第4回講演録

水野正人

ミズノ株式会社 代表取締役社長

テーマ

「オリンピックと環境」

プロフィール

1943年5月25日生まれ。66年甲南大学経済学部卒業後、美津濃(現:ミズノ)株式会社入社。70年米国カーセージカレッジ理学部卒業。取締役、常務取締役、代表取締役副社長を経て88年より現職。(社)日本ゴルフ用品協会会長、IOC(国際オリンピック委員会)スポーツ・環境委員会委員、(財)ミズノスポーツ振興会会長、(社)日本スポーツ用品工業協会会長、(財)日本オリンピック委員会(JOC)理事、世界スポーツ用品工業連盟会長など数多くのスポーツ関連団体の役職も持つ。2001年にはオリンピックの発展に貢献した人に贈られるIOCの勲章「オリンピック・オーダー銀賞」を受章。ミズノ(株)では91年に環境保全活動「Crew21」プロジェクトを開始。環境配慮型製品の開発、工場における廃棄物ゼロの実現、社員への環境教育・啓発など企業として地球環境の保全に対し積極的な取組みを行っている。

講演概要

いよいよ8月から開幕されるアテネオリンピック。注目されるのは出場選手たちによる華やかなスポーツの祭典ですが、舞台裏では関係者方による様々な環境保全活動の取り組みがなされています。本講演会シリーズの第4回はミズノ株式会社代表取締役社長で、IOC(国際オリンピック委員会)のスポーツ・環境委員会委員も務める水野正人氏をお迎えして行われ、その積極的な取り組みの数々が紹介されました。

講演録

水野)    8月にはいよいよアテネオリンピックが開催されます。そこで今日はちょっと趣向をこらして、オリンピックにまつわるクイズから始めさせていただきましょう。正解された方には、アテネオリンピックにちなんだミズノ特製のピン(ミズノはアテネオリンピックのオフィシャル・パートナー)を差し上げます。ではまず、古代オリンピックは紀元前776年から4年ごとに1200年間、1回も欠かすことなく行われましたが、ギリシャのどこで開催されたでしょうか。

参加者●    オリンピア。

水野●    正解です。今でいうと、ギリシャ・アテネから西へ行き、エーゲ海の海岸にぶつかったあたりです。古代オリンピックは宗教儀式のような形で行われていました。最初の頃、開催中にも紛争が続いていて参加できない地域がありました。それで、せめてオリンピックの時だけは休戦しようということになったのです。これをオリンピック・トゥルースといいます。近代オリンピックは1896年から始まり、古代オリンピックの精神を継承した、世界平和のための一大教育活動という位置づけになっています。

参加者●    ピエール・ド・クーベルタン。

水野●    大正解。フランス人のクーベルタンは、それまでオリンピックと名付けられたスポーツ大会はたくさんありましたが、世界的規模で開催していくには組織化すべきだということで、1894年にIOC(国際オリンピック委員会)を発足したのです。では第一回開催地は。

参加者●    アテネ。

水野●    正解。では1964年の開催地は。

参加者●    東京。

水野●    さすが、よくご存知ですね。実は1940年にも東京で開催する予定でした。ただ戦争に突入したためにかなわなかったのです。日本は終戦後、48年のロンドン大会には戦争責任により参加が許されず、52年のヘルシンキから再び参加するようになりました。そして64年、東京オリンピック開催に至ったわけです。ですから日本のオリンピック関係者たちの思い入れは大変強かった。世界中からお客さまをたくさん呼んで素晴らしい大会にしようと必死で準備をし、大成功をおさめたのです。

東京オリンピック以降、68年のメキシコ大会では人種差別問題で南アフリカが不参加、72年ミュンヘン大会ではアラブゲリラによる銃撃戦でイスラエル選手が人質になり、多くの被害者が出ました。80年のモスクワ大会では開催の半年前にソ連がアフガニスタンに侵攻したためアメリカが不参加。結局ドイツ、日本も不参加でした。これらを考えると東京オリンピックは平和な中で行われた数少ないオリンピックだったといえると思います。さて84年の開催地はどこでしょう。

参加者●    ロサンゼルス。

水野●    そうです。このロサンゼルス大会はオリンピック史上、画期的な大会となりました。オリンピックは平和と人類社会の発展のための一大教育活動という高い精神性を持つものですから、ワールドカップや世界選手権とは色合いが違い、ノーコマーシャル。競技場には企業広告などはありませんが、当時のピーター・ユベロス委員長はオフィシャル・スポンサーというタイトルを作り、テレビ放映権の入札制を導入したのです。

