第3回講演録

村上和雄

筑波大学名誉教授

テーマ

「笑い」と「感動」はよい遺伝子を目覚めさせる

プロフィール

筑波大学名誉教授。1936年1月2日生まれ。63年京都大学大学院博士課程修了。76年米国バンダビルト大学医学部助教授。78年筑波大学応用生物化学系教授。99年より筑波大学名誉教授、財団法人国際科学振興財団理事およびバイオ研究所長。83年に高血圧の原因である酵素「レニン」の遺伝子解読に成功。世界的な業績として注目を集め、遺伝子工学では世界をリードする研究者の一人。90年マックスプランク研究賞(ドイツ・フンボルト財団)、93年日経BP技術賞(日経BP社)、96年日本学士院賞(日本学士院)、2001年岡本国際賞(成人血管病研究振興財団)ほか多数。著書「生命の暗号」、「生命の暗号②」、「人生の暗号」(共にサンマーク出版)、「サムシング・グレート」(サンマーク文庫)、「科学は常識破りが面白い」(光文社カッパブックス)、「生命のバカ力」(講談社+α新書)ほか多数

講演概要

高血圧の原因である酵素・レニンの遺伝子解読に、世界で初めて成功した功績で有名な筑波大学名誉教授の村上和雄先生(当財団理事)。最近は遺伝子覚醒の研究対象に「笑い」を取り入れ、吉本興業とジョイントで実験するなどユニークな試みをされています。

本講演会シリーズの第3回は村上和雄先生を講師に迎え、笑いと遺伝子の関係をテーマに行われました。研究現場からのホットニュースなども披露され、客席からは笑いの絶えない、まさにテーマに通りの講演会となりました。また後半は映画「ガイア・シンフォニー」の龍村仁監督(当財団評議員)とのトークセッションが行われました。

講演録

笑いは、健康にいいとか、病気を治すとか言われていますが、科学的な裏付けデータがまだ不足しているため、多くの科学者や医学者はあまり信用していません。そこで私たち国際科学振興財団の「心と遺伝子研究会」では、昨年、お笑いの吉本興業に協力していただき「笑い」という心の動きがどの遺伝子のスイッチをオンにするか実験を行いました。

実験は、糖尿病の患者さん25人の協力を得て、二日間行いました。まず一日目は“糖尿病の仕組みについて”という一般的には面白みのない淡々とした講義を聞いてもらい、血糖値を計ったところ、なんと食前に比べて血糖値が123ミリグラムも上昇しました。なかには200ミリグラムも上昇した人がいました。

続いて二日目。今度は同じ患者さんに、吉本興業の漫才師、B&Bの公演を見ていただきました。なぜB&Bか。患者さんの平均年齢は63歳、B&Bの全盛期を知っていると思ったからです(会場笑)。会場は一般の観客も入り、立ち見が出るほど大盛況。B&Bのお二人も世界初の実験に意欲的で大いに観客を笑わせてくれました。そして、さんざん笑った後の患者さんの血糖値を計ってみると、上昇したのは77ミリグラム。前日より46ミリグラムも抑えることができたのです。実験は二日間とも“昼食後”の“同時刻”に“同じ時間分”という全く同じ条件でしたから、違いは“講義”か“漫才”かだけです。糖尿病専門医たちはこの結果に目の色を変えました。自分たちは今まで何をやっていたのかと(会場笑)。このデータは早速、アメリカの有名な糖尿病学会誌に発表され、ロイター通信によって全世界に配信されました。そしてこの実験は、これまでの薬や手術とは違った、新しい治療の先がけになるかもしれないという期待から世界で注目され始めております。

血糖値とは、血液の中のグルコース濃度の測定値です。グルコースは体内の重要なエネルギー源で、特に脳には必須なので、非常に厳密にコントロールされ、一定値を保っています。ということは背後にコントロールしている遺伝子があるわけです。私たちは昨年からの実験データ等を元に、2万1000個の遺伝子をリストアップし、本格的に笑いでどの遺伝子がオンになるのか解析し続けたところ、昨日その結果が出ました。そして約50個の遺伝子がオンになることが世界で初めてわかったのです(会場拍手)。普通、学者はこういう話を論文になるまでしないものですが、私は嬉しい結果が出ると人につい言いたくなってしまう(会場笑)。

私は、以前から「思いが遺伝子の働きを変える」と言い続けてきましたが、科学者を納得させうる十分な証拠がありませんでした。しかし、ストレスを与えると病気になるというのは、医学の世界でも言われていることですが、ストレスにもよいストレスと悪いストレスとがあり、笑い、感動、喜びなどよいストレスは、遺伝子をオンにできるという結果を突き止められたことは、画期的であり、とても大きな喜びであります。

生命の親=サムシング・グレート


科学の世界では、最初の発見に値打ちがあって二番手、三番手では意味がないという非常に厳しい先陣争いをしています。私は、高血圧の遺伝子を追いかけ、ハーバード大学やパスツール研究所といったバイオの横綱相手の勝負で偶然にも遺伝子分野のトップの先生に協力を得て、83年に高血圧の黒幕である酵素レニンの遺伝子解読に成功し、昨年はイネの遺伝子暗号解読にも成功しました。

