第67回講演会(オンライン開催)

関根健次

ユナイテッドピープル株式会社代表取締役

テーマ

世界の課題解決を促す映画の力について

プロフィール

ベロイト大学経済学部卒。大学の卒業旅行の途中、偶然訪れた紛争地ガザ地区で世界の現実を知り、後に平和実現が人生のミッションとなる。2002年世界の課題解決を事業目的とするユナイテッドピープル株式会社を創業。募金サイト「イーココロ!」や署名サイト「署名TV」の運営を経て、2009年から映画事業を開始。2011年よりピースデーに合わせ、国際平和映像祭(UFPFF)を毎年開催。2014年誰でも社会課題・SDGsテーマの映画上映会を開催できる「cinemo(シネモ)」を運営開始。映画『もったいないキッチン』プロデューサー。2021年9月21日、ピースデーにワイン事業「ユナイテッドピープルワイン」を開業。一般社団法人国際平和映像祭代表理事。映画プロデューサー。

講演概要

25年前、大学の卒業旅行で世界半周の旅に出ました。偶然の出会いから訪れたガザ地区で、紛争により「普通の夢」を持てない少年と出会い、世界平和の実現を志すようになりました。しかし、問題は戦争や紛争だけではなく、それぞれが複雑に絡みあう、飢餓、貧困、気候変動など、人類は様々な課題に直面しています。これらの課題を知るだけではなく、行動変容を促すために、人の心に感動を届けることの出来るドキュメンタリー映画を活用しています。どんな問題でも、人間自身が生み出した問題なら、人間が解決できる。一人ひとりの力を持ち寄って共に解決しようというのがユナイテッドピープルの提案です。映画の持つ力や、私たち一人ひとりが世界の課題解決に対して出来ることをお話します。

講演録

運命的な出来事

25年前、私はアメリカの大学を卒業し、世界半周の旅をしながら日本へ帰る途中に訪れたイスラエル・パレスチナで、人生を変える出来事と出会いました。乗り合いタクシーが出発するのを待っていると、ガザの病院で医療ボランティアをしているという日本人女性に声をかけられ、話しをするうち、「今は安全だし、親日家が多いから、ガザへ遊びに来ませんか」と誘われました。危険な地域だと知っていましたが、彼女の言葉を信じ、好奇心半分、不安半分で付いて行きました。

到着すると、アラブ系の音楽がガンガン流れ、「どこから来たんだ。お茶でも飲むか」と、外国人の私に気さくに声をかけてくる明るい人々が生活する、世界のどこの街角とも変わらない光景が広がっていました。数日滞在することにし、いろいろな人に話を聞きました。私に声をかけた女性と一緒に働く医師に「安全で給料の高い地域で働くこともできるのでは」と尋ねると、「僕らがいなくなったら、紛争で傷ついた人を誰が癒すんだい?」と、命がけで居場所を選択した人の言葉が返ってきました。

子どもたちには将来の夢を聞きました。傷ついた人々を間近で見てきた子どもたちは、誰かの役に立ちたいと思うのでしょう。学校の先生や医師、救急隊員などの職業を挙げていました。しかし、一人だけ「爆弾を開発し、ユダヤ人を虐殺したい」と言った少年がいました。彼は4歳の時に、目の前で、何の罪もない彼のおばがイスラエル兵士に銃殺され、心に深い傷を負っていました。憎しみの連鎖が断ち切れるよう何度か話をしましたが、すでに武装グループで訓練を受けていたと思われる彼の意思は変わりませんでした。

私は非常にショックを受け、「なぜ、子どもがこんな夢を持たなければならないのか」「なぜ、戦争や紛争は起きてしまうのか」と、疑問が頭を駆け巡りました。実は私も4歳の時に、目の前で仲良しの友だちを交通事故で亡くしており、彼との出会いに運命的なものを感じていました。

帰国後、しばらくサラリーマンをしていましたが、やはり子どもが子どもらしい夢を描ける世界をつくりたい、戦争や紛争のない世界、憎しみ合いではなく協力・協調・共感をベースにした平和な世界をつくりたいと思い、26歳の時に一念発起して起業。「人と人をつないで社会課題を解決する」を会社の使命に掲げ、社名を「ユナイテッドピープル(人と人との連帯)」としました。NPOやNGOにすることもできましたが、株式会社として社会課題の解決を目指す姿を社会に示したいと思ったのです。

最初は、国際NGOやNPOへの募金をしやすくするための「イーココロ!」というシステムを開発、運営していました。しかし、ひとたび戦争が始まれば、街は破壊され、再建のためにはお金をいくら集めても足りなくなります。戦争が起こらない社会システムに変えていくことこそが大切なのではないか、私は次第にそう思うようになりました。

