第15回講演録

渥美和彦

東京大学名誉教授

テーマ

統合医療の意義と展開

プロフィール

1928年大阪府生まれ。東京大学名誉教授。日本代替・相補・伝統医療連合会議(JACT)理事長。日本統合医療学会(JIM)代表。東京大学医学部卒業後、同大学医学部附属病院木本外科において心臓外科を専攻し、人工臓器や医用工学の研究に従事。東京大学医学部医用電子研究施設教授、鈴鹿医療科学大学学長などを経て現職。日経BP技術賞(医療部門)ほか受賞多数。著書『統合医療への道』(春秋社)、『代替医療のすすめ』(日本医療企画)、『自分を守る患者学』(PHP研究所)ほか多数。

講演概要

「21世紀の医療は、人間を心と体の両面からホリスティックに捉える“統合医療”の時代であり、患者中心に医療を選ぶ時代です。そして、健康、予防、自然治癒力、治療などの円環の中で人間の身体、生命観、死生観を考えていかなければならない時代なのです」

長年にわたり最先端医療の世界的権威として活躍され、現在は統合医療の確立に向けて精力的に活動される渥美先生が、理想的な医療とされる“統合医療”とは何かを優しく説くと共に、“21世紀の医療と健康の未来像”について語ってくださいます。

講演録

「個人の時代」の医療へ


医学の歴史は、いまから4000~5000年前に中国、インド、アラブ地域で始まり、中国医学、アーユルヴェーダ、ユナニ医学となりました。これらは、世界の三大伝統医学といわれ、ヨーロッパへ渡って、西洋医学が誕生しました。

西洋医学は、20世紀に入って科学と結びつき、たった100年足らずの間に近代的な発展を遂げました。何十万人におよぶデータを集め、分析し、統計的に大勢の人々に合うような形で診断し、治療する。また、体を臓器ごとに分け、さらには細胞、分子、最近は量子レベルまで細分化と専門化を繰り返し、おかげで遺伝子という偉大な発見を得ることができました。しかし、あまりに細分化したために、統合できなくなってしまい、医療全体の中の専門性が見えないという問題も起こっています。

一方、代替医療とは何か。わかりやすく言うと、鍼灸、マッサージ、指圧、ハーブ等々、西洋医学以外の療法だと考えてください。これらは、伝統医学にしても鍼にしても、科学のない時代から一人ひとりの病気を症状ごとに分析し、処方してきた、極めて豊富な経験を持つ個性的な医療といえます。

現代社会は、個人の時代になりつつあります。医学もこれからは、個人にあった医療とは何かを考えなければならない時代です。「統合医療」とは、西洋医学と代替医療や伝統医療などを合わせ、患者を中心に考える医療を言うのです。

日本とアメリカの医療の現状

日本は、健康保険制度があるため、医師も、国民も、西洋医学だけを医療の中心だと考えてきましたし、医学教育も明治時代以降は東洋医学を切り捨て、西洋医学しか教えてきませんでした。西洋医学を学んだ人の多くは、臓器だけしか見ず、例えば経絡という“気の通り道”の話をしても「血管ですか、神経ですか」などと言います。経絡は確かに解剖学的には存在しませんが、機能的なものとして存在しますし、私は実際に中国で、気が青白い光となって手の経絡を流れるのを見たことがあります。

また、残念ながら政府も海外の現状や動向を勉強しないため、10年後の医療費節減については考えても、医療全体がどうなっていくべきかといったことは、あまり考えられていないというのが現状です。

一方、アメリカでは日本のような保険制度がないため、国民は金銭的に負担が多く、かつ自分に合った代替医療を探してきました。1990年に、3人に1人は代替医療の利用者であるとハーバード大学の教授が発表すると、国立衛生研究所で本格的調査を始め、96年には大統領直轄の代替医療委員会を設置しました。これまでに13の大学に3000~4000億円を投じて、様々な代替医療の有効性、安全性等を研究しています。アメリカ国民には、西洋医学に限界を感じると同時に、高額になる一方の医療費を払い続けられないことなどを背景に、これからは病気を予防していく時代だという、意識転換が始まっています。コンシューマー(消費者)から運動が起こったのです。皆さんも病気で苦しい上に、何万円も治療代を払わされるより、病気にならないようにするほうがいいと思いませんか。

