第39回講演録

海部宣男

国際天文学連合会長、国立天文台元台長・名誉教授

テーマ

地球の生命と 宇宙の生命

プロフィール

1943年生まれ。野辺山の45m大型ミリ波望遠鏡やハワイの口径8.2mすばる望遠鏡、アルマ巨大電波望遠鏡などの建設をリードし、「ミリ波天文学の開拓」で仁科記念賞、「星間物質の研究」で日本学士院賞を受賞。生命が宇宙でどのように生まれたかが、若い頃からの関心。科学を主とした書評を続け、『世界を知る101冊』で毎日書評賞(毎日新聞社主催)。『宇宙の謎はどこまで解けたか』など、天文・科学の一般向け著書多数のほか、古今の詩歌や宇宙観に関する『宇宙をうたう』、『天文歳時記』、最近では『アジアの星物語』などの著書・編著書がある。

講演概要

すでに全地表を覆い尽くしている、人間の文明。その未来は、地球史・生物進化史・生態系を含め、地球を一つの惑星として捉えなければ見えてきません。おりしも天文学では観測技術が目覚ましく進歩して、夜空に光る無数の恒星を回る無数の惑星系の存在が見えてきました。21世紀の天文学は、これら太陽系外惑星の中に「第二の地球」を探し、さらにその上に生命の兆候を見つけることを目指します。地球外の文明探索も、科学的に検討されています。宇宙の中の惑星や生命に迫る天文学の最前線を紹介しながら、私たちの地球や文明や科学についても、改めて理解を深めてゆきたいと思います。

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講演録

宇宙・物質・地球・生物の進化

138億年前、宇宙は超高温・超高圧の状態からビックバンと呼ばれる急膨張を開始し、膨張とともに冷えて、およそ10億年たった頃には、星とその集合体である銀河が無数に生まれました。円盤形の銀河の中には暗黒星雲と呼ばれる低温の雲が漂い、自己重力で縮んで、たくさんの恒星を生みます。恒星は核融合反応で様々な元素を合成し、一生の終わりには赤色巨星や超新星となって物質を宇宙にまき散らし、それらがまた暗黒星雲となり星になるという、巨大な物質循環が進んでいます。酸素・炭素・鉄やウラニウムなどの重元素がこうして銀河に蓄積され、恒星の誕生のおまけで地球のような惑星が生まれるようになると、その上では非常に複雑な反応をする生物と呼ぶ物質系も登場しました。

この宇宙・天体・物質の進化をもたらした物理法則は、宇宙のどこでも同じように働いています。しかし、その中で変化が蓄積され、偶然が働いて、天体も物質も変わってゆく。宇宙は永劫不変ではなく、物理法則のもとで働く無数の偶然と後戻りのできない変化とを積み重ねて、多様化してゆく世界なのです。

次に、地球の生物を見ましょう。地球の誕生は46億年前。約40億年前に海ができると、生物は割と早い時期、遅くとも37億年前には出現したと考えられます。従って生物そのものは、いわゆる「奇跡」ではないと考えてよいでしょう。最初の生物は小さくて単純な構造の原核細胞生物で、細菌はこの仲間です。次に誕生したのは、DNAを核膜に包み酸素でエネルギーを生成し、目的に応じたタンパク質合成など、内部に働きの違う構造を集めた巨大な真核生物です。真核細胞内のミトコンドリアや葉緑体は、巨大な真核細胞の祖先にとりこまれた原核細胞が元になったと考えられます。つまり真核細胞は、小さな原核細胞との共生から生まれた、第2次生物ということです。さらに、その真核細胞が集まり、分業して一つの個体となったものが多細胞生物で、これは第3次生物です。人間も60兆の真核細胞でできています。私たちはこうした地球の生命進化の歴史の上に存在しています。現在も活動している第1次生物から第3次生物まで、その全体が「生態系」を作っているのです。

地球外生命の可能性

では、地球外に生物はいるのか。まず思い浮かぶのは、火星でしょう。火星は小さいので空気が逃げ出して薄くなり、寒くて凍りついています。しかし30億年前は暖かく、雨が降り、川が流れ、海もありました。すると地球と同様、生物が生まれたかもしれません。詳しい探査が楽しみです。

太陽系の外には、たくさんの恒星をめぐる無数の惑星があります。1965年の初検出以後、太陽系外惑星は急激に増えています。NASAのケプラー宇宙望遠鏡は、4千個を超える惑星候補を発見。地球のような小型岩石惑星も、たくさんあることがわかりました。地球と太陽のように中心の恒星からの距離がちょうどよく、惑星表面に海の存在が可能な「ハビタブルゾーン」を回る惑星は、天の川銀河系に1億個はあるでしょう。これらを詳しく観測すれば、オゾンの吸収線など、生物存在の証拠(バイオマーカー)が見つかるかもしれません。そうした観測を目指して、口径30m級の次世代巨大望遠鏡の建設が、国際共同でスタートしています。他の惑星に生物が見つかれば、地球の生物は特別な存在ではなくなります。私たちの生命観・人間観にも、非常に大きな影響を与える可能性があるわけです。