そんな時、バングラデシュのストリートチルドレン(路上生活児童)問題を描いたドキュメンタリー映画と出会いました。映画には人の心に感動を届ける力があり、その感動をベースに人々を動かす力がある。私はそう確信し、映画事業に舵を切りました。世界の様々な課題を映し出す、ドキュメンタリー映画の配給を主軸に、誰でも映画の上映会が開催できるシステム「cinemo」を開始し、鑑賞後は、映画で知ったテーマや課題に対し、国、社会、組織、個人としてできることを観客同士で話し合う「シネマダイアローグ」の時間を設けることを提案しています。

その場に居合わせた、世代やバックグラウンドが異なる人々の意見やアイデアが混ざり合うことによって、皆で募金を呼びかけたり、NPOが立ち上がったりするなど、新たな行動が生み出されるきっかけになっています。

一本の映画が生み出す効果

イスラエルとガザのハマスとの間で戦争が始まった昨年10月、緊急オンライン上映会を主催し、ガザに暮らす人々の穏やかな日々を描いた『ガザ 素顔の日常』の上映をしました。約1300人が参加し、「映画を見てから、犠牲者の数字が単なる数字ではなくなった」と、多くの方が言ってくださり、1回で約170万円の寄付金が集まりました。この様子はNHKでも報道され、停戦を求める2万5000人の署名が短期間で集まりました。

また、小笠原諸島の母島在住の親子がこの映画の上映会を主催し、SNSで告知を発信したことがきっかけとなり、小笠原村の議会で停戦を求める決議が全会一致で行われたり、福岡のある高校では、生徒主体で上映会が開催されたりするなど、一本の映画をきっかけに様々な効果が生まれています。

課題解決は「知ること」から始まる

上映会が可能な映画は現在70作品以上あり、貧困、難民、食品ロス、プラスチックゴミの問題など、どれもSDGsのカテゴリーに必ず当てはまります。

例えば、『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』では、タイの遠洋漁業船で「海の奴隷」と呼ばれる労働者の実態と、労働者5500人を命がけで救出したパティマ・タンプチャヤクルさんの姿が描かれています。今年1月、パティマさんの案内で面会した元労働者は、劣悪な労働に抵抗したことで、両手を後ろに縛られ続け、片腕を壊死で失っていました。タイのシーフードは日本にも入ってきています。私たちが普段何気なく行っている買い物の背後に、誰かが傷ついているかも知れないということに気づかせてくれます。

また、『ミッドナイト・トラベラー』は、タリバン政権に命を狙われたアフガニスタンの映像監督が、ヨーロッパまでの5600kmもの道のりを家族と逃げる姿を、難民となった監督自らがスマートフォンで撮影した極めて稀なドキュメンタリーです。戦争や気候変動の影響によって難民化してしまう人たちが、世界には1億1000万人以上います。世界人口は80億人ですから、80人に1人が難民・避難民という時代を私たちは生きています。

山積する問題を、どうすれば解決していけるのか。私は、まずは問題について「知る」、そして「感じる」ことから始まるのだと思っています。世界で起きていることを多角的に知り、なぜこんな痛ましいことが起きているのか疑問に感じること、そこから行動が変わっていくと考えています。

一人一人の力は小さくない

映画は課題だけでなく、私たちが国籍や宗教の違いを超えて理解し合い、支え合えることも教えてくれます。昨年、緊急上映会をしたもう一本の『ガザ・サーフ・クラブ』は、そんな作品です。厳しい規制の中、多大な困難を乗り越えてガザに持ち込まれたサーフボードで、若者たちが地中海の波を楽しむ姿が描かれているのですが、このボードが彼らの手に渡るまでには、ユダヤ人の伝説的サーファー、ドリアン・パスコウィッツさんの強い勇気と同じサーファーたちへの深い友愛の気持ちの物語があります。私はこの映画を見ると、世界には悲しい状況が起きていますが、必ず何とかなると思えるのです。

最後に、映画制作を検討している事例を。イスラエル北部の町アッコに、中東でナンバーワンと言われるシーフードレストラン「Uri Buri」があります。オーナーシェフはユダヤ人で、アラブ系、パレスチナ系の若者を積極的に雇用し、異宗教・異民族の共存を実践しています。アラブ系住民の暴動により、レストランが焼失してしまった時でも、彼らとの共存を諦めずに再建を果たしました。

私の原点となるガザで、昨年戦争が始まった時は、あまりの悲しさに毎日涙が止まりませんでした。でも、絶望しているのは彼らの方で、外にいる私だからこそできることはたくさんあると、気持ちを切り替えました。

皆さんへ、私の大好きなシリア人宇宙飛行士、ムハンマド・ファーリス氏の言葉を贈ります。「宇宙から眺めた地球には、国境という傷跡はどこにも見当たらなかった」。

私たちには、選択肢がまだまだあります。一人一人の力は決して小さくありません。良い連鎖を起こしていくことによって、より良い未来、平和で、皆が共に幸せに生きられる世界は必ずつくることができると私は信じています。