第36回講演録

西辻一真

株式会社マイファーム代表取締役社長

テーマ

自然と人間の距離をこれ以上離さない生き方

プロフィール

1982年福井県生まれ。2006年京都大学農学部資源生物科学科卒業。在学中はダイズサポニンの研究で成果を残す。同年IT系マーケティング会社、㈱ネクスウェイに入社。07年㈱おこし設立。ネットショップの構築・運営事業を行う。同年、耕作放棄地の再生を目指し、一般生活者対象に体験農園事業を行う㈱マイファームを設立。2011年東日本大震災の塩害農地を微生物による土壌改良剤の開発によって復活させ、収穫した「復興トマト」が話題となり、多くのメディアで取り上げられる。2010年度農水省政策審議委員。著書『マイファーム 荒地からの挑戦~農と人をつなぐビジネスで社会を変える~』(学芸出版社)。

講演概要

私たち人間は、地球に誕生して以来、今日まで進化を遂げ、人口は数十億単位に達し、そのほとんどが経済活動を中心に生活しています。そして、経済活動を優先する効率化の追求を理由に、本来操作できる存在ではない「自然」も「人工」でコントロールしようとしてきました。しかし、21世紀は、「自然に近づく」ことが当たり前の時代になると私は考えています。耕作放棄地を「農業」で再生するため、一般生活者に「自分で作って自分で食べる」を畑で実践してもらう、体験農園事業を農業界で始めた者の視点から、「自然に近づく生き方」をテーマにお話します。

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講演録

私が生まれた福井県は、蟹が美味しい地域として知られていますが、実は米の栽培が有名な農業県です。しかし、減反などの理由から使われていない農地が多い地域でもあります。私は、子どもの頃から社宅の裏庭で大根などの野菜を作るのが好きでしたので、耕作放棄地が増えていくのがとても残念でしたし、もったいないと思っていました。その思いが、仕事の原点です。

人と自然をつなげたい

 今、マイファームという会社で、自分で作って食べる「自産自消」を提唱しています。そこで大切にしていることは、「人と農をつなぐこと」であり、「自産自消」する人が、その過程で、何かに気づいて欲しいということです。例えば、育てた野菜を家族で美味しく食べれば、家族の絆に気づけるでしょうし、農業の大変さを通して自然の偉大さにも気づくでしょう。そして、人間は食べないと生きられない動物ですから、農作物を作ることを通じて、食べること、生きることに向き合えるようになるはずです。すると、食べものに対する意識が変わり、カップラーメンでいいやという食生活は変わると思います。そういった様々な気づきを感じて欲しいと思っているのです。

それと、現代社会は、効率化を追求し、自動化を進めるあまりに、人間と自然の距離が離れる生き方へ向かっていると思います。それが幸せだと思う人もいるから、その方向へ世の中が動くのでしょうが、私は少し違うと思っています。これからは、世の中の資本を、自然が喜ぶ産業へ動かしていきたいと思っています。そうすることが、自然と人間が適切な関係を築ける方法の一つではないかと思うからです。

矛盾の中にも夢を見出す


この自産自消は、三つの事業で構成されています。一つ目は、誰でも気軽に、楽しく自産自消を始められる入口として、耕作放棄地を利用して行う体験農園「マイファーム」を全国80カ所で展開しています。また、体験農園をきっかけに、さらに農業に興味を持った方が学べる専門学校「マイファームアカデミー」を全国6カ所に設けています。そして卒業後、さらに農業を続けたい、独立したいという方を応援するために、宮城県、福井県、滋賀県に「直営農場」を設け、農地や農具の貸与や雇用などの体制をとっています。数年前までは、農業といえばセカンドライフのご年配、ロハス志向の人が対象のイメージがありましたが、最近では若い方やファミリーで興味を持ってくれるようになりました。

自然は、人間の都合に時間の速度を合わせてくれません。工業製品であれば、機械を使って納期を短縮できるし、私たちの生活であれば、タクシーで移動したり、食事をしながらパソコンをするなど、効率化を図って、自分の都合に時間を合わせることができます。でも、自然相手の農業は急ぐことができません。ですから逆に、ご年配でも、効率を追求する社会のストレスから心に病を患った人でも、どんな人でも受け入れられる産業ともいえます。

また、自然は、貯えることもできません。私は、人間は、この貯える行為を覚えたことで、自然から離れるようになったのではないかと思っています。貯えることは、未来への保障の獲得で、一番分かりやすいものにお金があります。

マイファームは、株式会社なのでお金を回す経済の仕組みの中に存在する以上、お金を貯えて、自然が喜ぶ産業を充実させるミッションがあります。ある意味、矛盾を抱えています。でも、マイファームのスタッフは、この会社で実現したい夢を考え、その実現に向けて力を注いでいます。例えば、夢の一つに「都市からの帰農」があります。田舎の資産である自然を生かした仕事を増やせれば、東京から抜け出したいと思う人たちが、仕事のあるなしを気にせず、都会から田舎へ戻れるかもしれない。こういうことも自然と人間の距離を適切に保てる一つになるのではないかなどと考え、仕事をしています。