遺伝子暗号の解読はすごいことです。でもそれ以上にもっとすごいことはすでに暗号が“書いてあった”という事実です。例えば人の遺伝子には約30億の化学の文字からなる情報が、細胞内の染色体という2000億分の1グラムという超微小なものに美しく調和して書かれ、さらに肉体の60兆にもおよぶ全細胞にも、全く同じ情報がコピーされています。なのに心臓は心臓、胃は胃の遺伝子だけがオンになり働いている。つまり遺伝子は、どの臓器が、いつ、何を、どうするか全部指令を出しているのです。

こんな緻密な設計図を遺伝子に書き込んだのは誰か。これを遺伝子研究の現場で考えたとき、私は初めて神仏がいても不思議ではないと感じました。しかし、科学者としては「あいつは終わった」と言われてしまうのでよろしくない(会場笑)。そこで外国人にも、神も仏も信じない人にも知って欲しいと、この神わざを「サムシング・グレート」という言葉で表現しているのです。

科学の世界では細胞がなぜ生きているかという基本的な仕組みはまだわかっていません。世界中の富を集めても、科学技術の英知を結集しても、いちから「生命」を誕生させることはできません。ということは「生きている」こと自体がすごいのです。ましてや人間は60兆もの細胞が集まって生きている。これはただごとではありません。自分の体が何でできているか考えたことありますか。全部地球の元素です。自分の体は自分のものですが、元素から見れば地球からの借り物です。そう考えると私たちは、宇宙年齢150億歳、地球年齢で38億歳です。人間は十月十日で、地球の38億年分もの生命のドラマを再現しながら生まれてくるわけです。これはサムシング・グレートの働きがなければできません。

科学というと一般的には客観的観測や論理で成立しているように思われますが、それらは昼の科学と呼ばれ、直感や「自分はこう思う」といった主観性などを夜の科学と呼ぶ二面性があります。実は科学にはこの直感や主観、感性がとても重要で、大発見の芽は全て夜の科学から生まれています。私もレニン解読の際、協力くださった教授には、海外の町のビアホールでばったり会った奇蹟的な偶然がきっかけになったのですが、そのとき「勝てる」と直感したのを覚えています。

サムシング・グレートは、「生命の親」みたいなもので、感性とも深いところでつながり、時々大事なヒントを教えてくれることがあるようです。信じる信じないは自由ですが、サムシング・グレートの働きがなければ私たちは誰も生きられないのです。

さらなる次の段階へ。
サムシング・グレートの科学的メッセンジャーに


研究を通して、笑いや感動で遺伝子がオンになることはわかってきましたが、次の段階に進むにはこれだけでは、不充分だと思っています。

そう思い知らされたのは昨年、仕事の関係で拉致被害者家族の横田早紀江さんにお話しをうかがってからです。横田さんの娘のめぐみさんは、突然姿を消してから二十年以上も消息がわからなかった。私の理論でいけば悪い遺伝子がオンになり、病気をしても不思議はない。実際にはそういうときもあったそうです。しかし、その後に、北朝鮮に拉致された可能性が高いとわかった。横田さんは命に替えても取り戻そうと街頭署名を始めますが、その頃はまだほとんどの人は拉致問題に無関心でした。横田さんは娘を取り戻したいという母の切なる思いに加えて、日本を凛とした国家にしたいと思うようになっていったそうです。淡々とお話される姿に私は胸を打たれました。横田さんは、我々が計り知れない苦悩を乗り越えて、素晴らしい人格になられたと思ったからです。

人間は、ネガティブなストレスが入ってもそれをバネに、あるいは乗り越えることで素晴らしい人格になれることを横田さんは体現しています。私たちの日常には、これほど劇的でないにしても、ネガティブなことが多くあります。そんなときでもよい遺伝子をオンにするにはどうすればいいかを科学で導き出すことが、私どもに残された命題であります。

そこで今考えているのは、辛いときや苦しい時、これらをサムシング・グレートからのメッセージと受け取れないかということです。例えば糖尿病になった。それは食事に気をつけ、運動をしなさい。少しは笑いなさいというメッセージかもわからない。子どもが不登校になった。それは親へのシグナルや、もっと大きな人間になるためのメッセージかもしれないというように。

日本は経済的に恵まれ、科学技術も進化の一途なのに、毎年3万人の自殺者を出し、教育問題、家庭問題、環境問題など種々の問題を抱えています。これらを解決するには、人間や生物は人間わざを超えた偉大な働きによって生まれてきたという原点をもう一度見直す必要があると思います。サムシング・グレートには言葉がありませんから、私は科学者として、サムシング・グレートと人間社会の橋渡しをやっていければと思っております。

続いてトークセッションの模様


龍村●    お話の中の直感については「ガイア理論」のジェームズ・ラブロック博士も、秀れた業績を残した科学者の多くは答えを最初に直感で知り、数年間かけて自分や周囲に納得や証明をしていくとおっしゃっていました。先生は、直感とはどんなものだと思われますか。

