第11回講演録

帯津良一

帯津三敬病院 名誉院長

テーマ

総合医学を超えて ホリスティック医学へ

プロフィール

1936年埼玉県生まれ。61年東京大学医学部卒業。東京大学病院第三外科、共立蒲原総合病院外科、都立駒込病院外科を経て、82年帯津三敬病院を埼玉県川越市に開設。ホリスティックなアプローチによるがん治療を実践。現在は同病院名誉院長。ほかに日本ホリスティック医学協会会長、日本ホメオパシー医学会理事長なども務める。2000年には『楊名時(ようめいじ)太極拳21世紀養生塾』を設立、塾頭に。毎朝欠かさず気功に取り組んでいる。著著『いい場を創ろう』(風雲舎)、『あるがままに生き死を見つめる7つの教え』(講談社)、『がんになったときに真っ先に読む本』(草思社)ほか多数。

帯津三敬病院 www.obitsusankei.or.jp

講演概要

「いまや私たちは、統合医学の時代を迎えようとしています。統合医学とは、西洋医学と代替療法とを統合することによって生まれる新しい体系医学のことですが、そのためには“からだ、こころ、いのちの統合”、“科学と直観の統合”、“医療者と患者の統合”、さらにホリスティック医学へ向けた“生と死の統合”などすぐに着手しなければならない多くの統合が眼前に横たわっています。長くてきびしい道程ではありますが、私は希望に充ちた前途は洋々だと思っているのです」

講演録

統合医学とホリスティック医学

西洋医学が、20世紀の医学として、一大体系医学を築いてきたことは、みなさんよくご存知のことと思います。ところが、90年代に入って、西洋医学は治癒率の限界という壁にぶち当たってしまい、そこに台頭してきたのが、漢方、鍼灸、気功、ホメオパシー、アーユルヴェーダ、食事療法ほかたくさんの代替療法です。統合医学とは、西洋医学とこれらの代替療法を結びつけた医学のことをいいます。私が、西洋医学から統合医学を飛び越えていきなりホリスティック医学を目指し、川越に現在の病院を開いたのは、今から24年前のことです。

統合医学は、病というステージ上における治療の方法論です。対してホリスティック医学とは、病のステージ上だけでなく、人間の“からだ”、“こころ”、“いのち”をまるごと捉える、社会や自然、宇宙との調和に基づいた包括的な医学です。すなわち、生老病死、死後の世界まで全部見なくてはなりません。ホリスティック医学は、概念が非常に広くわかりにくく、これといった方法論がないため、代替療法や統合医学が台頭していきました。

統合医学は、欧米では盛んに行われ、日本でも一頃に比べるとずいぶん聞かれるようになりました。統合医学は、ただ単純に西洋医学と代替医療の足し算をすればいいわけではありません。むしろ積分しなければ、臨床の現場で大きな成果をあげることは難しいでしょう。つまり、西洋医学と代替療法を一度バラバラにして、混ぜ合わせ、全く新しい体系医学をつくる。これが本当の意味での統合医学です。ところが、これは非常に大変な作業です。大きなネックになっている一つは、西洋医学にしても、東洋医学にしても、医学者は自分が過去に培ってきたものを捨てられないことです。捨てなければ、新しい療法と積分はできません。とはいえ、何もしなければ先へ進めませんので、私も西洋医学に代替療法をいろいろ組み合わせながら、何とかホリスティック医学へ近づけています。

こころ、からだ、いのちの統合

ホリスティック医学へ向かうためには、治療法だけでなく、医学の背景にある多くのものを統合して、まず統合医学を成就させなくてはなりません。

そのために、やらなければならないのは、“こころ”と“からだ”と“いのち”の統合です。誰がするのか。
まず医療者です。医師、看護師、薬剤師、心理療法士。患者さんには、統合されている人が割合に多く、医療者に対して統合した三つを診てほしいと要求してきます。ところが、少なくとも私が籍を置くガン治療の現場では、残念ながら医療者側に統合されていない者が多いのです。身体性に偏るあまり、病に侵された人間を、こころやいのちを持ち合わせた人間という存在であることを忘れて壊れた機械のように思い、ただ病んだ部分を修理すればいいと思ってしまいます。そのあたりに様々な矛盾が生まれているのです。

