第24回講演録

竹村真一

京都造形芸術大学教授 Earth Literacy Program代表

テーマ

希望の地球

プロフィール

京都造形芸術大学教授、Earth Literacy Program代表。1959生まれ。東京大学大学院文化人類学博士課程修了。地球時代の人間学を考究しつつ、ITを活用した独自な地球環境問題への取組みを推進。Sensorium(97年アルス・エレクトロ二カ・グランプリ受賞)、デジタル地球儀「触れる地球」(05年グッドデザイン賞・金賞)や「100万人のキャンドルナイト」「aqua scape」など、様々なプロジェクトを推進。環境セミナー「地球大学」主宰。08年の北海道・洞爺湖サミットでは、国際メディアセンター(IMC)内の環境ショーケースにおける「地球茶室」の総合企画・プロデュースを担当。「地球の目線」(PHP新書)他著書多数。ラジオ「GLOBAL SENSOR」(J-WAVE 81.3FM、偶数月の最終日曜25時)放送中。
Earth Literacy Program HP: http://www.elp.or.jp

講演概要

地球を「守る」ためには、もっと地球という星をよく「知る」必要があります。地球という祝福された星のなりたちを理解することで、未来への希望も見えてきます。”サステナビリティ”(持続可能性)を超えた、次世代の文明尺度とは? 気候変動や食糧・エネルギーの需給変動リスクに強い、ロバストな文明・都市構造をどうデザインしていくか? そして「希望の地球」を実現するビジョンとは? 地球目線で未来をデザインするために、こうした問題をご一緒に考えたいと思います。

講演録

今日は持ってきておりませんが、デジタル地球儀「触れる地球」は、実際の地球の直径の1000万分の1である、1m28cmで作られています。地球儀のように回転もし、インターネット経由で衛星からの気象情報などを常に取得しているので、昼と夜の境界や、世界のどこに台風が来ているかもわかるし、地球温暖化のシミュレーションを表示したり、アマゾンの森林監視や、災害被災地の状況把握、あるいは季節ごとの渡り鳥の飛来の様子など、生きている地球の姿をリアルに可視化することができるようになっています。

人類が月面に着陸し、宇宙から地球の姿を見られるようになって早50年。宇宙から見た地球に国境はありませんでした。しかし、人類は、宇宙からの視点を得られたのに相変わらず頭で国境を作り、いまだ様々な問題を抱えています。

私は、良い世の中を作るためには、スローガンやイデオロギーや理想だけでなく、「可視性」が必要だと思っています。いくら「地球は一つ」とか、「美しい地球を守れ」といっても、日常環境で美しい地球を感じられないからリアリティに欠けてしまう。しかし、地球を可視化できれば、世界の裏側で起きている災害を知った子どもたちが、被災地の子どもに激励のメールを送るかもしれない。政治家より先にハリケーンの発生に気づけば、首相にメールを送るかもしれない。

地球を可視化できるメディアが首相官邸や学校、家庭にまで普及するような時代になれば、地球との関係が変わるかもしれませんよね。そこで、地球の生きている姿を24時間リアルタイムで世界中の多くの人が共有できるよう、この「触れる地球」を作りました。現在は普及しやすい3分の1サイズのものを作り、まずは日本の全ての小学校への設置を目指すプロジェクトを推進しています。おかげさまで、日本科学未来館(東京・江東区)などの協力を得られ、夢が実現に近づく可能性が出てきましたし、CNNと並んで「21世紀の新メディア」としてアメリカの本に紹介される予定です。

地球は「好都合な真実」に溢れている


「触れる地球」では、海流を見ることもできます。例えば「メキシコ湾流」という暖流は、ある科学者の試算によると、人類が1年間で石炭によって得ているエネルギーの少なくとも3倍のエネルギーを毎日、ヨーロッパに運び、ヨーロッパを暖房してくれているそうです。太陽エネルギーは、赤道付近には大量に降り注ぐけれど、極地に届くのは僅かです。ですから本来なら赤道付近はもっと暑く、極地は極寒のはずですが、海流や風が雲や水蒸気を使って熱を再配分するシステムがあるためにヨーロッパの高緯度地域でも住み心地がよくなっています。

2年前にアル・ゴアさんの『不都合な真実』という映画や著書が大変話題になりました。世界的な環境破壊の様子は、確かに不都合な真実といえるでしょう。しかし、実は、地球にはこのメキシコ湾流のような「好都合な真実」がたくさんあります。

特に「水」は実に好都合な物質です。地球は表面の7割が水で覆われた星、水球です。天文学者は血眼になって地球外生物のいる星を探していますが、その重大な目安になるのが液体としての水の有無なのです。水は百度になるまで熱を吸収し、急激に冷却しても蓄熱を放出してゆっくり温度変化する特性があります。例えば月は、水がないために、太陽に晒されている面の温度は150度まで上昇し、反対側はマイナス150度まで下がります。太陽までの距離は宇宙のサイズでいえば、月も地球もそれほど変わりませんから、水は地球の温度調節機能を果たしているといえます。

