第68回講演会(オンライン開催)

垣内俊哉

株式会社ミライロ代表取締役社長

テーマ

バリアバリュー ~障害を価値に変える~

プロフィール

1989年生まれ。2010年立命館大学経営学部在学中に株式会社ミライロを設立。障害者や高齢者のサポート方法などを伝える「ユニバーサルマナー検定」や、障害者手帳をデジタル化した「ミライロID」など、障害者をはじめ多様な方々に向けたサービスを展開している。2022年には財界「経営者賞」を受賞。国家戦略特別区域諮問会議へ参画し、ユニバーサルデザインの推進に関する提言を行う。テレビ東京「ガイアの夜明け」やNHK総合「おはよう日本」などのメディア出演も多数。著書に『バリアバリュー 障害を価値に変える』(新潮社)などがある。

講演概要

本講演では、誰しもが持っている弱み、苦手なこと、コンプレックスといった障害(バリア)を価値(バリュー)に変える考え方をお伝えします。
講師自身の生い立ちや唯一無二の経験から、「バリアバリュー」という考え方に至った経緯を共有し、これから私たちはどのように取り組むべきか考えるきっかけを提供します。

講演録

私は骨が弱く折れやすい身体で生を受け、人生の5分の1を病室で過ごしました。歩けるようになりたいと願い、高校を中退して岐阜の親元を離れ、大阪で手術を受け、1年間全力でリハビリに取り組みました。しかし、足で歩くことは叶いませんでした。その後、大検を受け、立命館大学に進学。学費と生活費を賄うためアルバイトを始めようとしましたが、車椅子ではできる仕事が見つからず、ありがたいことにあるIT企業が受け入れてくれました。

出社初日、命じられたのは営業でした。一日に何社も回れる他の担当と違い、駅にエレベーターがない、建物に段差があるなどで、私が回れるのは5社程度。それでも諦めず営業を続けていると、数カ月後、営業成績がトップになりました。車椅子に乗った珍しい営業が来たと、多くの人に覚えてもらえ、結果、チャンスをいただけたのです。

当時の社長は私に、「車椅子に乗っていることは強みだ。歩けないことに胸を張れ」と言ってくれました。その日の夜、涙が止まらなかったことを今でも強く覚えています。

障害はない方がいい。しかし、視点を変えれば「障害(バリア)は、価値(バリュー)に変えていける」。人生に新たな一筋の光明が与えられた私は、この気づきを日本中、世界中に伝え、広げていこうと20歳の時に起業しました。

本当の障害(バリア)とは何か

日本の歴史を遡ると、飛鳥時代の後半に、班田収授法により障害者にも平等に口分田が与えられ、さらに障害の度合いに応じて税の負担を軽減する配慮がなされていました。日本では1300年も前に、すでに多様性と向き合う土台の礎がつくられていたのです。また、歴代の徳川家将軍のうち、9代目家重、13代目家定は障害者でした。障害を理由に二人を排除することなく、優秀な側近らに支えられ、役割を果たしました。

明治、大正時代は、富国強兵政策により障害者は不遇の時代を送りましたが、戦後、日本国憲法の中に福祉が明確に位置付けられ、障害者の市民権は取り戻されました。

高度成長期を背景とした1960年代以降はさらに好転し、特に70年の大阪万博では、点字ブロックを世界に広げ、現在150カ国で視覚障害者を支えています。バブル景気に沸いた80年代、駅のエレベーター設置100%を世界のどの国よりも早く大阪の地下鉄が達成。東京も2021年の五輪に向けて93%の駅に設置。他は札幌93%、仙台、横浜、京都、福岡が100%です。

今夏の五輪開催地、パリは4%、12年に開催したロンドンは14%、ニューヨークが25%ですから、日本はかなり高い水準です。16年に障害者差別解消法が施行され、乗車拒否や入店拒否など、障害者に対する差別的扱いが禁止。また、エレベーターやスロープの設置など、合理的配慮の提供が努力義務とされましたが、今年4月に改正、義務化されました。

多様な方々と向き合う温かい社会へと回帰しつつあります。だからこそ、障害者と向き合うための環境と心の準備を進めていかなければなりません。日本はまだ、多くの人や企業の対応が、障害者に対する「無関心」、あるいはそこまでしなくてもいい「過剰」の二極化しています。

