第12回講演録

鈴木エドワード

建築家

テーマ

地球規模で考える建築家とともに、新時代の生き方を考える「バックミンスター・フラーとワールド・ゲーム」

プロフィール

1947年埼玉県狭山市生まれ。71年ノートルダム大学建築学科を卒業後、73年ハーバード大学大学院へ進む。バックミンスター・フラー&サダオ、イサム・ノグチスタジオ、丹下健三都市建築設計事務所を経て、鈴木エドワード建築設計事務所株式会社を設立。警視庁渋谷警察署宇田川町交番、プラザ・ミカド、JR東日本赤湯駅舎(グッドデザイン賞受賞)ほか作品多数。

講演概要

バックミンスター・フラーは、「宇宙船地球号」という考えを世に送り、また20世紀のレオナルド・ダ・ヴィンチとしても知られたアメリカのユニークな学者である。自然の原理を基に彼が開発した「フラードーム」は、1967年の世界万国博覧会で世界的脚光を浴び、最近では、ノーベル化学賞に輝いたC-60という新たな炭素分子の構造と一致することから、改めて注目を浴びている。フラーは、“もし、「詩」が最小限で最大なことを語るのであれば、史上最大の詩人は宇宙全てをE=mcでまとめたアインシュタインだろう”と語っている。このような「MORE WITH LESS」の考えを基にすれば、彼はまさにいま流行りのLOHAS的思想の生みの神と言っても過言ではない。

そんなフラーの最大の発想、そして夢が「ワールド・ゲーム」であった。「ワールド・ゲーム」は主観的になりがちな政治家の手助けとなるようなコンピューター・シミュレーションによって“世界平和”を実現しようとするフラーの革命的提案である。

講演録

私は、大学生時代に、あるコンペに参加する際に初めてバックミンスター・フラーが発明したフラー・ドームを知りました。軽い球体の建築を調べた中で、ダントツに優れていたシステムでした。これは構造的に最も強い“三角形”を基本のモジュールとし、三角形のパーツをいくつも組み合わせて球体に近い形状を造る、世界で最も効率のいいシステムの建築として知られています。なぜなら球体、つまりドームの部分は、表面積に対して体積の比率が大変高いことから、空間を囲うシステムとしては、非常に優れているわけです。有名なものには、1967年のモントリオールの万博に登場した、直径76メートルの球体に近いドームのアメリカ館などがあります。

フラーのことは、一般的にドーム建築家としてご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、数学家でもあったし、幾何学家、エコノミスト、アーティスト、詩人など多方面で才能を発揮した、まさに「20世紀のレオナルド・ダ・ヴィンチ」であったと思います。

フラーは豊かな才能と感性を持っていましたが、長女の病死や、大恐慌による事業の失敗など度重なる不幸から、30代前半で自殺を図ろうとします。しかし、そのとき、「“You don’t belong to you”つまり、自分の生命は自分のものではない、この宇宙の一部であって、自ら奪い取るということはできない」と気づき、思いとどまります。そして政府や企業ができないことを、一個人として、地球上で何ができるかを試してみようと決意するわけです。

最小の資源で、最大の効果を得る“More With Less”をモットーに


そこで、まず彼が見つめたものが、後に“宇宙船地球号”という概念を世に送りだすことになる「地球」です。地球は、最も性能の高い、美しい宇宙船であるといえます。今、建築界でも“サステナブル”が盛んに言われていますが、地球そのものが、時速9万6千キロのスピードで、太陽の周りを一定の軌道を保ちながら運動する、大変優れたサステナブルな一つの乗り物、宇宙船です。

彼は、当時の世界のハードウェア、テクノロジー、工業技術などの効率性はたったの4%で、これでは人類全体の44%の物質的需要を満たすのが精一杯だけれど、12%に引き上げられれば、100%の人類の需要を賄えられることを独自の調査で知ります。そして、これらの効率を上げることを考えるようになります。

