第27回講演録

赤池学

ユニバーサルデザイン総合研究所所長

テーマ

ものづくりは子どもと自然に学べ

プロフィール

ユニバーサルデザイン総合研究所所長、インダストリアルデザイナー、科学技術ジャーナリスト。1958年生まれ。80年筑波大学第二学群生物学類卒業。社会システムデザインを行うシンクタンクを経営し、ユニバーサルデザイン、エコデザインに基づく商品、施設、地域開発を手がける。経済産業省・キッズデザイン賞、環境省・生物多様性日本アワード、農林水産省・FOOD ACTION NIPPONアワードの審査委員長も務める。日本テレビ「世界一受けたい授業」に準レギュラー出演中。著書『自然に学ぶものづくり』(東洋経済新報社)ほか多数。

講演概要

持続可能な社会づくりが求められるなかで、私たちが次世代へと引き継ぐべき、ものづくりのキーワードは、子ども目線、子ども基準で、安心、安全と創造性を形にする「キッズデザイン」、そして38億年という進化の過程で、安全性と機能が確認されている、生物が開発してきた技術やシステムに学び直す「自然に学ぶものづくり」です。

「キッズデザイン」では、子どもの死亡事故を回避する製品開発や自然を学ぶ家づくり、まちづくりの具体的な事例を、「自然に学ぶものづくり」では、紫外線を遮断するシミや皮膚ガン予防のシルク化粧品、昆虫休眠ホルモンを活用した制ガン剤、タマムシの羽に学んだ七色に輝く繊維や塗装技術、アワフキムシに学んだ超節水の溺れない泡風呂、昆虫神経系を模倣した未来の自動車など、あっと驚くものづくりの最先端事例をご紹介します。

講演録

私が考える、あらゆる人にとっての「使いやすさ」を形にするためのユニバーサルデザインの定義には、いくつかのクリアすべきポイントがあります。「安全性」や「使い勝手」、「アフォーダビリティ(価格妥当性)」という、使いやすいものを価格の面でも接しやすくすることや、環境対応も考えた「サステナビリティ(持続可能性)」、さらには「エステティック(審美性)」も大事です。ただこれは、見た目の美しさだけではなく、世の中に対して人を惹きつけるようなチャーミングな価値を提示できるかがポイントとなります。

それから一番重要なキーワードが、「パーティシペーション(参画性)」。新しい商品や施設の構想・設計・開発の段階から、お客様や地域の方々に参画していただき、様々な意見を反映することで使いやすさを追求することです。

もう一つは、「ジャパン・バリュー(日本的価値)」。ユニバーサルデザインは、民族や地域にこだわるべきものではありませんが、日本ならではの思想や文化を価値として作りこみ、日本らしい尊厳性をデザインすることも大切です。

これまでの日本のものづくりにおける品質は、「ハードウェア」と「ソフトウェア」だけを絶対条件に考えてきましたが、近年では技術的に遜色がなく、デザイン性も高い低価格な外国製品が増えており、高品質、高機能、低価格に加え、新たな価値が求められる時代になっています。それを私は、五感と愛着に基づく「センスウェア」という価値と、消費者へのメリットだけでなく、地域社会や世界への貢献という「ソーシャルウェア」の価値だと思っています。そして、「ハードウェア」、「ソフトウェア」、「センスウェア」、「ソーシャルウェア」の4つの価値が循環しながら高度化していくことが、21世紀の品質開発の基本形になると考えています。

「バリアフリー」から「バリアバリュー」な社会システムへ


皆さん、バリアフリーという言葉をご存知だと思います。これまでのバリアフリーデザインは、高齢者や障害者の方々を弱者と位置づけ、技術によって、健常者へ近づけようとしてきました。ところが、これは大きな間違いで、視覚障害者の方であれば、聴覚や皮膚感覚が優れているなど、実は健常者より優れた能力を持っているわけです。ユニバーサルデザインが目指す本質は、その優れた能力をチャーミングなものづくりに参画させる、つまり「バリアバリューデザイン」のような新領域の社会システムやビジネスモデルを作ることでもあります。

そのコンセプトのもと、昨年は8人の視覚障害者の方々と一緒にタオルの商品開発をしました。優れた皮膚感覚を生かし、8カ月に亘って膨大な繊維の中から、風合いとか肌触りが良いものを選んでもらい、最高に心地いいタオルを作りました。バスタオルサイズでは、値段は7400円と高額ですが、非常に売れています。肌触りなどの品質も然ることながら、視覚障害者の方々と共に製作したという物語がお客様の共感を呼んでいるのでしょう。このようなものづくりがもっと試される社会になるべきですし、それを目指して私もメーカーたちと協議し、努力を続けています。

「ものづくり」で子どもを守る


多くのメーカーが、ユニバーサルデザインを標榜し、商品開発に取り組むようになってきましたが、数年前まで忘れられていたのが、実は「子どもたち」の存在でした。大手企業の多くは、ユーザーが大人であっても、子ども向けの安全テストをしますが、コストの関係もあり、メーカー全体では、まだそうした意識が低いのが実情です。子どもたちの事故は、そういう社会構造の中で起こってきました。