村上●    そんな難しいことを聞かないでください(笑)。よくわかりませんが、きっと特別な人だけでなく誰にでもあるもので、理性や知性とは違った、天からというか、内側からの情報みたいなものではないかという気がしますね。

龍村●    客席の皆さんもぜひ、聞きたいだろうと思うのですが、どうしたら遺伝子スイッチはオンにできますか。

村上●    自分が楽しめたり、喜べることをするといいと思います。でもそれが何か分からない人もいるでしょうから、人と会ったり、出かけたりするなどいろいろトライしてみるといいと思いますよ。そしてあまり人と比較をしないことです。

龍村●    いまの世の中は価値基準が少ないため一つの基準で優劣を判断しがちですが、ほかの基準から見れば逆の場合もあるのですから、自分の可能性のスイッチがオンになる方法を自分で見つけていくことほど素敵なことはないと思います。

村上●    私も若い頃は学者に向いているか自信はありませんでした。でもコツコツと自分の研究を続ける途中で素敵な人との出会いや、いいテーマに巡りあい、一つずつ結果を出してきました。科学者としてやっていけると思ったのは35、36歳の頃です。20代でいい仕事をしていないとダメだと言う人もいますが、分野によって違います。人の遺伝子暗号は、99.9%、99.99%は同じです。ところが0.1%または0.01%の違いに重点を置いて考えると比較が始まってしまいます。確かにこの差は能力や体力に大きな影響を及ぼしますが、私たちは人と比較しあうために生まれてきたのではありません。38億年もかけて、ここに生きていること自体がエリート中のエリートなのですから遺伝子のスイッチをオンにすることを心がけていけば、自分だけの花を咲かせることができると思います。人気アイドルグループの歌みたいですが…(会場笑)。

龍村●    映画の撮影は気温が50度にもなる砂漠など、過酷な状況下で行う場合があるのですが、嫌だ嫌だと思っているとダウンしてしまいます。でもそこで暮らす人もいるわけですから状況を受け入れようと心を開いているうちに暑さも気にならなくなり、さらには現地の人々とも互いに警戒心がなくなって、仲間のような関係へ変わったりする。私のスイッチがどこかで切り替わったのでしょうが、スイッチのオン・オフは人間の全体の仕組みも変える気もします。

村上●    遺伝子は一つだけでは動かず、いくつかがセットのように連動して働きます。そして、非常に厳しい飢餓的状況などに追い込まれるとスイッチがオンになることが充分にありますから、それを体験なさったのでしょう。そういう意味では、日本人は素晴らしい遺伝子を持っていると思うのですが、飢餓的状況とはいえないのでオフの遺伝子の方が多いかもしれませんね。

龍村●    オンにする方法の一つに「笑い」があるわけですが、笑いには“ワハハ”から“微笑み”まであります。私は人の根本には、何ともいえない微笑みがあるような気がするんですね。例えば赤ちゃんは誰に教えられるでもなくニコっと笑うし、あの笑顔を見ると、全てが浄化されたような感じになります。私はサムシング・グレートに、もし見える世界があるとしたら、ああいう微笑みの世界ではないかと思いますが。

村上●    そうかもしれません。赤ちゃんの微笑みも遺伝子だとすれば、サムシング・グレートが書き込んだものです。赤ちゃんは、笑顔を周りに一切黙殺されると、言語の成長に非常に時間がかかるという話しもあるくらいですし、笑いとはサムシング・グレートがインプットしたコミュニケーション手段かもわかりませんね。冷笑や嘲笑もありますが、心からの笑いというのは、人間の非常に深い部分から出てくる、つまり遺伝子から発せられているんじゃないかと私どもは思っています。

龍村●    よく「出演者をどうやって選ぶか」と聞かれるのですが、顔を見ればわかります。バックグラウンドを知ることももちろん大切ですが、お会いした瞬間に「素敵だな」と直感するわけです。昨年亡くなった松本元先生に以前、この話をした時、「それが一番科学的で正しい」と教えてくれました。人間の脳には古皮質と新皮質があり、直感などの情報は古皮質で処理し、新皮質よりスピードが速い。だから愛とか人間的な深さみたいなものは、言葉より先に微笑みのような表情となって現れるからわかるんだそうです。なるほどと思いました。

村上●    私も人間を動かしているのは感性や直感だと思います。知性も理性も必要ですが、どちらかというと感性を言葉にしたり、コミュニケーションをとるために必要なものだと思っています。あまり理性や知性がないのも困りますが(会場笑)。

龍村●    私たちはサムシング・グレートに直結した何かを持っていて、それをオンにできた先には無限の可能性が拡がっていると思うと勇気や希望が湧いてきますね。

村上●    21世紀は日本の出番がくると思っています。というのは、日本人は感性と知性のバランスがいいと思うからです。私は科学の現場に居続けて、そういう国にできる一助を担えればと思っていますし、サムシング・グレートからのメッセージを日本から世界へ発信していければと思っております。