第38回講演録

畠山重篤

NPO法人 森は海の恋人 理事長、京都大学フィールド科学教育研究センター社会連携教授

テーマ

森は海の恋人~人の心に木を植える~

プロフィール

1943年中国上海生まれ。宮城県立気仙沼水産高校を卒業後、家業の牡蠣養殖業を継ぐ。海の環境を守るには、海に注ぐ川、上流の森を守ることの大切さに気づき、漁師仲間と共に「牡蠣の森を慕う会」を結成。89年より気仙沼湾に注ぐ大川上流部で広葉樹の植林活動「森は海の恋人運動」を開始。2009年NPO法人森は海の恋人を設立。東日 本大震災で牡蠣養殖場の施設等を全て失うが、コンクリートの防潮堤に頼らず自然環境を活かした地域づくりのため、湿地保全の活動を展開している。今年公開予定の映画『地球交響曲第8番』に出演。朝日森林文化賞(94年)ほか受賞多数。

講演概要

2012年2月、国連森林フォーラム(UNFF)より、森林保護に貢献した「フォレスト・ヒーローズ」に選出され、ニューヨークの国連本部で表彰を受けた。

どうして、海の男が「森林の英雄」に?森には3つある。山の森・海の森・心の森。それを教えてくれたのはカキだった。

巨大津波に襲われた大震災から2年半。フォレスト・ヒーローズの道は東北再生のみならず、日本、そして地球の再生への道につながっている。

講演録

今日は12月11日です。私たちは、毎月11日を月命日と呼んで、東日本大震災で亡くなった方を偲んだり、仏前にお線香を手向けています。

私が住む三陸地方も東日本大震災で壊滅的な被害を受けました。気仙沼だけで1000人を超える方が亡くなり、未だに200人を超える行方不明者がいます。津波の常習地帯である三陸は、至る所に地震の際の津波に注意を促す石碑が建っていますし、50年前のチリ地震津波も体験していますから、あの日、それと同じくらいの規模の津波を予測して身構えていました。ところが、体感ではチリ地震津波の10倍、高さは20m以上で4階建てのビルくらいの巨大な水の壁が迫ってきました。津波は、押し寄せる力はもちろんですが、引き波の水圧の方が凄まじく、巨木が根こそぎ流されていきました。私は、牡蠣の養殖業に関するもの全てを失い、そして最愛の母も亡くしました。

京都の石清水八幡宮の宮司様から聞いた話によれば、昔の人は「海は必ず取り返しに来ることを忘れるな」と言っていたそうです。今回、津波で大きな被害を受けた場所は埋立地、つまり海だった場所です。現在建設中の高台の宅地造成地からは、縄文人の遺跡が発見され、海辺で見つかった縄文遺跡貝塚は、今回の津波に襲われた位置よりも高い場所から見つかっていますから、やはり昔の人は安全な場所を知っていたのです。日本の太平洋ベルト地帯は、全て埋立地です。「海は必ず取り返しに来る」。この言葉を頭の片隅に置いておく必要があると実感として捉えています。

森は海の恋人


津波の後、海から生き物の姿は消えました。私は、海が生物を育む力を失い、死んでしまったのではないかと心配でした。

牡蠣は、川の淡水と海水が交じり合う汽水域と呼ばれる海域で育ちます。汽水域では、川が運ぶ森の養分によって牡蠣の餌となる植物プランクトンが育つのです。日本では、壊滅的な被害にあった北上川の河口にある石巻の万石浦が産地として有名で、そこでとれる牡蠣の子どもは、フランス、アメリカなどに輸出され、世界中で養殖されるほとんどの牡蠣のルーツになっています。

東京湾も汽水域です。きれいな湾とは言えませんが、魚種が大変多い。東京湾に流れ込む多摩川の上流は、武蔵野の雑木林です。日本は国土の7割が森林です。中央にある脊梁山脈を分水嶺として、日本海と太平洋へちょうどいい具合に川は流れ落ちて行きます。二級河川まで入れると川の数は3万5000。日本中、どこの海辺に行っても魚や貝がとれる理由です。

私は、そういう視点に立って、この国の将来像を描くことが重要だと牡蠣の養殖をしている人間として気づき、平成元年から気仙沼の漁師たちと「森は海の恋人」というスローガンを掲げ、木を植える活動を続けてきました。しかし、津波で海から生き物が姿を消したのを見て、このまま復活しなかったら、自分たちの活動には意味があったのだろうかと考えていました。

