第2回講演録

比嘉照夫

琉球大学教授

テーマ

「奪われし未来から蘇る未来」

プロフィール

琉球大学農学部教授。1941年12月28日沖縄県生まれ。琉球大学農学部農学科卒業後、九州大学大学院農学研究科博士課程修了。1970年琉球大学講師。1972年同大学助教授。1982年より現職。「EM(Effective Microorganisms=有用微生物群)」を研究開発し、EMは持続可能な共存共栄社会を実現できるとして農業・畜産・環境・建設・工業・健康など幅広い分野で活用が期待され、現在、世界120カ国余に普及されている。アジア・太平洋自然農業ネットワーク会長、農林水産省・国土交通省提唱「全国花のまちづくりコンクール」審査委員長、NPO地球環境・共生ネットワーク会長。そのほか国・県の各種委員を多数歴任。著書「微生物の農業利用と環境保全」(農文協)「地球を救う大変革(1)-(3)」「甦る未来」(共にサンマーク出版)「-新世紀-EM環境革命」(総監修 綜合ユニコム)ほか多数。

講演概要

人間が誕生する前から地球上に存在していた微生物。この微生物たちの有用な習性に目をつけ、EM(有用微生物群)を発見、国内外でEM技術の指導・普及にあたりながら食糧問題、環境問題に取り組んでいる琉球大学農学部の比嘉照夫教授をお迎えして「講演会シリーズ:21世紀の価値観」第2回が行われました。あらゆる分野の問題解決に可能性を見せる微生物たちの偉大な力は、これからの社会を創造する上で明るさを感じさせるものでした。

講演録

EMを発見したのは、いまから20年ほど前のことです。研究期間を含めると、もう少し前になりますが、その頃、農業の現場では、危険性を懸念しながらも化学肥料や農薬が全盛で、威力を発揮していました。今でこそ、人間や環境にとって有害だという認識は定着していますが、戦後から近年までは作物増産を優先するために、化学肥料や農薬は欠かせないものでした。特に沖縄のように、南と北ではまったく土壌の性質が違ったり、亜熱帯気候の影響で病害虫の被害が多い土地では魔法の薬のように思われたものです。

私も沖縄の農業の進歩のためには、農薬や化学肥料を使用し続け、さらなる研究や効力の向上が不可欠と信じて疑いませんでしたから、昼夜を問わず研究に没頭していましたし、普及にも努めてきました。ところがその私自身が農薬中毒になってしまい、さらに交通事故とその後遺症が重なり、心身症状態に陥ってしまったのです。

しかし、それまで信念を持って研究をしていましたし、ましてや昔の有機農業に戻ることは学者のプライドが許しません。さらに楽天的な性格も手伝い、農薬の使用量を減らすとか、さらに研究・改良をしていけば何とかなるのではないかと考えていました。でも農薬や化学肥料は、明らかに土地を弱らせ、地下水を汚染し、川や海の多くの生物を死なせている。健康のことを考えて野菜を食べるのに、逆に病気になってしまう。農民の中には私のように農薬中毒にかかり、死ぬ人が出るなど状況は深刻を極める一方でした。このままでは、自分が一番尊いと思っていた農業の未来もないし、国だって滅ぼしかねない。これ以上、農薬や化学肥料を使い続けるのは無理だと観念したのです。

善玉、悪玉、日和見な微生物たちの性格


では、次の時代の農業のために何ができるか。それまで化学的な肥料や農薬に頼りすぎていたぶん、逆の発想で自然の理にかなった部分に学問的な焦点を当てていけば道が開けるのではないかと考えたのです。

現場中心に様々な技術を試しました。そのうち土に害虫が大量発生したり、病気が起こる時、そこには必ず強烈な酸化を誘発する悪玉の微生物が一定以上の密度で存在することがわかりました。それなら善玉の微生物を増やせばいいということになりますね。でもなかなかそう簡単にはいきません。実験室では成功しても、現場に移すと失敗するなんてことがしょっちゅうでした。試行錯誤を繰り返すうちに、ある失敗の偶然から、微生物は単独ではなく、混ぜて使う方がうまくいくことがわかりました。そして微生物には善玉、悪玉、どちらでもない日和見とがあり、善玉がある一定量を超えると日和見たちは、善玉を応援する性質があることもわかった。多勢に無勢、人間社会と似てますね(会場笑)。