それから20年、オリンピックは肥大化してきました。98年に起きたスキャンダルは皆さんもご記憶にあると思います。莫大なコストを要し、複雑化していく中で、私たちはもう少しコストを下げ、合理化するための改革を進めていかなければなりません。その手段の一つとして選手、役員の人数削減を考えています。現在は出場選手一万人、役員が五千人。全員を収容する選手村の施設だけを考えても相当な規模を要するわけですから、全体で一万人程が適当ではないかという検討をしています。そういう経緯の中で野球とソフトボールが公式種目から外される可能性が出てきました。2008年の北京オリンピックはまだ大丈夫でしょうが、12年のオリンピックでは危ない状況です。これは由々しき問題で、今、私はプロジェクトを組んで、何とか残そうと働きかけているところです。

我々は、これからのオリンピックがさらに健全で、そして世界によい影響を与えられるよう、様々な仕組み作りを着々と行っているのです。では、オリンピックの話はここまでにして、本題の「オリンピックと環境」の話に移りましょう。

環境問題の解決は私たちの意識的行動から


私は子どもの頃から、父が大きな反射望遠鏡で星を見せてくれたので、今でも星を見るのが大好きです。アメリカに4年間留学していた頃も、全くホームシックにかからなかったのですが、それは夜空の星座が日本で見ていたのと同じだったので、外国に暮らしている感じがしなかったんですね。ところがどうでしょう、帰国後、異動で大阪から東京へ来たら激しいスモッグで100メートル先のビルが霞んで見えるし、夜なんて星が全然見えない。もう腹が立ちましてね(笑)。そこでこれからは環境をしっかり守っていかなければいけないと思いましていろいろと勉強を始めたわけです。

皆さんもよくご存知でしょうが、地球は今、多くの環境問題を抱えています。地球温暖化、オゾン層の破壊、酸性雨、森林の減少、砂漠化、海洋汚染、有害廃棄物…。こういう問題に対し、92年にリオデジャネイロで国連環境開発会議が開かれ、“持続可能な開発”というキーワードが打ち出されました。今までのように経済発展ばかりを追い続けていると環境は破壊され続け、いつか我々は地球上で生存できなくなってしまう。
だから、今後は、経済発展と環境保全を両立していこうと提案されたのです。そしてこの考え方を基本に各政府機関・国際団体が独自の環境保全活動規約作成の際の雛形「アジェンダ21」が採択されたのです。

具体策としては、リデュース(Reduce=削減)、リユース(Reuse=再利用)、リサイクル(Recycle=再生)の3Rと、ゼロエミッション(排出物ゼロ)が打ち出されました。最初ゼロエミッションの話を聞いた時、私の会社はいくつもの工場からゴミを出していましたので、正直そんなの無理だと思いました(笑)。でも、排出物は、混ぜればゴミでも分ければ資源になるんですね。紙、プラスチック、金属など細かく分類すれば資源として工場から出せるわけです。食べ残しだって酵素を混ぜれば肥料にできる時代です。すなわち、私たちが環境を意識して行動すれば、循環型社会が実現できるというわけです。

では一体、スポーツと環境保全にはどんな関係があるのでしょうか。

大切なのは環境意識の「啓発活動」とできることから始める「実践活動」


私たち地球に住む者は全員、宇宙船地球号の乗組員です。皆さん、自分の家はきれいになさいますよね。それと同じように、私たちの宇宙船地球号も皆できれいにするべきで、スポーツ界も例外ではない、同じように義務があるわけです。ですから90年代に入り、IOCも環境について積極的に取り組み始めました。サラマンチ前会長は、それまでオリンピックムーブメントの柱であったスポーツ、文化に「環境」を加え、95年にはオリンピック憲章にも環境保全を盛り込みました。そしてNOC(IOCに加盟する国内オリンピック委員会)が環境保全に対して取り組みやすいよう「オリンピック・ムーブメント・アジェンダ21」という教科書がつくられました。

では、実際にどんなことを行っているかといいますと環境意識の「啓発活動」と「実践活動」の二つです。環境保全を謳ったポスターを多くの競技会場に貼ってもらったり、パンフレットを作成し、より多くの人々に環境保全の大切さをアピールするなどしています。こういう啓発活動は広い協力体制を得た方が効果的です。いまではテニス、サッカー、陸上、水泳、ホッケーなど多くの競技団体が積極的に協力してくれています。実践活動としては、JOCオフィスでは使用電力を減らしたり、ゴミ削減のため紙の使用量を減らす、分別を徹底する、さらに毎日出るゴミの重量を数値化しています。また、長野オリンピックの時は選手・関係者合わせて2万4000人分のスタッフユニフォームを完全にリサイクルできるナイロン素材で作りました。

さらに競技場にも持続可能なデザインが求められます。冬季オリンピックで使用するスケートリンクを凍らせる場合、一般的には効率的な冷媒としてアンモニアを使うのですが、万一漏れた場合は大変な悪臭と公害になるので、長野オリンピックでは別の場所でアンモニアを少量使って冷却したものを競技場に送り、間接凍結によってリンクを作りました。