日本、世界の耕作放棄地をなくしたい


我々の事業は、農家の減少など、様々な事情から1年以上耕作されない耕作放棄地を素材にしています。現在、全国に40万ヘクタールあると言われているこの耕作放棄地で、政府はもう一度農作物を作ろうと言いますが、そこで農業をしていた方が、続けられなかった理由があるわけですから、人を変えて同じ農作物を作るのではなく、発想を変えて、違う産業をした方がいいと思っています。体験農園も農業だと思われるかもしれませんが、正確には、農業を材料にした趣味の産業、マイファームアカデミーは教育事業という視点から展開しています。

ただ、東北の被災農地だけは別で、農業によって再生させたいと思いました。ある意味、日本の中で最も耕作放棄地と言える被災農地に対して、今まで自分がやってきたことを生かさなければ、誰がやるのだという気持ちでした。私は、津波を被った土を調査し、母校の大学の協力を得て、塩分濃度を下げる資材の研究を重ね、海洋微生物とサンゴによる塩害除去剤をつくりました。

被災地では、若いよそ者が威勢を張っていると片づけられ、なかなか取り合ってもらえませんでしたが、説明と説得を続けるうち、岩沼市の農家の方が、やってみろと言ってくれ、11年6月にトマトを実らせることができました。これは、「復興トマト」という名で岩沼市のブランド品になっています。その年の11月には、宮城県亘理町の広大な農地に、塩害除去剤を散布後、トマトの栽培時期ではないので、土壌の塩を抜く効果があると言われる菜の花の種を全国から集まったボランティアの方々と一緒に撒きました。

実はこの時、復興にのめり込み、国から農家への復興交付金が下りるまでの間、再興費用約1500万円を会社で立て替えたため、責任をとって頭を丸坊主にし、社長を一度下りています。現在は、その農地を直営農場として事業化したので、私は社長に戻りました。この期間、絶妙なタイミングでNHKの番組が密着取材したので、この様子も全て放送されました(笑)。当時は、「会社を放り出している」と、責める矢がたくさん飛んできました。反省はしていますが、他の人の喜びや、社会変革につながるという、自分が生きる上で大切にしている大きなミッションを果たせたことは、幸せだと思っています。

これからも、日本中の耕作放棄地を、自然が喜ぶ産業として活用できる、あるいは森に帰すなどして、なくなるまで頑張りたいと思っています。日本の耕作放棄地がなくなったら、次は世界へ向かいます。中国やトルコなど、塩害が出ている国、あるいは食糧難の国で、世界中の耕作放棄地で農作物を作ったり、自然と人間が近づける活動をしていきたいと思っています。

○質 疑 応 答 ○

参加者● 気候変動から、最近、LEDなどを使った水耕栽培など、効率を重視した生産方法を耳にしますが、これはどのようにお考えになりますか。

西辻● 気候変動だけに限らず、人口増加と農作物の生産量の関係がありますので、一概に食糧の増産を反対する気はありません。ただ、マイファームは、それに手を出さない方針をとっています。確かに、計画的な収穫と出荷は、食べる側からするとありがたい話かも知れませんが、本質を考えると、農業本来の良さを見失う気がするんですね。例えば、アフリカの砂漠など、農作物の生産に不向きな場所では止むを得ないかもしれませんが、やはり農業は、自然に即した産業であるべきだと思っています。

参加者● 気候変動によって、50年後の日本全国の農作物のマップが、例えばリンゴの適地は長野県から北海道になるなど、大きく変わると言われています。遺伝子組み換えによって、気候変動に強い種を作ることもできますが、固定種(人工的な交配をしていない種)の大切さも重要視されています。マイファームでは、どのように教育活動をされていますか。

西辻● 固定種は、栽培に手がかかるので、初めて家庭菜園に取り組む人のために、以前は、固定種を使ってホームセンターで買ってきた種を使っていたこともありました。しかし、私は大学時代に遺伝子の研究をしたこともありますが、仮に食糧難を想定したものであっても、やってはいけない領域だと思います。今、固定種といってもわからない人は多いと思います。少しでも知ってもらうこともマイファームの活動だと思っています。

参加者● 現在の経済の観念のままでは、農家が自立するデメリットが多く、最初の一歩が踏み出せないケースも多いと思います。そのあたりは、どのようにフォローされていますか。

西辻● 新しく農家で自立する方に必要なのは、次の三つだと思います。
まずは、仲間をつくること。先日、行ってきた北海道で一番小さな村と言われる音威子府村では、完全な自給自足で、農作物による平均年収は100万円だそうです。自給自足で食費が賄えられるので、北海道であれば、生活をすることは可能でしょう。ダウンシフトを進めるわけではありませんが、年収600万円の人の中に年収100万円の人が一人だけだと不安ですが、逆であれば不安にならないはずですから。

二つ目は、自分の暮らしに自信を持つことです。自分の暮らし方は新しいという自信を持ち、自分の生き方に責任を持てれば、どんな生き方しても自由だと思いますし、経済合理性の中に組み込まれなくても良いと思います。

三つ目。これからは農作物を栽培するだけでなく、作り方が教えられ、かつ、その農作物の栽培によって地域の活性化や発展などが語れることが大切です。大規模農業も食糧の観点から見ると大切ですが、こういう複合的な小規模農業が成熟していかなければ、農業の工業化がどんどん進み、しまいには全部、植物工場で農作物を生産するという話になりかねませんので、こういう世界は非常に大事だと思います。