【開催報告】中高生キャリア支援プログラム「私のコンパス」(スピーカー:坂東 元 旭山動物園園長)

坂東元

より良い世界をつくるために、国内外の様々な分野で活躍する方々の経験や活動から多様な価値観・選択などを学ぶ、中高生キャリア支援プログラム「私のコンパス」(第5回)を、夏休み中の2023年8月9日(木)にオンラインで開催しました。

国内各地、アメリカやシンガポールなどから参加した中高生76人が、スピーカーに招いた旭山動物園 坂東元園長から、命の尊さや身近な問題になっている野生動物との共存について学びました。

テーマ

共に生きること

北海道では、北海道の自然を象徴するエゾシカやヒグマなど身近な野生動物と、私たち人間との関係が悪い方向に進んでいます。私たちの暮らしを支える農作物の被害や安全な暮らしが脅かされ、駆除せざるを得ない個体数が増えています。皆さんの地域ではどうでしょうか? ニホンザルやイノシシ、ツキノワグマ・・・。
一方で大量の食料品を輸入に頼っている私たちの暮らしは、海外の多くの生き物たちの将来にも大きな影響を与えています。
旭山動物園が行っている、動物の本来の姿を伝える行動展示などの取り組みを通して、まずは「知ること」をテーマにお話をしたい思います。

スピーカー

坂東元(旭山動物園園長/認定NPO法人ボルネオ保全トラスト・ジャパン理事)

プロフィール

北海道旭川市生まれ。1986年酪農学園大学酪農学部獣医学修士課程卒業。同年5月より獣医として旭川市旭山動物園勤務。飼育展示係長、副園長を経て2009年より現職。97年の「こども牧場」から「ぺんぎん館」「あざらし館」「ちんぱんじー館」「レッサーパンダ舎」「エゾシカの森」「きりん舎」「かば館」など全ての施設のデザインを担当、数々のアイデアを出し具体化してきた。また手書きの情報発信やもぐもぐタイムなどのソフト面でも係の中心となり、具体化、システム化を図ってきた。現在は、「えぞひぐま館」の建設を終え、環境保全活動の充実を目指している。ボルネオ島での活動も本格化しており、マレーシア国サバ州での野生生物レスキューセンターの建設に着手し、第一期工事を終え、二期工事の準備中。
著書『動物と向きあって生きる』『夢の動物園』(共に角川学芸出版)、『旭山動物園へようこそ!』(二見書房)『ヒトと生き物 ひとつながりのいのち』(道友社)など。

動物たちの命の尊さ

坂東園長の話は前半・後半に分けて行われ、前半は大学時代や獣医の経験によって感じた動物たちの命の尊さについて語ってくれました。

「酪農大学で見た牛や豚は、牛乳や食肉が多くとれるよう人間のために品種改良された動物ですが、と畜場に連れてこられると、生き物の本能が死ぬことを悟り、涙をポロポロ流します。『生き物は皆、生きたいんだ』。当たり前のことですが、私はその時、強く思いました。もっと生きたいと思っていた生き物の命をいただいて、人間の肉体はできています。人間は、自分一人で生きているわけではないということを学んだ大学時代でした。

旭山動物園に獣医として入園して間もない頃、尿が出なくなった高齢のオオカミへ毎日点滴治療をするために、吹き矢で麻酔針を打つのですが、数日目から私を見ると震え出し、1週間目に吹き矢が刺さったショックで死んでしまいました。自分は助けたい気持ちで行った治療でも、オオカミにすれば他の生き物の前で意識を失うことは死を意味するという、野生動物が持つ本質に気づけませんでした。以来、動物を理解したいという視点で動物たちを見るようになりました。

動物たちのありのままに生きる姿は純粋で気高く尊いものです。それはクマでも、オオカミでも、パンダでも、犬でも、猫でも、スズメでも、カラスでも皆同じ。人気者だから価値があるわけではありません。

旭山動物園には、世間でブームになっている動物はいないので、来園者からは『つまらない』とか、『税金の無駄使いだ。廃園しろ』などと、長い間言われ続け、悔しい思いをしました。動物たちのありのままの素晴らしさを来園者に届けるのが旭山動物園の役目です。その思いが、老朽化による建て替えの時、アザラシが狭いところでも上下に泳げる姿や、地上ではよちよち歩きのペンギンが、水中では高速で泳ぐ姿などを見てもらう『行動展示』のアイデアへとつながりました」

生活圏にも出没する
野生動物と共存するには

後半は、北海道で起きている問題を紹介しながら、人々と野生動物との共存について話を展開してくれました。

「ヒグマは警戒心が非常に強いので、人間が活動する日中を避けて行動します。しかし、保護政策へ切り替わった昭和の終わり頃から、頭数はどんどん増え、人間の生活圏に入り込んでも危険な目に遭わないことを、高い学習能力で学んだのでしょう。今では、例えば、ヒグマが好きなトウモロコシの畑では、ドローンでヒグマがいないことを確認してからでなければ収穫できない地域が増えています。

約10年前の話になりますが、町の学校にエゾシカが出没した時、駆除区域に放しても猟師の銃弾の当たり所によっては苦しんで死ぬことを考え、麻酔後、安楽射殺をしました。当時、10万頭の駆除政策が実施されていたにも関わらず、シカが可哀相だと世間からとても批判を受けました。

人間が豊かになろうとすると有害動物を生み出し、命を奪う駆除が伴います。可哀相などの感情ではなく、皆が客観的にそのことを理解し、本当の豊かさとは何か、未来へつながる価値観とは何かを考えなければ、野生動物との共存の問題は解決できないと思います」

坂東園長は、日本では絶滅させてしまったが、シンリンオオカミを展示した「オオカミの森」や、知床で人間とヒグマが遭遇するリアルな距離に柵が設置されている「えぞひぐま館」をはじめ、旭山動物園では来園者が自然と命の関わりを考えられるよう様々な工夫がされていることも紹介すると、中高生へのエールで締めくくりました。

「いろいろな情報を見ていると明るい未来は見えないかもしれませんが、逆に言えば、今までとは違う発想ややり方、感性を働かせることで、全然違う未来はつくれるということです。社会は、経済でも何でも全てがつながっているので、いろいろなアンテナを立て、可能性を広げ、自分なら何ができるかを考えてください」

参加者の感想

「どの動物も同じように素晴らしい」という言葉が印象的でした。私も獣医を目指しているので、自分なりの考え方を確立する上で、とても参考になるお話を聞くことができました。
お話を聞いて、何かをもう一度立て直そうとする時、自分たちの強い意志や新しい方向性に変えて挑戦してみることが重要だと学びました。