第21回講演録

田坂広志

多摩大学大学院教授、シンクタンク・ソフィアバンク代表、社会起業家フォーラム代表

テーマ

生命論パラダイムの文明へ

プロフィール

1951年生まれ。74年東京大学卒業。81年同大学院修了。工学博士。87年米国シンクタンク・バテル記念研究所客員研究員。90年日本総合研究所の設立に参画。取締役などを歴任。2000年多摩大学大学院教授に就任。同年、シンクタンク・ソフィアバンクを設立、代表に就任。03年「社会起業家フォーラム」を設立、代表に就任。主な著書に、『生命論パラダイムの時代』『複雑系の知』『未来を予見する「五つの法則」』などがある。 

オフィシャルサイト www.hiroshitasaka.jp

講演概要

21世紀、人類の文明は、どこに向かうのか。そのことを考えるとき、人類の叡智として語られてきた「弁証法」という哲学の「螺旋的発展の法則」が、一つの洞察を与えてくれる。すなわち、我々の生きるこの世界は、あたかも螺旋階段を登るように進歩・発展する。そのため、螺旋階段を登ると、いつか元の位置に戻ってくるように、歴史においても、古く懐かしいものが復活してくる。ただし、そのとき必ず、一段高い位置に登っており、古いものが「新たな価値」を伴って復活してくる。では、その法則から見るならば、文明はどこに向かうのか。現代の文明は、古く懐かしい「生命論的な文明」へと回帰していく。しかし、それは、現代の先端科学と融合を遂げ、ネット革命によって人々が社会の主役となり、地球環境との共生を可能にする「新たな文明」の誕生でもある。そして、その文明においては、経済、政治、社会、文化、科学、宗教、生活など、様々な分野で価値観の転換が起こり、そのとき、人類の歴史は、「前史」の時代を終えていく。

講演録

本日の講演の背景には、「人類は、これからいかなる文明に向かうのか」という、興味深い、根本的なテーマがあります。

では、いかにすればこの壮大な問いに答えることができるのか。そのためには、森羅万象の変化、発展、進化の理を論じた「哲学」を学ぶこと。それが、未来を予見する最も優れた方法です。 では、「未来を予見する哲学」とは何か。

それは、「弁証法」です。弁証法というとヘーゲルやマルクスを想起されるかもしれませんが、実は、東洋の仏教や禅、タオイズム(道教)をはじめ、世界の素晴らしい思想、哲学、宗教は、昔から弁証法の理(ことわり)を深く洞察しています。特に、この弁証法には、未来を予見するために役に立つ「2つの法則」があります。

第1は、「事物の螺旋的発展の法則」。これは、世界は右上がり一直線に発展するのではなく、螺旋階段を登るように発展していくという法則。横から見れば、上に登っていくため進歩・発展していくが、上から見れば、一周回って元の位置へ戻ってくる。すなわち、古いものが復活・復古してくるのです。しかし、それは螺旋階段であるため、かならず一段、高い位置に登っている。例えば、インターネットのオークション。これは、昔懐かしい「競り」の方式が復活してきたものです。かつては数百人相手の取引が限界でしたが、現在では、ネットを使うことによって数百万人を相手に取引ができるようになりました。

第2は、「対立物の相互浸透による発展の法則」。これは、対立し、競い合っているもの同士は、互いに似てくると共に、互いに融合していくという法則です。例えば、近年、CSRの潮流により、営利企業には社会貢献が求められるようになり、一方、社会起業家の潮流により、社会貢献を目的とするNPOには、活動継続のために事業から利益を上げることが求められるようになっています。これも相互浸透の一例です。

機械論的な文明から、生命論的な文明へ


では、弁証法に基づいて文明の未来を予見すると何が見えるのか。螺旋的発展の法則によれば、科学技術に立脚した機械論パラダイムの文明が壁に突き当たり、古く懐かしい生命論パラダイムの文明が復活してくるでしょう。それは、すでに3つの新たな潮流として、具体的に表れています。

第1は、「科学の最先端」における潮流です。これまで要素還元主義の限界に突き当たっていた科学そのものから、その限界を突き破るべく「複雑系」の科学が生まれてきました。すなわち、物事は複雑になると、共鳴、自己組織化、創発、進化など、「生命的システム」としての性質を示すようになりますが、この性質を研究する科学が生まれてきたのです。つまり、機械論的な科学自身が、生命論的な科学へ進化を遂げようとしているのです。

第2は、「技術の最先端」における潮流です。特に、インターネット革命が、企業や市場や社会というシステムにおける情報共有を圧倒的に進めたため、その「複雑系」としての性質を強め、企業や市場や社会が急速に「生命的システム」としての特徴を示すようになっています。

第3は、「地球環境問題」における潮流です。例えば、この時代に最も注目されている科学理論に、ジェームズ・ラブロックが提唱した『ガイア理論』があります。これは「地球とは巨大な一つの生命体である」という理論ですが、これもまた、生命論的世界観の復活といえます。