また意外に思われるかもしれませんが、「台風」も好都合な真実です。台風が通った海水は、数千メートルの深さまでかき混ぜられ、冷たい深層水を表面へもたらします。海の栄養であるリンや窒素などの微量元素を豊富に含んだ深層水が、表面に持ち上げられることで、海の食物連鎖の出発点である光合成プランクトンはたくさん繁殖できるようになるのです。

「火山灰」も大切な働きをしています。昨年サミットが行われた洞爺湖は、10年前までは水が酸性化し、魚一匹住めない「死の湖」と呼ばれていました。ところが有珠山の噴火で、大量のアルカリ性の火山灰が水を中和し、豊かな栄養がもたらされると、プランクトンが大量に繁殖し、今や1メートルを越えるサクラマスが捕れる健康な湖に蘇りました。

そして、「地震」もそうです。地震によってできた断層の上に、川が洪水で土砂を運んできたから、関東平野、濃尾平野、河内平野のような豊かな平野ができたわけです。ですから「不動の大地」ではなく、「浮動する大地」なんですね。中国の農家の方や、気功をしている方が日本に来た際に、こんなに栄養豊かな生きた大地は本当に恵まれていると驚いていました。

地震や火山、台風は、生活に被害を与えるものですから、災害を軽んじているのではありません。ただ、地球の危機的状況ばかりを捉えるのではなく、地球の目線で生命活動を見ると、人類が束になってかかっても全く及ばない恩恵をもたらしてくれていること、そして地球というのは本当に良くできており、気象の変動は地球の健康を保ち、本質的には私たちを生かしてくれている有難いものだということをお伝えしたいのです。つまり、地球の生理を受け入れた上で適応できる逞しい文明社会をデザインしていくことが、21世紀を生きる私たちに求められる重要課題なのだと思います。

どんな変動にも適応できる都市づくりは地球へのプレゼント


これから温暖化の影響で台風は大型化し、水害が増えるのは間違いないでしょうし、東京のような人口1000万人規模のメガシティは、ヒートアイランド現象によるゲリラ豪雨も多くなる。治水などの緩和対策を講じるとともに、起こり得る変動に対して適応する都市デザインとは何かを考えてみましょう。

シフトを変えるにはやはり何か大きなチャンスがある方がいい。そのきっかけになり得ると、建築家の安藤忠雄さんと共に応援している「東京オリンピック2016」を元にお話しすると、昔の高床式にならい、会場候補地のゼロメートル地帯のベイエリアの建物の1、2階部分は浸水を想定した動線を確保し、陸路が寸断された時でも救助活動や物資の運搬ができるよう、水運交通を復活させるなどの体制作りをします。

エネルギーに関しては、机上の空論や理想論ではなく、自然エネルギーだけの社会を実現できる時代が到来したのですから、世界の3倍くらいのスピードで、太陽エネルギーへの転換へチャレンジすべきです。

日本は、年間で24兆円を石油を買うために使っています。日本の税収が40兆円、年間予算が80兆円ですから、その大きさがわかります。炭素税の導入など上手な制度設計を行い、次の世代が苦労しないよう、1400兆円ともいわれる日本人の金融資産がある今のうちに動きだす必要があると思います。

日本は、地球の中で自然エネルギーに最も恵まれた国であり、太陽光発電技術、発熱した電力を蓄えるリチウム電池など、石油からの自立に必要な技術は世界一です。石油から脱却できる経済力、技術力を日本は持っているのです。人口1000万人の東京がエネルギー問題をクリアし、気象変動に耐え、防災性も確保された都市づくりができれば、上海やバンコクなど同じ海面上昇などの影響を受けるアジアの沿岸都市のモデルになりますし、地球へのプレゼントになると思います。

21世紀の文明都市は、地球と共に呼吸する


自然と人工は対立概念だといわれますが、人工の「工」は、上の横棒が「天」、下の横棒が「地」、その間を結ぶのは「人の営み」という意味を持っています。つまり人間はやり方によって、天と地を結ぶ媒介者になれるわけです。

日本人は、洪水と渇水を繰り返す急峻な土地を水田という天然のダムを造り、水の温度特性によって気候を穏やかにし、治水により、生物は河川で繁殖ができ、生物多様性の豊かな国土を作り上げました。日本の先人たちは自らの智恵と努力よって「工」を実践してきたといえるのです。

21世紀の人工都市は、自然の一器官になることがキーワードだと考えています。つまり、私たちの心臓や肺などと同じように、全てのビルが太陽エネルギーを貯留するインターフェイスになるような地球生態系の一器官として呼吸をする都市です。そんな21世紀の未来都市をイメージしてみてください。これは夢ではなく、実現できる時代に私たちは生きているのです。

ごみや食べ物を捨てるのはもったいない以上に、未来へ向けたしかるべき投資がなされていないのは、何よりもったいないと思います。今は、未来をつくる絶好のチャンスです。「希望の地球」のビジョンを共有し、共に創造していきましょう。