そのほかには、人間には、植物の光合成を通して太陽からのエネルギーを取り入れることと、得たエネルギーを、生命が維持できるよう体内で転換した際にエントロピーを出すという二つの生命現象があります。エントロピーは、熱力学の理論で説明すると難しくなるので、廃棄物だと思ってください。吐く息、汗、尿などです。エントロピーが高まると、体内の秩序が乱れます。すると人間は、エントロピー、つまり汗や尿、便などを排出し、秩序を維持する。この二つが円滑に行われてこそ、健康が維持できるのですから、西洋医学でエネルギー的側面を扱い、エントロピー的側面を扱う代替医療。この二つの統合も大事です。

そして、エビデンス(医科学的根拠)と直観の統合も不可欠です。西洋医学はエビデンスで支えられています。対して代替医療は、科学で未解明なこころやいのちに働きかける治療法が多い。つまり、直観を必要とする医療です。直観は、有名なフランスの哲学者、アンリ・ベルクソンも著書に書いていますし、知人で伊那谷の老子と呼ばれる英文学者の加島祥造さんによれば、老子の文章にも「明」という言葉で表現されているそうです。だからエビデンスだけでなく、人間が本来持っている大事な直観も大切にしなければならないと思うのです。

医者と患者の統合

仮に主を医者、客を患者さんにした場合、西洋医学では、機械を修理する側、される側、この二つははっきり分離されていました。
ところが、相手がいのちのエネルギーの「場」となると、そうはいかなくなります。ここでいう場とは、私たちの肉体の細胞、染色体、遺伝子を始めとする極微の世界から、細胞の集合体である臓器、人体、地域、地球、宇宙へと広がる大いなる「いのちの広がり」のことをいいます。

医者は、いのちのエネルギーを注いで、患者さんのいのちの場のエネルギーを高め、患者さん自身が治癒力を引き出せるようにしなければなりません。修理ではなく、いのちといのちのぶつかりあい、格闘技です。格闘家は、精神的にも肉体的にも強さがなければダメだし、力を発揮するためには、相手の痛みを理解して、同じ目の高さに立たないとダメです。高い所から無理に相手を持ちあげようとしても自分を痛めるだけです。

先ほどのベルクソンは、進化というのは、同じ速度で行われるのではなく、時に生命の躍動が起こって跳ね上がると説いています。私はこれを、いのちの場の小爆発、つまり、心のときめきを指しているのだと思っています。ときめきは、免疫力を高めたり、腫瘍マーカーを下げます。この躍動、心のときめきみたいなものが、生きていく上で非常に大きな養生の要諦になっているのではないかと思います。ですから患者さんが一回でも多くときめきを感じてもらえるよう、食事でも何でもいいから、ときめけるような、いい場づくりをしなくてはいけないと、患者さんを取り巻く医師、看護師、医療師たちに話しています。場のエネルギーを高める要素は身近なところにたくさんありますので、私も折に触れて努力しているところであり、一番心を砕いている部分です。

患者さんと医療者の統合は、ホリスティック医学にとって不可欠です。これが統合されれば、病の治癒率は確実に上がります。

帯津流「三つの養生」

統合医療と一言にいっても、たくさんある療法を一人の患者さんに全て行うわけにはいきません。うちの病院では、だいたい入院後1週間のうちに、患者さんと二人で治療の戦略会議を行います。戦略というと仰々しいけれど、要は私の考えを押し付けるのではなく、患者さんが何を考えているのかを聞き、二人で一致点を見出していくのです。

まずは心の問題を語りあうことから始めます。病気というステージで、どういう気持ちを持って生きていくか。進め方にマニュアルはありません。話しているうちにとんでもない方向に行く場合もありますが、とにかく話します。なかには私の本を読んでいるので、心の問題は飛ばしましょうという患者さんもいらっしゃいますが、それにしても最初の話し合いが一番難しいところです。

次にするのは食事の話です。病院なので患者さんに合った食事を出しますが、食事とは、本来は個人的で万人向きではないですからね。食事を通して生命のエネルギーを高めるコツは、何でも美味いと言って食べることです。そうすれば自然治癒力や、生命のエネルギーが上がっていきます。私はメンチカツやカツ丼が大好物なんですが、病院で食事指導をしてくださっている「粗食のすすめ」著者の幕内秀夫さんは、あまりいい顔をしません。でも美味いと言って食べれば良薬なので気にせず食べています(笑)。それから入院中には、気功を一つ覚えてもらいます。気功は、身体の中の気を高めてくれます。当院の職員が指導しますが、私がするときは、呼吸法によるお腹の動きを見てもらいたいので、裸になることが多いです(笑)。また月に一度、近くの森で行う早朝稽古もとても好評です。