しかし、ただ効率を上げればいいというわけではありません。当時すでに環境に対する問題意識を持っていました。最小限の資源とエネルギーで、最大の効果を得る“More With Less”という考えを彼はモットーにしていました。そこで、建築のハード面では、石やコンクリートや鉄などによる重厚で硬い建築ではなく、まるで存在感がないように薄くて軽いけれど、構造的には強い建築を可能にする“技”、すなわちシステムを追及していきました。無駄がなく、一番効率がいい形状のものが存在しているのは、自然界です。デザイン、形状、そして、そのシステムを可能にしている原理を自然界から発見し、ローカルな環境に応用していったわけです。そして1940年代後半の、フラー・ドーム開発に至ったのです。

確かに、地球上の微生物などが、フラー・ドーム型の形状をしていることは明らかで、エイズのウィルスや、風邪のウィルスも、フラー・ドーム型の乗り物に乗って空中をさまよっていますし、10年ほど前にノーベル化学賞に輝いた、炭素が60個集まって球体を成す新しい炭素の分子C-60も同様の球体システムです。

またフラーの多彩ぶりを示す一つに、正三角形を20個集めて作った「ダイマクション・グローブ」という、地球儀・地図がありますが、みなさんご存知ですか。今、我々が通常使っている地図は地球を、オレンジをむくかのように開いて平面にした「メルカトル」という図法で作られています。メルカトルは、球体の地球を東西に広く平面にするので、北極、南極など上下に行けば行くほどゆがみが生じてしまいます。本当は北極も南極もメルカトルの地図に表されているほど大きくはありません。ダイマクション・グローブも、もちろんゆがみが100%ないとはいえませんが、球体をシンメトリック(左右対称)に三角形化しているので、組み立てたとき、球体のポイントになる尖がった角の部分の周りは一番ゆがみが少ないのがわかりますし、ゆがみは三角形の20面体にバランスよく分散されていることから、開いた時にメルカトルよりも正確な距離が測れるわけです。もちろんパーフェクトではありませんが、とても優れた地球儀、地図です。

地球市民の自覚を育てる「ワールド・ゲーム」とは


さて、フラーの思想を一言で語るとすれば「シナジー」という言葉が最も相応しいように思います。このシナジーという言葉は、エナジー(エネルギー)という、ラテン語“EN”がルーツの、一つの力を外に出す破壊的な意味を持つ言葉に対して、“SYN”という一緒にまとめる、作る、といったシンメトリー、シンフォニーなど、“一緒に”という意味合いを有する言葉から成り立っています。つまりシナジーとは、部分の集まりからは予測がつかない、まとまった1つの行動によって生み出される、プラスの全体的な効果をいいます。我々の生命を保っている水も、水素と酸素が結合して、水という生活には欠かせない美しい分子を作ってくれる。これこそシナジーのいい例です。私は、我々の生命や意識やマインドの力なども、まさしくシナジーの現象の結果ではないかと思います。

このシナジーの効果を期待し、フラーが発想し、最後まで情熱を注いだのが、「ワールド・ゲーム」です。ワールド・ゲームは何かというと、人類への物質供給の水準は高めつつも、誰も犠牲になることなく、物質的な一つのユートピアが迎えられるといった、科学的な戦略です。ゲームといっても、参加者たちがコンピューターを通して、世界のある地域の代表者として、自分の地域やその中の国、あるいはほかの地域や国の資源やエネルギーをはじめ、様々な状況を知ると共に、あらゆる問題に対して、地球的視野に立って考えた最善の解決策をシミュレーションしていくものです。

これまでのゲーム理論は、勝つ者がいれば誰かが必ず負ける仕組みになっています。しかし、ワールド・ゲームは、勝者・敗者を決めるのではなく、問題解決のシミュレーションを行うことにより、参加者が地球市民としての責任と自覚を再認識してもらうのが目的であって、私たち一人一人が国境などにとらわれるのではなく、地球を一つの生命体として扱い、みんなで協力し合って一つの目的に向かって努力すれば、全員が勝てるのだということを、フラーは世に初めて打ち出したのです。