それはなぜか。私たちは多くの「違い」を理解していないからです。
多様性について、代表的な違いである左利きを例に考えると、日本人の9割は右利きですから、駅改札の切符の投入口、自販機の硬貨の投入口をはじめ、街中の様々なものが右利きに便利なように設置されています。左利きは障害ではありませんが、街中で何らかの不便さを味わっています。

車椅子の私にとっての不便は、街中にある段差や階段。段差や階段がこれだけあるのは、不便を感じずに歩ける人がたくさんいるということです。つまり、歩けないこと自体が障害なのではなく、社会や環境、会社の組織などに何らかの障害(バリア)が存在しているのです。このことをしっかり知り、向き合っていくことが重要です。

社会に存在する三つのバリア

社会にあるバリアは、「環境・意識・情報」の三つに分けられます。
まず「環境」は、オフィス、店舗、施設などといった街全体のことです。改善への動きは盛んになっていますが、土地が狭い日本では、建設後にエレベーターやスロープなどの増設をすることは難しい。これからは設計の段階で、バリアフリーへの十分な配慮が必要でしょう。一方で古い商業施設などでは、バリアフリーの状況を開示し、障害者が利用するかしないか選択ができるような対策が進められています。

二つ目は「意識」です。無関心や過剰な対応は、障害者に対する向き合い方、接し方を知ることができれば変わります。そこで、私たちは、それらを身に付けるための「ユニバーサルマナー検定」という教育研修事業を展開し、障害のある当事者が講師を務め、企業、自治体、教育機関などでレクチャーしています。

例えば、飲食店や役所、企業の応接室などで多くの方が、車椅子ユーザーに対して、机の椅子を動かしてくれますが、実は椅子に座り替えたい人もたくさんいます。椅子を動かすのは固定観念であって、提供すべきは、相手への適切な語りかけと選択肢です。そうした知識、技術をマナーとして身に付けていこうというものです。

2013年のスタート以来、ニーズは年々増え続け、学校教育で取り入れるところもあり、現在約20万人が習得しています。受講後には、子どもも大人も障害者と積極的に向き合う自信がついたという感想をいただいています。「ハード」を変えるのは困難でも、私たちの「ハート」は今すぐにでも変えることができると私は思っています。

三つ目は「情報」。障害者に必要な情報がちゃんと届けられているかということです。近年、デジタルの場合では、聴覚障害者には手話や字幕などを使う、リアルでは、手話リレーサービスといって、手話ができるオペレーターが、利用者の間に立って情報を伝えるサービスなどが広がっています。また、iPhone、Androidなどの端末には、「スクリーンリーダー」機能があり、操作方法を音声で聞くことができます。こうしたアクセシビリティも重要視されていますし、日本でもデジタル庁の発足以来、デジタル技術による改革が進んでいます。

当社では障害者手帳をスマートフォンで管理できるアプリ「ミライロID」を開発しました。障害者手帳の情報に加え、車椅子ユーザーであることを登録すれば、車椅子で乗れるタクシーがスムーズに配車されるなど、新しい連携や基盤が広がっています。

スタートした2019年当初は、民間のアプリケーションは身分証として認められませんでしたが、障害者手帳の不正利用の防止効果にもつながるため、現在4000社が活用しています。スポーツシューズのナイキ、コンビニなど、様々な企業が障害者用の商品やキャンペーン情報などを発信し、多くの障害者が利用しています。

日本は世界の手本になれる

環境・意識・情報のバリアを解消することは大きな社会的意義があり、ビジネスチャンスにもなります。
街を見渡すと、スロープや点字ブロック、バリアフリーのトイレは設置されているのに、建物内やオフィス内には点字ブロックの敷設が少ないなど、対応には偏りが見られます。これは、精神障害、身体障害、知的障害など、障害者には様々な特性があって、対応の仕方が分からないからです。私たちは学ぶ必要があり、学びの延長線上にいるのが高齢者です。加齢により見えづらい、聞こえづらい、歩きづらいといった、障害者のニーズを統合して持つ高齢者が今後増えていきます。

これらを踏まえ、私たちは965万人の障害者、3624万人の高齢者に意識を向けていくことが、日本の持続的な成長、経済発展においても不可欠なことだと思います。社会環境は少しずつですが、変わってきており、三つのバリアと向き合う自治体、企業、人が増えていくでしょう。

多様性と向き合ってきた長い歴史があり、バリアフリーが世界一進んでいる日本だからこそ、ハードもハートもデジタルな領域さえも、世界の手本になれるはずです。私は、そんな日本を皆さんと一緒につくっていけたらと願っています。