第25回講演録

瀬谷ルミ子

NPO法人日本紛争予防センター(JCCP)事務局長

テーマ

行動で積み重ねる平和とは

プロフィール

1977年群馬県生まれ。専門は、紛争後の復興、平和構築、兵士の武装解除・動員解除・社会再統合(DDR)、治安機構の改革。中央大学総合政策学部卒業後、英国ブラッドフォード大学で紛争解決学修士号取得。ルワンダにてNGO勤務、シエラレオネおよびコートジボワールの国連PKOでDDR担当官として勤務ほか、在アフガニスタン日本大使館にてDDR大使特別補佐官として従事。アフリカで国連PKO要員に対する平和活動実務訓練のカリキュラム立案や講師も務める。2007年より現職。第2回秋野豊賞受賞。共著『国際協力の現場から』(岩波ジュニア新書)ほか。

NPO法人日本紛争予防センター  www.jccp.gr.jp

講演概要

「今日、世界では少なくとも20の地域で武力紛争が起こっています。その紛争地に平和をもたらすには、何が必要なのでしょうか。そして、それらの紛争を予防するためには、どんな取り組みが求められているのでしょうか。”紛争予防”(紛争の発生・再発を防ぐための活動)や、“平和構築”(紛争が終結した地域に平和をもたらす取り組み)という言葉は、多くの人にとってはなじみのない言葉かもしれません。これまでに携わった現場での経験談なども交えながら、紛争・平和について分かりやすくお伝えします」

講演録

争いや紛争の被害は、皆さんもメディアを通じて見る機会があると思いますが、何が原因で起こったのか、現地ではどんな影響をもたらしているのかなどは、分かりにくい部分があると思います。武力を伴う激しい争いも、元々は権力者同士の利権や資源を巡る衝突がきっかけで、それに多くの人が巻き込まれる状況が多いのです。

では、何をもって「平和」と言うのか。私たち日本紛争予防センターは、「紛争地で人々に生きる選択肢を増やすこと」が平和へつながると考え、武力を伴う集団間の紛争に対して様々な支援を行っています。銃弾が飛び交う紛争地の人々は、自分たちで生きることも死ぬことも選べない。ただ、紛争が一旦終われば、当面は生きられるという選択肢が増えます。そこに食糧、住居、衣類などの支援が届けば、さらに生きるための選択肢が増える。そして、復興が進み、学校建設や町の開発などが始まれば、自分の意志で進路や職業が選べる選択肢が増えるわけです。

ただし、私たちは現地の人々が生きるための手段を全て提供するわけではなく、あくまで彼らが自分たちでは作れない選択肢を、ある程度まで手助けをしながら一緒につくり、後は本人たちに任せていくという支援の形をとっています。

紛争が起こる理由


紛争にはいくつかのタイプがありますが、一般的な内戦の場合、様々な原因の積み重ねの末に、起爆剤となるような事件が引き金となって起こる場合が多いです。例えば、ケニアでは2年前に、大統領選挙の開票結果の不正がきっかけで民族間の暴動が起こり、短期間に1000人以上が死亡、30万人が国内避難民になりました。また、ルワンダで起きた大量虐殺もフツ族とツチ族の民族間に複雑に絡んだ積年の不満が、フツ族の大統領を乗せた飛行機の撃墜事件をきっかけに起きたものです。

これらの暴動の背景には、自分たちの苦しみはほかの民族のせいだと煽るプロパガンダがあって、教育が受けられない貧しい若者たちが特にそれを簡単に信じ、暴動が激化する傾向があります。争いあった結果、傷つき、損をするのは自分たちなのに、その構図に気づかない人が本当に多い。ですから、世の中の構図に気づくきっかけを与えることで、人々の意識は大きく変わると多くの現場を見ていて思います。