我々も政府に働きかけて、政治家の85人の超党派による議員連盟をようやく作ることができました。鍼の学会、ヨガの学会などとも連合し、学術連合が、文化人や企業人も加わった会もできました。足りないのは、コンシューマーの連合です。皆さんもぜひ、これからの医療について、もっと関心を持っていただきたいと思います。

統合医療の確立に向けて

私が統合医療を目指して、代替医療に関心を持ち始めたのは、約15年前です。その頃は、「頭がおかしくなったのではないか」と、よく同期の教授らに噂されたものです(笑)。そういう偏見や誤解は少なくなったとはいえ、いまでもまだ無免許医師が多く、患者より利益優先とか、患者も無知でだまされ易いとか、科学的でないという、代替医療をめぐる逸話はあります。

しかし、日本は元来、代替医療に対する関心が高い国です。ご高齢者の場合では、約7割の方々が何らかの代替医療を利用しているという調査データもあります。健康食品などを飲用される方もいるかと思いますが、西洋の薬と併用すると、薬の効果を半減させてしまう場合もあります。

我々の仕事の一つは、最先端医学で西洋医学と代替医療の橋渡しをすることです。現在は、病気になってから検査し、計測した血圧の数値やコレステロール値等を治療に役立てていますが、今後は未病(病気になる寸前の状態)の段階で見極めることが必要になってくるでしょう。

現在、「プロテオミクス」という最先科学技術を利用して、バイオチップに血液を微量落とすだけで、病気の予測ができるそうです。この研究が進み、実用化されれば、健康食品が飲用後効くのか、効かないのか等々、調べられるようになるわけです。健康食品だけでなく、鍼でなぜ病気が治るのか、また信仰や祈りでなぜ治るのかなどについても調べられるようにならなくてはならないと思っています。

統合医療を追求することで見える、地球の諸問題


統合医療を進めていくと、とても重要な様々なことに気づきます。

薬の大部分は、ハーブから作られているのをご存知ですか。世界には25万~50万種の植物があるそうですが、薬に利用されるのは5000種。その他の圧倒的な数の種については何もわかっていません。今後も環境破壊を続けたら、優れた効能を持つ植物を私たちは失うかもしれません。医療と環境問題は切り離しては考えられない関係なのです。

また、最も関心度の高い病気であるガン。苦しんだ末に死ぬという印象が一般的ですが、実は何もせずに10万人に1人程度で治るケースがあります。背景にはガンと闘う心の力があると言われ、イメージ療法においても、ガン自体が消えるのではなく、精神力が生命力を高めて延命できることがわかっています。いまの西洋医学は、体だけを治療しますが、これからは心をどう見るかが非常に重要なキーワードになってきます。

統合医療の理想は、患者中心の医学であり、誕生から死ぬまでの体と心を包括的に考える医療です。単に体を治療するのではなく、みんなが人間として心のレベルを上げ続けていく、そういう生き方を目指していくためには、地球には長く生存してもらわないと困るわけです。私たちは自然を守り、何より平和を求め続けなければなりません。

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(Q&A)

参加者● 統合医療に関して、消費者が参加するには、どうすればいいでしょうか。

渥美● 健康な人、重病を患っている人など様々なので、一概には言えません。市民グループや、我々の講座も開かれているのでそこに参加するとか、まずは自分自身で健康を考えることから始めたらどうでしょう。真剣に健康について考えると、水や空気、食糧、温暖化など周囲の様々な問題に気づきます。その次のステップとしては、皆で考え、行動することです。それがひいては、コンシューマー・ムーブメントにもつながるのだと思います。