要するに、相性のいい善玉の微生物同士を大量に増やして、コントロールすればいいという結論に達したわけです。私は微生物の専門家ではないので、2000種の微生物から絶対に安全な81種まで絞り込み、複合性を7,8
年かけて統計学的に調べてEMをつくったわけですが、EMに起こっている現象は生物現象です。機能的な物質があるところまで増えて初めて役割を果たすもので、途中で善玉が増えなかったり、ほかの微生物に負けてしまったら効果は現れません。ですから、私たちはEMの使用方法について「○○CCを△△㎡に撒いてください」という指導は一切しません。「その地域で善玉の微生物が天下を取るまで続けください」、要するに効くまで使ってくれということしか言わないんです(会場笑)。EMは生きていますからね、信じてあげる気持ちがないと効いてくれません(会場笑)。

でも、これが科学的ではないと言われてしまいました。日本人は、現象の根拠を理論で説明できないものに納得しない人が多く、なかなか最初は信用してくれませんでした。でも、現場では本当に効果を出していました。歩くと頭の奥まで響くほど固かった土にEMを撒いたらミミズがたくさん湧いてふかふかになったり、大雨が降っても表面の土は流れずに、きれいな真水だけが土の上を走るなど、常識では考えられない限界突破現象が起こりました。私はとにかくこのような実証例をたくさん集めていったのです。

EMのカギ「抗酸化」


このようなことから、農業の現場でもだんだん利用されるようになっていきました。と同時に利用者が増え続けると、科学論的な説明も避けて通れない状況になります。いよいよ先へ進まなければという時でした。石垣島の畜産農家から「EMって変ですね」と電話がかかってきました。そのときちょうど畜産にも使い始めた頃で、培養がうまくいかずに悪玉菌が増えた場合、同時に下痢菌も増えてしまうという欠点がありましたので、話しを最後まで聞かないうちに、石垣島へ飛びました。措置を誤ったら大変なことになるからです。行ってみたらなんてことはない、「家畜は健康そのもので、豚小屋の鉄格子やドラム缶のサビが落ちてピカピカに光るようになった」から驚いて電話したと言うんです。ところがこれが、EMに足りなかった理論的根拠を得られるきっかけになりました。

私はその現象を見た瞬間、我々がこれまで知っている酸化や還元レベルの話ではない、別の何かが起こっていると直感しました。普通、サビが取れる(還元)と、鉄は黒っぽくなるのですが、磨いたような光沢があったわけです。EMにはそんな作用がないことを知っていましたから、考えられることは、EMは生き物なので代謝物を出しますが、その代謝物が何かを産み出しているのではないかということでした。

それから早速、EM液に釘を入れたり、鉄のサビを拭いたり、ほか複雑な実験をいろいろ試しました。そしてある濃度のEM液につけると鉄がピカピカになることがわかりました。どういうことかというと、EMの液体の中では化学反応が起こらないということです。化学反応は、電子のやりとりによって行われます。“酸化”の場合は物質から電子を奪い、取り戻せば“還元”というように。しかしEMは触媒的な機能を持っていて、電子ではなく、エネルギーのやりとりを行っているため、起こっている現象は酸化でも還元でもない、つまり「抗酸化」です。すなわちEMの微生物たちが抗酸化物質をつくり出しているという、最大のポイントにたどり着いたのです。

あらゆる分野の問題解決に、EMの可能性が挑む


EMの主要菌は新種でもなんでもなく、光合成細菌、乳酸菌、酵母、納豆菌など世界中どこにでもいる微生物で、その大半は食品加工に使われているものです。ただこれらの微生物たちは、簡単に説明すると、酸素が嫌いで、人間や環境にとって有害な汚染物質を喜んで処理してくれる性質を持っています。ですからEMを使い、環境中にいい微生物を増やしていけば、畜産廃棄物から人糞尿からありとあらゆる有機汚染は浄化されるし、機能性の高い肥料にもなる。その結果、地下水もきれいになるし、川も海もきれいになり、自然生態系も甦らせます。