また、家畜などの所有物や資源を巡る争いもよくあります。特に牧畜民族と農耕民族の間ではよくあります。牧畜民族にとって、牛や羊が盗まれることは死活問題ですし、農耕民族は、牧畜民族に平気で畑を踏みされることに怒り、争いが起こる。さらにスーダンのように、内戦後に外国や政府軍によって大量の銃がばらまかれた地域などでは、些細な揉め事でも銃を使って簡単に人を殺してしまうので激化しやすくなります。

このほか、世界がまだ解決策を見出せない争いとしてテロがあります。テロの原因について考えた時、彼らには彼らなりの信念に基づいていることをまず理解しなければなりません。相手の軍事力が強い場合、ゲリラ戦やテロが唯一の手段となる場合もある。また日本でも知られているソマリアの海賊の場合は、他に生活の糧がないため、若者が海賊になったり、近代的な外国船が近海に入り込んで自分たちの分まで魚を獲ることへの抵抗などの場合があります。

ですから、このような問題を解決するには、教育や啓発の以前に、直接的な理由である生活費を得られるようにしたり、生きていける選択肢を考えるなどの取組みが大切だと思います。

市民団体ならではの細部に亘る支援活動


では、現地で私たちがどのような支援をしているのか。
まず、紛争が終わったからと言って、紛争被害が大きい場合は、すぐ平和の話をできるほどの余裕は誰にもありません。まず、食糧、住居、衣類など、人間らしく生きられる最低限の環境を整えることに集中します。
それから、彼ら自身に村や地域が抱える問題をあげてもらい、解決の優先順位を検討します。ケニアでは、現在内戦で家を失った避難民に家を建てる支援を行っています。風雨がしのげる土製の2部屋程度の家が、10人ぐらいの作業で2~3日、金額は日本円で、5万円程でできます。資材調達をはじめ、できる限り住民自身が作業を行い、できない部分だけを私たちがサポートして、彼らの自立の目を摘まないようにバランスを取っています。

また、目に見えないけれど深刻な問題にも応えるため、スラムでの暴動被害者を対象にした心のケア支援も始めています。ケニアで一番暴動が激しかったのが、貧しい人々が30万人も密集して暮らす首都ナイロビのスラム街で、暴動が終わった後も貧しくて他へ移ることができずに、加害者と被害者が隣同士で暮らしています。すると、暴動時の恐怖がトラウマとなって外へ出られないなど、心の問題を抱えている人も大勢います。そこで、スラム街でも前向きで意欲的な若者をカウンセラーとして教育するほか、問題が深刻な場合は、専門の医療機関で対応してもらえるようにしています。

また、手薄になりがちな妊婦への支援も積極的に行います。2009年初めに内戦が終結したスリランカでは、日本や海外からも多くの団体が支援に行ったのですが、子どもへの支援をしたがる団体は多いけれど、妊婦への支援は断られることが多いことが問題になっていました。栄養失調や体調不良は、妊婦の命取りになりますので、JCCPは栄養改善のための栄養補助食品の提供を行いました。そして、緊急期が過ぎ、人々が普通の生活を取り戻せると必要になるのが教育です。やはり教育が受けられると、将来の選択肢が増えるだけでなく、プロパガンダに踊らされにくくなり、将来の紛争が予防できる下地にもなります。

カンボジアでは、公用語を話せない少数民族は、市場の交渉や、公務員になれないなど不利益が多いので、公用語を話せるよう支援しています。学校を建てても教師が派遣されない僻地もあるため、コミュニティで教師候補になる人を集めて訓練し、教師の役割が果たせるようにしています。

スーダンでは、内戦で親を失くしたり、貧しさから終結後に路上生活をせざるを得ない子どもに対し、15歳未満には教育支援、15歳以上の若者には現地の状況や雇用市場、労働市場に合ったスキルが身につけられる職業訓練を2010年1月から開始します。

このように緊急期が過ぎ、教育も進み、経済を立て直せた後でも残る問題があるとしたら、それは「和解」の問題です。ただ、和解というのは、外部から強制されたり、提供されるものではなく、あくまで現地の人々が望んだときに行われるべきだと思います。その際、中立的な立場として私たちができることがあれば、支援すべきだと思っています。