こころの問題、食事、気功。この三つが、私の考える自然治癒力を高める養生です。あとは、しっかり話し合って、その上で西洋医学と代替医学で何ができるか、戦略を練って出発します。ただし、最初に作った戦略が絶対的に正しいとは限りませんので、必要に応じて変更は行っていきます。

ホリスティック医学に最も近い代替医療とは

代替医療は、いのちの中のエネルギーを一歩でも高める療法です。いろいろ種類がありますが、日本でも昔から定着している漢方薬や、気持ち良さを感じるアロマセラピーなどは人気があります。この“気持ちがいい”という感覚は、免疫力アップにつながるので、とてもいいんです。副交感神経が立ち上がり、リンパ球も増えますし。逆に、西洋医学は金属的なものばかりで、あまり気持ちがいいとはいえません。やはり気持ちいいものを、取り入れたほうがいいと思います。

健康食品も代替療法です。治療の戦略会議をするとき、カゴに何種類もの健康食品を入れてやって来る患者さんは多いですね。自然治癒力を高める作用はありますが、あまり入れ込む必要はないし、値段も高いので、話し合いながら種類の調整をします。

私は、ホリスティック医学を「場の医学」だと思っています。そのホリスティック医学に代替医療の中で一番近いと感じるのは、ホメオパシーです。昔は、数ある代替医療の1つに過ぎないと思っていましたが、とんでもない間違いでした。ホメオパシーは、患者さんの病気とは一見、関係なさそうな家庭や仕事、趣味、幼少時代など広く様々な話もじっくり聞いて、からだだけでなく、こころの面までも包括的にみます。そしてレメディと呼ばれる自然のものから作った薬剤を使用して、病気の症状と同じ症状を起こさせつつ、人間の持つ、回復する力を引き出す過程へ働きかけて治癒させます。毒を持って毒を制すと解釈されがちですが、似て非なるものです。ホメオパシーは、患者さんのからだ、こころ、いのちを全部理解することであり、こころの状態を改善して療法なのです。近年では、西洋医学者によるホメオパシーの臨床論文が、権威のある雑誌で発表されるようにもなってきました。

死を意識し、いのちを高めていく

我々は、健康も病気も関係なく、常に富士山の頂上と裾野の間の中腹に位置しつつも現在地に安住することなく、一歩ずつ歩を進めながら生きている。その過程で病気や健康を捉えていき、それらを探りながら、一歩ずつ向上していくものだと、健康生成論にあります。実にその通りだと思います。ですから私は患者さんにいつもこう言っています。「とにかく明日へつなげよう」と。

真の養生、つまりいのちを正しく養うことは、たとえ明日死ぬとわかっても続けるものです。死ぬまでいのちを高め続け、死ぬ日を最高に持っていく。ということは、死をある程度、自分の傍らに手繰り寄せておかないとできません。特に医療者はそうだと思います。

以前、読んで感動した本に、詩人の青木新門さんの「新棺夫日記」があります。青木さんは、10年間で2000体もの死体を納棺するアルバイト時代の経験から、死に直面して不安に慄いている人に必要なのは、周囲の善意でも家族の励ましでもなく、きれいな青空のような瞳をした、透き通った風のような人が、そばにいてくれるだけでいいのだとありました。風のような人とは、折に触れ、死について考えている人で、死に直面した人にはわかるというんです。なるほどと、感心しました。ですから医者や看護師というのは、ベテランも新人も関係なく、自分の死について考えることは大事なことです。

生と死を統合させる。生きながら生と死を統合していかなければ真のホリスティック医学とはいえません。人間は一体、どこから来て、どこへ行くのか。この解答を私は、生きているうちに見つけたいと思っていますし、それをサポートするのがホリスティック医学だと思っています。まだもう少し時間がかかるかもしれませんが、いきなり満塁ホームランを狙う必要もないので、一歩一歩確実に前進していきたいと思っています。