田んぼにEMを思い切り使うと、最初にミジンコが大量に発生し、そのうちドジョウやウナギが来るようになり、最後にはホタルが乱舞するほどまでになるのです。

農家だって生ゴミや有機廃棄物を資源にすればいいのですから化学肥料や薬品を買う必要がなくなり、経済的負担が減少できます。農業をしながら環境を守ることができるのです。また安全な食べ物を収穫できることで健康にもなり、結果的には医療費の削減にもつながります。また最近では八戸工業大学が、コンクリートにEMを使った場合、抗酸化的触媒作用によって、なんと300年も耐久性があることを証明しています。

こうしてEMの可能性を追求していくと、食糧問題、医療問題、環境問題など私たちが生きていくために必要なあらゆる分野の問題を解決していくことができるのです。

本当の循環型社会が形成できる


それから研究を重ねるうちに重要なことがもう一つわかりました。

我々が目にする物質は様々な形態をしていますが、実は炭酸ガスや水、窒素など非常にシンプルなもので構成されています。そしてこれは二つの発酵で分解できます。有害発酵(腐敗)と、有用発酵です。腐敗が起こるとメタンガス、硫化水素などが出るのに対し、有用発酵が起こればリグニン→セルロース→デンプン→糖分→アルコール→有機酸となり、最後は炭酸ガスと水になり大地へ帰っていきます。ということは、紙をアルコールにも砂糖にもできるし、お米などのデンプンを乳酸のレベルにまで分解すればプラスチックにすることだってできるのです。要するに発酵の世界は魔法使いみたいなものなのですね。発酵というと、まだヨーグルトや納豆といった食品の世界だけにとどまっていますが、EMの密度を上げて抗酸化レベルを高めれば全て蘇生化できることがわかったのです。

この技術を使えば、地球上のあらゆる有機物を蘇生的な方向に誘導でき、循環できるわけですから、「不足」という現象は地球上からなくなり、本当の循環型社会ができ上がるのです。

「奪われし未来から甦る未来」へ


『奪われし未来』(飛泳社刊)という本があるのをご存知でしょうか。環境ホルモンの危険性と人類の未来への警鐘が書かれ、数年前にとても話題になった本です。いままでの社会は、有限なエネルギーを使って、人間や環境に有害な汚染を産み出してきました。環境ホルモンがまさにそうです。このようなエントロピー増大の法則に沿った生活を続けていけば、最終的には世界の人口を半分に減らすほかに自然と共生できる方法はないといった極限状態になりかねません。

私は、これからは汚染物質をエネルギー化、物質化していく、つまり「蘇生化」という新しい概念を確立していくべきだと思っています。ひと頃に比べて、リサイクルも活発になりましたが、有限な資源を上手に加工しているだけです。これからの本当の創造的な社会というのは、どんな資源でも蘇生させていくことだと思います。

そして、世界で争いの根本的要因となっている資源不足、食糧不足などの「不足」の問題を解決し、今、生きていくために必要なものは無償で自由に手に入れられ、その上で自分の人生を納得するような時間を持てるようにしないと平和を構築するといってもなかなか困難です。人類みんなでこのEMを共有できるようになれば、自分の人生の大切な時間を生活のための仕事に費やすのではなく、自分が本当に望む人生を築くために使うことができるようになるのです。

日本人は経済だけでなく、国や人間としてのあり方といったものを世界に示せる国民だと思いますし、またそういう役目があると思っています。国のリーダーたちがその方向で結束できないでいるのが残念ですが、EMの技術が拡がっていけば、全ての人の意識も自然と変わっていくことと思います。実際に、環境をよくしたいという志を持った人々がボランティアで「地球環境・共生ネットワーク」という組織を作り、全国的な活動しているのですが、最近では行政も関心を示したり、実際にEMを幅広く使用するところも増えてきました。私も品質は落とさずに安価なものを皆さんにご提供できるよう、日夜研究を続けています。
EMは、私がたまたま発見しましたが、これは自然界にもともと存在していた微生物という生命ですから、私の所有物でも何でもありません。共存共栄社会実現のために、預かっているようなものなのです。

いまの科学技術のまま世の中が進んでしまえばまさに奪われし未来です。しかし実際にEMを使用している現場では、明らかに成果をあげています。EMの微生物の力を上手に借りることで、私たちの未来は甦ると確信しています。