私はこういった現実化できる取り組みを積極的に行っていくことはとても大事なことだと思っています。と同時に大事なことは、こうした精神と活動をしっかり次世代に引き継いでもらうことです。成功例だけに限らず、失敗例もきちんと引き継ぎ、進化させていくことがとても大事です。

現実的にこれらの啓発活動、実践活動を進める上では気を長く持たなければできません。そして継続性、適正なペース、実効性、リーダーシップを発揮しながら取り組んでいこうと思います。かけがえのない宇宙船地球号を美しいまま残していくために、私たちはスポーツ界の環境保全に力を尽しますので、皆様のご理解とご協力をよろしくお願い申し上げます。

会長●    IOC、JOCのオリンピックにおける環境保全活動を紹介していただき、改めて私たち一人一人が学び、身の回りからできることを始めるべきだと思わされました。私たち家族が以前、ドイツで暮らしていた時には、一週間に出せるゴミの量が決まっていましたので、毎日、主人に潰してもらっていたのを思い出しました。水野さんは、世界中を回っていらっしゃるのでご存知だと思うのですが、世界の先進国では、環境意識が一般の人々まで浸透しているのでしょうか。

水野●    世界で一番徹底しているのは、やはりドイツです。例えば、ビンは茶色、グリーン、無色透明の3色だけを使い、色ごとに収集とリサイクルができるようにしています。また、自動車も設計段階から各部品のリサイクル方法を想定して作られていますから、なんと言ってもドイツが一番でしょう。逆に遅れている代表格はアメリカです。映画などでは、きれいに映っていますが、家にはバックヤード(裏庭)があるので小屋でも建てれば、古い車でも何でも置いておけるし、国土が広いのでどこでもゴミを捨てられるのですね。先進国といえども環境意識は国によって全く違います。

会長●    2008年のオリンピックは北京で開催されますね。昨年、私は仕事で北京に行ったのですが、近代化が進んで豪華なホテルが林立していたり、おしゃれな人々も多く、驚きました。しかし、砂漠化による黄砂の影響で空気が悪いため、多くの人が平気で路上に唾を吐いていました。そのギャップを見ながら、美しい宇宙船地球号を守っていくには、本当に一人一人の意識を変えていくことが大切だと思いました。

水野●    中国は今、北京も、上海も、地上60、70階建てのビルが建ち並ぶマンハッタン状態で、さらにモータリゼーションも進んでいますから、スモッグがひどい。残念ながら、中国はまだ環境意識が低いので、北京オリンピックに先駆け、これから環境保全に対するプレッシャーをかけていくところです。各招致都市には環境保全に対する国の法律や都市の条例、空気・水・土壌の質、競技会場の環境に対する負荷などを評価基準の一つにして環境保全に務めるようプレッシャーをかけています。平和、愛国心、国際性…。オリンピックが放つメッセージ性。

理事長● 先程のご講演の中に環境意識の啓発活動のお話がありましたが、オリンピックは全世界が注目する祭典ですから世界中に環境保全、そして平和をアピールできる絶好の機会だと思います。いまこそ、古代、近代と時代は変わっても生き続けるオリンピック・トゥルースの精神が必要な時期ではないかと思います。世界中の人々、そして各国のリーダーたちにぜひ、平和のメッセージを伝えていただきたいと思います。

水野●    オリンピックの開会式では、サラマンチ前会長もジャック・ロゲ現会長も必ず世界平和に向けたメッセージを送っています。94年のリレハンメル冬季オリンピックでは、サラマンチ前会長が開会式で「Drop the Guns, Cease the fire(銃を降ろせ、戦火を止めろ)」と宣言後、すぐに紛争中のサラエボ(84年の冬季大会開催国)へ飛び、24時間の停戦を実現しました。

理事長● オリンピックは、国と国の競争の場でありながら、それを超えた温かい交流ができる場でもある気がします。政治的には敵対関係であっても、それを超えたスポーツマンとしての交流ができる。そういう意味でも大切な場であるように思いますね。

水野●    JOCでは選手たちにできるだけ選手村に入って生活し、他の国の選手たちと交流を持つよう勧めています。ライバルだけれども同じ場を共有するという意味では、戦友でもあるんです。ですから、同じオリンピックに出場した選手たちはどんどん仲良くなっていきますよ。

理事長● オリンピックは愛国心を感じる機会でもあるように思います。愛国心というと軍国主義的なイメージが先行してしまいがちですが、本当は自然に芽生えるものだと思うのです。オリンピックを見て、自分の国の選手を応援することで自然に愛国心が芽生える。そんな効果もあると思います。

水野●    愛国心はあって当たり前なものだと思いますが、自分の国を応援することで自然と自覚ができますね。と同時に相手の国を認めることもでき、ひいては国際性も育まれる、そういう効果もあると思います。

理事長● 最後に野次馬的な質問ですが、日本はメダルをいくつ取れそうでしょう。

水野●    前回のシドニーが18個でしたので、25個を目標に頑張ります。皆さん、ぜひ、応援してください。