1800年代に、人口増加は世界の食糧の生産量を上回り、人類の100%を賄うことはできないと発表されて以来、私たちはその考えを引きずっているのかもしれません。その後、1957年だったと思いますが、国連は、ようやく人類は自ら築き上げたテクノロジー、技術、機械などによって、100%の人類の食糧生産が賄える時代に入ったと、科学的な調査の結果発表をしました。それから約五十年が経ていますから、いまもその水準が保たれているのかはわかりません。ある地域では供給過剰なほどの食料品の生産と破棄が行われ、ある地域では人々が飢えに苦しんでいるという、世界はアンバランスな状況に陥っています。また食糧だけでなく、宗教の問題、イデオロギーの問題、人種の問題などによる争いが今も後を絶ちません。これらの背景には、ごくごく限られた国々のリーダーたちによる、いまだ「犠牲になる者がいるから、生き延びられる者がいる」という自己中心的な考えがあるのかもしれません。

もし地球上の多く人々が、ワールド・ゲームの存在を知り、また正しい世界の情報を享受できたなら、世界は変わっていくと思います。自己中心的な発想と行動ではなく、地球規模の視野に立った客観性のある行動ができるようになると思うのです。フラーがワールド・ゲームを発表した当時は、地球を大局的に見るのに使っていたのはダイマクション・グローブでしたから、非常に小規模のワールド・ゲームにとどまっていました。それがインターネットの普及によって、グローバリゼーションが実現した現在であれば、私たちは本当にこのワールド・ゲームを生かし、意識を変えていくことができると思うのです。

テレビジャーナリズムに変革を与えたと言われるアメリカのCNNは、創設者のテッド・ターナーがワールド・ゲームの発想に影響されてつくったと聞きます。ワールド・ゲームの前奏曲的なことをCNNができると思ったのではないかと思います。ワールド・ゲームは、草の根的な形ではありますが、ようやく徐々に広まり始めています。私は、やがて地球規模に立った客観的な視野で行動している者たちが集まって、一つの全体としての行動を成した時に、それこそシナジー効果が生まれるのではないかと思っています。

一人一人の小さな意識変革から生まれるシナジー効果


最近、新聞で、人類学者と統計学者とコンピューターのスペシャリストが行ったある計算の記事を読みました。その計算の結論には、「人類みな兄弟」とありました。どういうことかというと、我々には父と母がいて、その父と母にも父と母がいます。これらを彼らは科学的な理論に基づいて計算し、ひたすら先祖を辿っていき、15世紀まで遡れば、先祖は100万人にもなる。さらに13世紀まで遡ると、先祖は十億人。九世紀くらいまで行けば1兆人だという。そうやって計算していくと、5000年から7000年前の時代に生きていた人々は、みんな私たちの先祖であるということを発表したわけです。

これが何を意味しているかというと、どのユダヤ人にもパレスチナ人の先祖がいて、ブッシュ大統領とオサマ・ビンラディンはどこか昔でつながっていたと考えられるわけです。私たちに中国人や韓国人の先祖もいたし、その逆もあったわけですね。だから「人類みな兄弟」というのは、単なる美しい言葉ではなくて、科学的にもう立証されているものなのです。そういったことを踏まえて考えていくと、いまだに国境があり、争いが消えないのは、本当に寂しいことです。

私が今日、みなさんにお話したことを、みなさん1人1人がどなたかに伝えてくださると、いつか100%の人類に伝わって、何かその中で行動を起こしたがる人がいるかもしれない。いずれこのワールド・ゲームが、アイデアのまま終わるのではなく、実現される時代が来てもおかしくないと思っています。逆に、そういう時代、つまりが自己中心的な発想から地球的視野による思考の時代へ移らなければ、今後、世の中がどうなってしまうのか、大変不安に思います。

今日は、フラーが創案したワールド・ゲームのような、グローバルなビッグ・プロジェクトを話しましたが、こういうビッグ・プロジェクトは確かに必要だけれども、これをやる一人一人が、身近な生活にも活かしていかなければ意味のない、大きなただのお遊びになってしまいます。一人一人が、一種の意識革命をもってワールド・ゲームに加わると、それこそ想像のできないシナジー効果が得られると、私は信じています。