このように私たちは、大変に大きな問題に直面しています。私たちは、力を一つに結集し問題の解決にあたらなければならないのです。

今年はペレストロイカが始まって20周年です。記念に開かれた大規模な記者会見で、「ペレストロイカは最終的には、勝利を収めたのか、それとも負けたのか」と質問されました。私ははっきりと、こう答えました。「ペレストロイカは勝ちました」と。

ペレストロイカは確かに中断させられてしまいました。しかしもう後戻りすることのできないところまで進んでしまった後でした。これこそが、ペレストロイカの歴史的な意義、歴史への貢献であったのです。また、ペレストロイカは私の国だけではなく、全世界に、そして国際関係にも大きな影響を及ぼしましたが、当時だけでなくこれからも世界に大きな影響を与え、役割を果たし続けるものと思います。つまりペレストロイカの意義は何だったかという最終的な結論を出すのはまだ早いわけです。

周恩来も生前、すでに180年が経っていたフランス革命の評価と中国への影響を聞かれたとき、「フランス革命の総決算をするのは、まだ早い」と答えていた。ですから大きな転換点となったペレストロイカも、その意義を問うのはまだまだ時期尚早でしょう。

ペレストロイカの成果は、私たちが状況判断を誤らなかったことが重要な点であると思います。当時、私たちは、我が国は根本的な変化を必要としていると理解し、ペレストロイカの第2段階では、既存のシステムを変えるべきであるという結論に達していました。それもこの変化は、部分的なものに限定されるべきではないと考えたのです。

私たちは、国家的な利益以外に、全人類的な利益というものが存在し、その中で人類が自己破滅する脅威を取り除くことこそが、最も優先順位の高い問題であると理解していました。私たちはお互いに結びつき、お互いに依存している世界に住んでいるのだと理解していたのです。どの国も自分だけでは自国の安全や繁栄を確保することはできません。そして、この考えから、私たちの戦略的な決断がなされていくのです。私たちの決断は、民主的な自由、法治国家を選択し、軍拡競争、地球的な対立に終止符を打つというものでした。そして、ここで学んだことは、現在の状況でも、引き続き重要な意味をもっているものです。世界は、非常に速いスピードで変化しています。幾つかの分野では、以前とはまったく様変わりしたものもあります。そして、今重要なのは、20年前と同じように、時代の主要な特徴や傾向の分析で間違いを犯さないことであると考えるのです。

私たちは7年間にわたってグローバリゼーション問題を研究し、報告書を作成してきました。そこで出した結論は、世界は様々な矛盾に満ちながら大きく変化しており、その世界の中で生きている人間こそが重要であるというものでした。現代社会はお互いの相互依存性、または結びつきが強くなる一方で、何10億という大きなプロセスから取り残されていたり、新たな巨人の中国、インド、ブラジルは政治的・経済的影響力を拡大し、またアメリカ合衆国は唯一の超大国として存在し、そのほかヨーロッパの拡大、ロシアと旧ソ連の国々が民主的なプロセスを展開して他国を巻き込んでいる。そういった様々な特徴を持つ社会の中で巻き起こる大きな問題に人類は回答を出そうと努力しているのです。

1980年代の半ば、私たちは新しい考え方、新思考を提唱しました。そして21世紀に入った今、改めて新しい考え方、新思考を確立する必要があると考えます。

私たちはいまや新しい世界を生きています。しかしその舵取りをどう行うかは決めかねている状態です。私たちは新しい問題を相互依存という新しいグローバリゼーションのもと、旧いアプローチを使って解決しようとしています。そのため不安定という大波が地球上を覆いつつあるのです。その波を静められるために必要なのは、私たちの新しいビジョンです。そのためには市民社会の発展のために叡智を結集すべきなのです。

耳を澄ますと、世界各地で今のようなグローバリゼーションを批判する多くの声や、人間の顔を持ったグローバリゼーションこそが必要なのだと訴える声が聞こえてきます。今とは違う新しい世界、新しいグローバリゼーションを作り出すことは可能だと叫ぶことは大切だと思います。

ジョン・F・ケネディはかつてアメリカの大学の講演でこう語りました。「いちばん大切なのは平和である。私が語る平和とは、そのためになら生きる価値のある真実の平和である。すべての民族が発展し、子どもたちにとってよりよい世界であり、アメリカだけでなく世界のすべての人々とって、また今日の人々だけでなく明日の人々にとっての平和である」と。

この言葉は今の時代においても当てはまります。私たちに大切なのは、新しい世界の現実を評価し、国際社会に新しい知識、新しい思考を与え、未来を全てのひとのものにすることです。

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