そして、さらに広い視野で見るならば、現代宇宙論は、この宇宙そのものが極めて高度な「生命的なプロセス」に他ならないことを解き明かしつつありますが、この「ガイア理論」は、世界の全てに生命や霊魂が宿るというアニミズム信仰の螺旋的復活であるともいえます。そして、同時に、世界の宗教も、アニミズムや多神教から一神教へ、そして、いままた一神教から多神教や汎神論への螺旋的回帰が起こりつつあります。すなわち、このガイア理論は、ある意味で、科学の最先端の思想であると共に、非常に深い宗教的な思想を内包しているのです。これは、まさに、科学と宗教という対立物の相互浸透であり、融合であるとも言えるでしょう。

東西の文明が融合を始める


では、新たな生命論パラダイムの文明が始まるとき、我々に求められるのは、何か。それは、「生命論的な智恵」です。では、その智恵は、どこにあるか。それは、すでに、どの国にも存在する古い文明の中に宿っています。それゆえ、これからは世界中で、古い文明の価値観が復活し、現代文明の科学技術と融合していくでしょう。例えば、日本でも、古く懐かしい「もったいない」という智恵と、現代の最先端のリサイクル技術が結びつき、新たな環境文明を生み出していくでしょう。

では、世界全体を見るとき、これから復活する「古い文明」とは何か。それは、東洋文明です。歴史を振り返るならば、人類の文明は、4大文明のように、東洋から始まりました。それが西洋に文明の中心が移り、今日まで、科学技術や資本主義、社会システムを発展させてきたのです。興味深いことに、いま、資本主義の最先端、シリコンバレーの書店に行くと、最新の科学技術やIT、ビジネスの本の横には、複雑系の本が並び、さらにその横には、仏教やタオイズムなど、東洋思想の本が積まれています。 それは、これから起こる東洋文明と西洋文明の融合を象徴するものでしょう。

生命論パラダイムを牽引する国は


では、この文明の融合を牽引するのはいかなる国か。それは、東洋文明の生命論的な叡智を受け継ぎ、同時に、西洋文明の科学技術や資本主義を開花させている国でしょう。

その意味で、日本という国は、不思議な国です。高度な科学技術と資本主義を開花させながら、東洋思想の中でも最も洗練された禅仏教やタオイズムの文化を抱き、深く洗練された精神性を持つ国だからです。そして、さらに不思議なことに、この日本という国は、これから世界全体、人類全体が学ぶべき価値観を、すでに古くから先取りし、自らの文化の中に取り入れてきました。それは、これからの21世紀、人類に求められる「5つの価値観の転換」です。

まず第1は、「無限」から「有限」への価値観の転換ですが、日本は小さな島国ゆえに、昔から「有限な空間」、「有限の資源」を前提に、文明と文化を開花させてきました。

第2は、「不変」から「無常」へ。現代は、ドッグイヤーと呼ばれるように、急激な速度で物事や価値観が変化する時代ですが、グローバル・スタンダードという言葉に象徴されるように、不変を求める西洋文明に対して、日本は、全てが移り変わりゆくことを覚悟する、無常の価値観と文化を抱いてきました。しかし、実は、その根底には、深い意味での永遠への信仰があるのです。

第3は、「対立」から「包摂(ほうせつ)」へ。これからの時代は、様々な価値観を許容する多元主義の時代となりますが、そもそも日本という国は、「八百万の神」の国であり、多神教的な文化が根づいている国です。そのため、様々な価値観を包摂してきた国でもあります。

第4は、「征服」から「自然(じねん)」へ。西洋的な価値観は、自然を征服の対象として見ますが、日本は自然を征服の対象とは見ず、自然との共生という発想さえ超え、本来、自然と一体であるとの文化を持ってきました。

第5は、「機能」から「意味」へ。物事を機能や目的の側面から見るのが機械論パラダイムであるのに対し、物事の意味を考え、感じる心を重視するのが、生命論パラダイムです。特に、日本には、「縁(えにし)」や「有り難い」という言葉に象徴されるように、物事の意味を大切にする文化があります。

このように、日本という国に育まれてきた価値観は、いま、世界全体が向かっている価値観に他ならないのです。そして、日本という国は、世界でも最も恵まれた国。60年間戦争がなく、世界第2位の経済大国。最先端の科学技術を持ち、国民の多くが高等教育を受けることができる。そして、高齢化社会が悩みとなるほど誰もが健康で長寿。そうした恵まれた国は、世界の他にありません。その恵まれた国には、世界に対する大切な「使命」があるのでしょう。

これから世界全体が困難な時代に入っていきますが、こうした時代にこそ、日本という国は、世界に対して、単なる経済的貢献だけでなく、深い思想や精神を届けることによって文化的貢献をするべきでしょう。この「使命」という言葉は、素晴らしい言葉。「使命」と書いて「命を使う」と読む。されば、皆さん、一回限り与えられたこの命。そのかけがえのない命を、何に使われますか。