2009年に南部セルビアで行った和解プロジェクトは、一つの町に暮らしているが交流が全くない、三つの異なる民族の子どもたちに、清掃活動に参加してもらうことから始めました。清掃の前に、まず町の地図を皆で書いてもらい、お互いが同じ町に暮らしているという認識が自然に持てるようにしました。最初はぎこちなかったのですが、次第に打ち解け、清掃活動も順調になった頃、周囲に変化が表れ始めました。子どもたちが通う学校の先生同士の交流が進み、環境に関する共同授業を始めることを決めたり、地元の企業も清掃してきれいになった町に花壇を寄付してくれるようになるなど、良い効果が広がっていったのです。ここまで来れば、私たちがいなくても人々が維持していけます。2010年1月からは、マケドニアで同様のプロジェクトを開始します。

いろいろお話させていただきましたが、現地の人々に生きる選択肢を届ける方法はたくさんあります。例えば、書き損じハガキ4枚で1人の子どもが1年間、教科書を手に入れられ、14枚でトラウマを負った子どもや女性が心のケアを受けることができ、1400枚集まれば、家を1軒建てることができます。このほかにも気軽に参加できることはたくさんありますので、日本で多くの方々が支援に参加できるきっかけを作っていきたいと思っていますし、皆様にも広く関心を持っていただければ嬉しく思います。

<Q&A>


参加者● 世界には、無数の価値観がある中で、平和を実現するには、どうすればいいと思われますか。

瀬谷● 私は、日本人の私の価値観と現地の人とは、根本的にさほど変らないと念頭において接しています。まず、相手の意向を聞き、できる限り大きな話を徐々に具体的な選択肢に絞りながら根気良く話していきます。例えば「村を良い方向に変えたいのか、変えたくないのか」、「家を作りたいのか、作りたくないのか」など。すると、苦しさや憎しみや貧しさで一杯だった心が解かれ、現実的な選択肢を考える余裕が生まれます。
価値観の共有は押し付ける必要はなく、目的の共有が大事だと思っています。

参加者● 紛争解決の中で一番留意されていることは何でしょうか。また、仕事に向かうエネルギーは、どこから出てくるのかお聞かせください。

瀬谷● 一番大切にしていることは、自分の考えが常に正しいと思わないこと。自分が信じるやり方はあっても、現地の人に「これが解決策だからやってください」とは言いません。現地では、彼らに伝える立場であると同時に私にも学ぶものがある、学び合いだと思っているからです。ただ、最終的には、現地の人々が自分たちで動かないと何もできないのだと認識してもらえるように心がけています。

あと、私自身はやりたいことをやっているだけで、エネルギーがあるとは自覚していないんですね。JCCPというNGOで働く前は、国連勤務で給与や待遇は安定していましたが、組織のやるべきことが優先されてしまい、それが現場で本当に必要なのか疑問を感じる中で、私は第3の方法を常に考えられる仕事をしていきたいと思いました。そして、日本人として何ができるか、世界の中で今後日本が果たすべき国際貢献に関わる仕事がしたいと思ったのです。日本の国際貢献や外交政策、市民社会の役割の小ささに不満を抱いていたときもありましたが、ただ文句を言っていても何も解決しません。じゃあ、自分が日本の市民団体としてできることを作り上げようと思い、今に至っています。

参加者● 模擬国連という活動に携わっています。アフリカの問題に対して、国連が行ったらいいと思われる解決策などはありますか。

瀬谷● 国の違いもあるので一概には言えませんが、国連といえども資金が必要なので、資金が集まりやすい支援に偏る傾向はあるかもしれません。現場では、国連や政府、NGOのほかに、平和維持軍が必要な場合もあります。国連は多くの場合が調整役で、プロジェクトの実施はNGOが担います。日本ではそのような認識がまだ浸透していないのですが、日本でも双方にとってプラスになるようにどのような支援ができるかを考えていけるようになればと思います。