震災から2ヶ月ほど経ったある日、孫が海に魚がいると言うので行ってみると、小魚が海辺で跳ねていました。私は、京都大学の知り合いの先生に頼んで植物プランクトンの数を調べてもらったところ、魚が食べきれない程の数がいるとおっしゃる。森で作られた養分は川を通じて海に安定的に供給されていたのです。私は、これでまた牡蠣の養殖ができる、植林活動の方向性も間違っていなかったと、胸をなでおろすと同時に森と海の関わりを世界へ発信していくことが改めて重要だと思いました。

森と川と海と鉄


では、森と川と海は科学的にどのように繋がっているのか。北海道大学名誉教授の松永勝彦先生に教えていただいたのですが、意外にも生命と鉄分の関係が見えてきます。人間の60兆の細胞へ酸素を運ぶ血液。この血液の赤い色素であるへモグロビンの元素は鉄。つまり、鉄は体の隅々へ酸素を運ぶ役目があるわけです。植物にとっても光合成に必要な葉緑素は鉄の力がないと作れませんし、成長するのに必要な要素、窒素・リン酸・カリウムを吸収するにも鉄の力が必要です。
岩手大学で肥料を研究し、植物と鉄の関係を知っていた宮沢賢治は、冬になると田んぼに鉄分の多い赤土を入れるように農家へ指導していたそうです。

地球は「水の惑星」と言われていますが、それは見た目の話で、重量で比較すると、水は海水を含めてもたった0.03%、鉄分は30%。地球は「鉄の惑星」と呼んでもいいくらいです。しかし、その鉄分は、土に多く含まれ、海には少ない。先ほど、東京湾の鉄分は多摩川が武蔵野の雑木林から運んでくるとお話ししました。川の水は酸素が多いのに、なぜ鉄分は錆びずに海へ到達できるのでしょう。松永先生の研究によれば、森の腐葉土からできるフルボ酸が、水に溶けてイオン化した鉄に結合することによって錆びを防ぐのだそうです。この成分をキレート成分といいます。

生牡蠣にレモンをかけるのは、レモンの中のフルボ酸に似たクエン酸によって、そのままだと吸収されにくい牡蠣のマグネシウム、カルシウム、亜鉛などのミネラルを体内に吸収しやすくするためです。人間が摂取できるキレート成分はクエン酸、自然界のキレート成分はフルボ酸というわけです。科学的に森、川、海、鉄の関係がわかるようになったのですから、川をきれいにする、環境を破壊するダムはなるべく作らない、また土木技術者の方には、ダム湖にたまったフルボ酸を海へ届ける技術を開発するような設計思想へ変えていくことが求められる時代だと思います。

森林分野のノーベル賞、フォレストヒーローズを受賞


私は、2012年の2月に国連から森林分野のノーベル賞と言われる「フォレストヒーローズ」をいただき、受賞式のためにニューヨークの国連へ行きました。この賞は、2011年の世界森林年に、森林保全をしている民間人がアジア、ヨーロッパ、アフリカ、北米、南米の五大陸から一人ずつ選出されました。私の場合は、復興支援や、京都大学での教鞭とフィールドワーク、環境教育などの実績から選ばれたようです。平成2年から行っている体験学習では、これまでに一万人もの子どもたちを受け入れ、その中からは学者が育ち始めています。実績は一人では作れません。ここまで一緒に活動してきた仲間を代表していただいた賞だと思っています。

ニューヨークには『カキじいさんとしげぼう』という絵本を英訳して持っていきました。しげぼうは、幼少期の私の愛称です。カンブリア紀から地球に存在し、5億年の歴史を知っている牡蠣じいさんから、しげぼうが様々なことを学んで成長し、やがて山に木を植え始めるという自伝的な絵本です。ただ絵本を持って行くだけでは面白くないので、”The sea is longing for the forest, the forest is longing for the sea.” という短文を絵本に忍ばせました。”long for”とは、お慕い申し上げるという意味です。つまり海は森を慕い、森は海を慕う相思相愛の関係、「森は海の恋人」だというメッセージです。

“long for”という熟語は、「森は海の恋人」の英訳に行き詰まっていた時、ご縁があって皇后様がご提案くださいました。このメッセージを国連でご紹介したところたくさんの拍手をいただきました。”long for”は、キリスト教国の人は誰もが知る旧約聖書からの慣用句だったのです。

「森は海の恋人」の活動は、様々な接点を持って広がりを見せています。これからも森と海は相思相愛のメッセージを伝えていきたいと思います。