そこで、子ども基準の安全なものづくりを普及するため、経済産業省系の産業技術総合研究所、大手メーカー、地方自治体と「キッズデザイン協議会」という経済産業省所管のNPO法人を立ち上げ、大きな小児病院と産業技術総合研究所の研究者たちと4年間、約2万8000件の子どもの死亡事故調査データを収集、分析してきました。

小児ガンなどの疾病が上位だろうと思っていたのですが、なんと未就学児童の死亡原因の1位は住宅からの転落事故です。2位は住居内の転倒事故、3位は火傷、4位はキャップなどの誤飲による窒息、5位が交通事故、6位が小児ガン。つまり日本の子どもたちは、不測の事故で亡くなっていたのです。メーカーもこの調査結果を知れば、事故を回避するような商品や施設を作れます。実際にこの事実を知った子ども向けの出版、玩具を手がける企業では、早速マーカーのキャップに通気孔をつけて販売したところ、日本中の幼稚園、保育園がこのマーカーに変えました。
また、夏には、ビニールプールの柔らかい淵に腰掛けた転倒事故で後頭部を打って亡くなる子どもが大勢いました。繊維性の樹脂で固いプールを作ると、やはり日本中の幼稚園、保育園がこのプールに変えました。

徐々にキッズデザインの概念が浸透し、デザイン開発部署にキッズプロジェクトを設けるメーカーも増えてきました。問題意識を持って、正しいことを掘り下げていくと、必ず世の中に対して、チャーミングなものづくりができるのだと思います。

新時代の技術のかたち


そして最後に忘れてはならないのが、ものづくりと自然の関係です。世界資源研究所のデータは、平均気温が2度上がると、珊瑚礁の97%が死滅すると報告しています。生物の4割は珊瑚礁由来だと言われていますから、生物資源そのものが危機を迎えているわけです。世の中は、CO2削減の傾向にありますが、低炭素社会づくりはあくまでも手段の一つであって、本質的な問題は生態系のネットワークから、種、遺伝子レベルに至るまで、この星の生物の多様性を守ることです。ものづくりもこの本質的な観点で様々な問題の解決策を考えるべき時代に来ているのだと思います。

日本のものづくりは、「技術」ありきでした。でもこれからは、自然を守りたい、人を助けたい、感動を届けたいなど、先に世の中のためになる目的があり、その目的を果たすために同じ問題意識を持った仲間たちと必要な技術を引き寄せて、ものづくりをしていく、オープンイノベーションの時代なのだと思います。

私は、三菱地所の環境システムのプロデューサーとして、丸の内エリアのエコ化に取り組んでおり、昨年、東京駅前の新丸ビルの電力全てを青森県からの風力発電に切替えました。東京にいながら青森の山村地域を助けられ、電力についてCO2ゼロというメリットをデベロッパー、テナント共に提供することができました。今後、このような新しい発想のものづくりが様々に台頭していくでしょう。

例えば、理化学研究所が超耐塩性のコシヒカリを開発しましたが、日本の造船技術やプラントの技術が寄り添えば、世界中の乾燥地帯、塩害に悩む国の海での農業だって夢ではありません。また、日本の石油の掘削、供給、流通に見る世界一のプラント技術、衛星技術、深海海洋技術、モビリティの技術を合わせれば、本当に持続可能な緑があふれる町を宇宙から海の底まで、完璧につくりあげてしまうシステムエンジニアリングだって、日本のグローバルビジネスとして設計可能だと思います。

日本が磨き上げてきた人工的な技術に、生物が持つ力から学ぶ技術を組み合わせれば、かつてない新しい相互効果を生み出せる可能性はたくさんあるのです。

自然の英知に学ぶものづくり


では、生物から学ぶ技術とは何でしょうか。

岩手大学では、カイコがさなぎになる前に細胞活動を一時的に停止するために体内で生産する休眠ホルモンが、人間のガン細胞も眠らせることを突き止め、実用新薬を開発中です。ガン細胞を眠らせて進行を止めるだけですから、副作用のない画期的な抗ガン剤として期待されています。また、泡ふき虫の幼虫が泡の中で育つことに注目し、INAXが研究開発中なのが「泡の風呂」です。日本人が最も水を多く使うのが風呂ですが、泡風呂は20分の1に節水できます。泡は空気を纏うので、断熱性に優れて温かく、呼吸ができるので溺死の心配もないし、泡が壊れるときに出る超音波が洗剤を使わずに汚れを落とすので、お年寄りの手が届きにくい、足の指の間まで洗えます。

このような生物に学ぶものづくりを「バイオミメティックス(生物模倣工学)」といいます。昆虫は、動物界の75%を占める大成功者で、成功の理由は、環境に協調する技術力です。昆虫が多く生存する日本や中国、南アジアにとって、こんな未活用で巨大な資源はありません。昆虫をはじめ、自然から持続可能な人工物設計やデザインのあり方をもっと学ぶべきだと思います。

皆様のお子さんにも、お邪魔虫と思わずに、昆虫や自然の中にはサステナブルなものづくりのヒントがたくさんあることを伝えていただき、自然とふれあい、昆虫たちの命を見つめられるような経験を是非、与えてあげてください。そして、今日の話が皆さんのチャーミングな人生やビジネスのアイデア、ヒントにつながれば大変嬉しく思います。