比較文明論からの考察

人類という生物について、人類文明の視点から見てみましょう。人類文明の発生はどんなに早くても1万年前。地球史の中では、ごく最近です。生物の登場は早かったけれど、人間のような知的生物に至る進化には、非常に長い時間がかかったわけです。

東京大学名誉教授の伊藤俊太郎氏(比較文明論)は、文明を基準とする地球生物史を、5つの「革命」で区分しました。200万年から20万年前が、道具や芸術など現代人と同じ発想を持つようになった「人類革命」の時代。農業が始まった1万年から5000年前が「農業革命」の時代。5500年から4000年前に大河の流域で始まった「都市革命」の時代。アリストテレスや釈迦が活躍した紀元前7─5世紀あたりを「精神革命」の時代、17─18世紀を「科学革命」の時代としています。

この比較文明論から見た大きなポイントは、文明に向かう何度かの「革命」が、複数の地域で同時発生的に起きていることです。例えばメソポタミア、インダス、黄河で起きた都市文明は、人間精神に大きな影響を及ぼす組織宗教や哲学をそれぞれに生み出しました(精神革命)。人間の精神活動がその域に達したというより、大河流域に形成された巨大な人間社会が、精神革命を生み出したといえます。

「真社会性動物」である蟻の研究の世界的権威エドワード・ウィルソンは、人間は集落・社会を作ることで成功し、発展したが、それがまた深刻な問題も引き起こしたと考えています。蟻も社会を作りましたが、1千万年以上の時間をかけました。ところが、人間は進化+知能によって社会性を非常に早く築いたため、周りの生態系と共進化できず、深刻な生態系の危機を招いたというのです。

また、人間は社会の中でしか生きられない動物になり、グループ本能が進化して強い同族意識を持つようになりました。同族意識は、特に組織宗教などに強く表れ、争いを生むことになったと主張しています。

科学と宗教、その役割

そこで科学と宗教について、私の考察を申し上げます。キリスト教、イスラム教などの一神教は、世界を創った全知全能の神に全運命を委ねます。神はもともとは部族の神だったので、部族主義、民族主義的な対立の要因になりがちです。一方でキリスト教では、神が創った世界を説明しようと天体の運行を観測し、理論化して、ついに天動説の矛盾を暴きました。これが原動力ともなって、近代科学が生み出されたと言えるのです。

仏教に話を移します。仏教は科学と相性がよい唯一の宗教です。創造神がない仏教は宗教ではなく哲学だという人もいますが、これは西欧的視点による意見でしょう。仏教は神による世界の創造を前提としませんが、仏(真理)は山川草木に偏在する、自然はそのままに受け入れるという思想を基礎として、人間がどう生きるかという深い認識論や哲学、心理学が研究されました。一方で自然を厳しく観察しようという動機は薄く、仏教は科学を生み出しませんでした。

では、科学とは何か。簡単に言えば、「知ること」に尽きます。世界を、身の周りを、事実を「知る」ことです。もともと「サイエンス」の語源は「知ること」なのです。皆さんは「科学技術」という言葉を思い浮かべると思いますが、科学は「知る」こと、技術は「作る」こと。科学には望遠鏡が必要で、そのためには技術が必要です。そして良い望遠鏡を作るには科学が必要。現代の科学と技術とは、こういう密接な関係にあります。そもそも人間は、知りたがりの動物です。好奇心で探求し、得られた理解を蓄積して文化を発展させ、文明を築き、様々な環境に進出して、大発展を遂げました。人間が長い間積み重ねた「知りたい」という活動は私たち人間の本能です。

さて、科学と技術で開いてきた人類文明は、差別、対立、戦争など山積する問題に対応していかなければなりません。ここで科学が重要になるのは、科学は自然界や世界で起きている事実を知り、その理解を拡げ、未来の予測も計算やモデル化によって、ある程度はできるということです。実際、もし科学がなければ、私たちは人類文明がもたらしている汚染や生態系の破壊の実体も知らず、のんきに暮らしていることでしょう。事実を調べ、警鐘を鳴らし、何とか解決しようとする。これが、科学の大事な役割です。一方、宗教の役割は何か。ダライ・ラマは、科学と仏教が共同で人間の心理を研究することで、問題に対応できないかと言っています。人間が私欲や同族意識だけで動いては困るわけで、そういう人間の心や人間性、そして集団の中から生まれた倫理観に働きかけるのが宗教の役割です。科学と宗教は相互に補い合うべきですし、それは十分可能だと思います。

人間は、実は第4次生物であると、私は考えます。言葉や文字を通じて個体や世代を超えて知の共有ができる、唯一の生物だからです。知を共有する能力を生かすこと。これが人間の最大の武器になるでしょうし、将来の様々な脅威にも立ち向かえるのではないかと思っています。