第26回講演録

桜井邦朋

理学博士、早稲田大学理工学術院総合研究所客員顧問研究員

テーマ

宇宙史における人間の位置

プロフィール

1933年生まれ。京都大学理学部卒業。宇宙空間物理学の草創期に同大学院理学研究科で太陽活動に関わる研究に従事。大学院修了後、京都大学工学部助手、助教授を経て、68年NASAゴダード宇宙飛行センター上級研究員。75年メリーランド大学流体力学・応用数学研究所教授。帰国後、神奈川大学工学部教授、工学部長を経て、97年から2000年まで同大学学長を務める。高エネルギー宇宙物理学の第一人者として世界的に知られている。著書『なぜ宇宙は人類をつくったのか』(祥伝社)、『研究者の品格』(日本理工出版会)、『日本語は本当に「非論理的」か』(祥伝社新書)ほか、専門書から一般書まで110冊余りを上梓。

講演概要

20世紀に建設された現代物理学(Modern Physics)と呼ばれる学問は、自然界に観察または観測されるあらゆる現象に対し、研究できる手段を人類にもたらした。現在では、物質の究極構造に関わる極微の世界から、星々を含む銀河、そして多くの人が関心を抱く、全てを包含する宇宙の創造と進化まで研究できるようになっている。私たち人間の思考過程、さらには、宇宙史のなかで稀有な存在である全ての生命現象の秘密、私たち人間が宇宙の中に占める位置についても研究できるようになるなど、研究の最前線は拡大し続けている。一人の研究者として、人間という生命種の存在理由、さらに未来への展望について語りたい。

講演録

この世に生命あるものは、みな仲間である

地球上の全ての生命は、三十数億年前、たった1回の起源から始まりました。それから様々な形に分かれ、現在では、私たちのような人間、あるいは植物、動物、細菌など様々な姿として存在しています。人間の身体を構成しているのは、酸素、炭素、水素など、地球上で最も手に入りやすい元素です。これは人間だけではなく、動植物も同じです。人間だけが何か特別な元素でできているわけではありません。また、人間をはじめ、猿、牛、馬、鳥など、体温を一定に保つ特性を持つ恒温動物は、幾分かの誤差はあってもこの温度の平均は36~37度と一緒です。

そういう点から考えると、私たち人間と地球上の全ての生命は、みんな仲間であることが解ります。いま地球上には、生命の進化の過程で次々と誕生した生物が2000万種類以上あります。こういう仲間たちが出会い、共生しながら、生命の歴史はつくられてきました。しかし、現在、人間だけが生命の頂点に立つような特別な存在だと傲慢になり、地球を破壊していることは非常に残念なことです。

生命の基本構造を決める情報は、全ての生命に共通で、DNAと呼ばれる高分子により伝えられるようになっています。

人は出会いで導かれる

私は、埼玉の農家の長男として生まれました。子どもの頃から毎日、農作業や家畜の世話をしていましたので、将来は家を継ぐものだと自分なりに理解していました。ところが高校2年の秋に、珍しくPTAの総会に参加した父親から「担任からお前の大学進学を勧められた。行きたいなら1校だけ受験していいぞ」と進学を許され、幸い合格した京都大学に進学することができました。父が担任と出会わなければ、今の私はなかったわけですから、人生とは、予期しない出会いによって道が刻まれていくのかもしれません。

私が太陽の研究をすることになったのも、卒業研究のテーマが決まらずどうしようか考えていた大学4年のとき、研究室の助手の方が貸してくれた、『The Sun』という太陽について書かれた本がきっかけで、その1冊が私の生涯を決めることになりました。人だけではなく、本や考え方など、あらゆる出会いを経て、皆さんも今日の姿があるのではないでしょうか。

私たちの存在は偶然か

皆さんの身体を作っている高分子は、全て電気力でつながっています。この電気力が強すぎると全て固まってしまい、タンパク質も脂肪もDNAもRNAもなくなってしまうのですが、私たちには、生きるために必要な化学反応を起こすような電気力が備えられています。

また、地球上の生命エネルギーを維持する上で密接な太陽との関係について考えてみたとき、私たちは太陽の光を浴びると、温かいと感じますが、これは太陽光のエネルギーを体内の水、タンパク質、脂肪など様々な分子が吸収し、熱運動をするために温かく感じるのです。この光エネルギーは、太陽の中心部にある水素4個が順々に融合してヘリウムを作る際、水素4個の質量のうち0.7%だけがエネルギー変換されて放出されたもので、私たちの元へは、1000~2000万年という長い時間をかけて届きます。これがもし0.7%ではなく、0.69%だった場合、太陽はまだ揺籃期であり、逆に0.71%だと、太陽の寿命は終わっており、どちらも地球上に生命が誕生することができません。ほかにもいくつか物理定数はありますが、それが現在知られている大きさと少しでもずれていたら、生命の誕生はあり得ません。

では、これらの数は、誰が決めたのでしょう。私は、とても偶然の産物だとは見なすことはできません。何か見えざる宇宙の手、オーガナイザーというものがあって、この世界が必然的につくられたのだという結論に行き着いてしまいます。こういう仕組みを知ると、自分が生かされていることは本当に有難いと感じます。それに対する恩返しというと大げさですが、生きている間に自分ができることをやらなくてはいけないという気持ちになります。

私は、たまたま宇宙物理学の分野で仕事をするようになりましたが、たくさんの出会いを通じて、何かが仕向けたのではないかという縁(えにし)を感じます。ここにおいでの皆さんと、初めて今日お目にかかったのも宇宙が仕組んだ赤い糸かもわかりませんね。

<Q&A>
参加者● 自然界には、原因と結果があると思うのですが、ビッグバンが何かの結果だとしたら、その前には何があったのでしょうか。

桜井● 宇宙というのは、無限の大きさのエネルギーを持った無限に小さな塊が、何十桁の膨張をしたことで始まり、このとき時間と空間、そして陽子や中性子などの元素の基本である物質がつくられました。宇宙が誕生したのは、137億プラスマイナス2億年前と考えられていますが、これは、私たちが普段使っている時計で測った時間です。私たちの感覚では、時間は、彼方の過去までつながっていると考えたくなりますが、時間は、重力が強くなると進み方が非常に遅くなり、宇宙の誕生の頃まで遡ると時間はほとんど進まなくなります。つまり、私たちは宇宙の始まりまで到達できないし、それ以上先の存在はないし、わからないのです。

また宇宙が膨張する先には淵のようなものがあるのか、あるいは淵を超えるとどうなるのかとよく聞かれますが、宇宙は時間と空間をつくりながら、どんどん膨張を続けているので、膨張の先端にはたどり着けません。納得できないかもしれませんが、現在はこういう理論でしか宇宙構造の説明はできないのです。そこには矛盾はないのです。