第43回講演録

舘岡康雄

静岡大学大学院教授

テーマ

SHIEN(支援)学:新しい時代の生きかた・働きかたへ

プロフィール

1953年生まれ。静岡大学大学院教授、SHIEN(支援)学会会長。博士(学術)。東京大学応用化学科卒業。日産自動車中央研究所に入社し、研究開発、生産技術、購買、品質保証部門を経た後、人事部門にて世界一のV字回復と謳われた「日産ウェイ」の確立と伝承を推進。96年「プロセスパラダイム」という概念を提唱。01年からSHIEN(支援)学を確立し、国内外で活動を開始。モスクワ大学エグゼクティブMBA、北京大学光華管理学院、スタンフォード大学など講義、講演多数。著書『利他性の経済学:支援が必然となる時代へ』(新曜社)、『世界を変えるSHIEN学:力を引き出し合う働きかた』(フィルムアート社)、『シナジー社会論:他者とともにいきる』(東京大学出版会)ほか。

講演概要

今、世界は大きく変わりつつある。競争を前提に、強い「もの・こと」が生き残るという考えは、時代遅れとなった。むしろ、関係(あいだ・つながり)を中心に、互いの力を引き出し、生かし合う時代に入った。それを「プロセスパラダイム」と定義する。プロパラの時代では、問題の定義や解き方も、個人や組織や国家の在り方も全て変わる。

なぜ、毎日100万円ずつ5000年間、返済しなければならなかった大手自動車会社の負債が、わずか4年で完済できたのか。社会的ジレンマは、どのように解消されるのか。答えは、「させる・させられる」から、互いに「してあげる・してもらう」というSHIEN原理にあり、これによって未来は開かれていく。それは、新しい精神と生命の科学の扉を開くことであるかもしれない。

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講演録

西洋から入ってきた文明は、あなたはこれをする人、私はこれをする人、建設省は道路、文科省は学校をつくるという、分業による合理性を追求してきました。私たちも、それが豊かになり、幸せを感じられる方法だと思ってきました。ところが、物質的には豊かになりましたが、エネルギー、生態系にも世界は限界に差し掛かりつつあります。人と人、人と自然、いろいろなものが切り離されていて、この切り離されたエージェントによる要素還元的な合理性はすでにやり尽くされたように思います。これからは、逆につながりが求められ、それがもたらす合理性を実現しないとならないのです。

別の言い方をすれば、20世紀は、大事なものは、目に見える仕組みや物、それに伴う論理で、始めから目標となる結果と、それに至る方法に向けて物事が進められました。このようなあり方をSHIEN学では、結果を重視するリザルトパラダイム(以下リザパラ)と呼びます。もはや過去のパラダイムです。また、技術の進歩と共に、世界はスモールワールド化し、一つの生き物のようにエージェントが関係性を持ちながら、絶えず変動する不確実で複雑性が当たり前の時代に入り、どのような事態が起こるのか、誰も予測できなくなりました。このような時代をSHIEN学ではプロセスパラダイム(以下プロパラ)と呼びます。

こうした激しい変化が当たり前の時代では、矛盾や、計画通り物事が運ばない事態も起こります。私が30年近く務めた大手自動車会社のN社とフランスの自動車会社ルノーが提携した時もそうでした。日本とフランスでは、法体系、商習慣をはじめ、全くルールが違いますから、互いの想定通りに物事は運びません。しかし、成果を生み出さなければならない。こうした場合、重なりのなかったところに重なりをつくり、互いを受け入れ、互いの力を引き出し合いながら、効果を生み出していくということが有効なのです。つまり、時代は、従来のトップダウン式の物を重視した「させる、させられる」ことを交換する「リザパラ」から、心やつながりを重視して、重なりながら新たな答えを生み出す、双方向の「プロパラ」の時代に入ったといえます。

自分と相手の力を引き出し合う「SHIEN(支援)学」

このプロパラで、大切になってくるのが、「SHIEN(支援)学」です。SHIEN原理とは、従来、重なりのなかったところに、重なりをつくり、「させる、させられる」ではなく、「してもらう、してあげる」ことを交換するという、非常に簡単な原理です。漢字の「支援」は、強者が弱者に、上位者が下位者へ施しをする概念ですが、「SHIEN」は、地位や名誉は関係ない対等感の中で、「してもらう、してあげる」ことで問題を解いていきます。これはプロパラの時代には、強者であっても、支援してもらうことが不可欠になってきたことを意味しています。

SHIEN学は、相手の力を引き出したり、相手からも自分の力を引き出してもらったりしながら、参加者の誰もが想定もしなかった、誰もが納得する答え(第三スペース)を生み出すことが原則です。そのような活動を連続的、連鎖的にすると、相乗効果が生み出されていきます。その引き出したり、引き出してもらったりする能力を「してもらう能力、してあげる能力」と呼んでいます。

では、「してもらう能力」とは何でしょう。自分が相手に何かをさせるのではなく、自分が相手から支援を得られる力です。この能力こそが、SHIEN学で最も大事な能力です。なぜなら、人を支援することより、人から支援される方が難しいためです。支援を得られるかどうかは、相手の意思決定問題だからです。
21世紀のプロパラの時代には、人々も組織も国家までもが、この能力を磨かなくてはならなくなります。この「してもらう能力」という概念は、日本でも世界でも、私が初めて提言した言葉です。
実際に、「してもらう能力」を発揮して、地域の問題に取り組んでいる市があります。静岡県牧之原市です。この市の職員は、全員SHIEN学の研修を受けています。

海に面し、原発にも近いこの市は、防災計画を地元の高校生、大学生、自治会、消防署員、警察署員など地域住民の手で作成しています。重なりのなかった人たちが何十回もワークショップを開いて、「してあげる、してもらう」行為を交換し、自分たちの手で自分たちの街を守るための計画を立てました。これが日本のマニフェスト大賞を受賞しています。

「してもらう能力」の例をもう一つ。N社は、1999年当時、月100万円ずつ5000年間、返し続けなければならないほどの負債がありました。その状態から、わずか4年で復活を果たします。その復活の背景には、V-FASTという問題の解き方の大変革がありました。それを説明しますと、問題を抱えている人、これをパイロットと呼びますが、パイロットは、ある意味、人事権を超えて、10人程度を社内から集めることができます。彼らは、クルーと呼ばれ、自分の仕事を一日止めて、パイロットが指定する会議室に集まらなければなりません。
クルーたちの考え方や価値観は、当然、部署ごとに違いますが、リザパラのような予想される結果に向かおうとせず、重なり合いを大事にして話を進めていきます。すると、パイロットの問題に対するユニークな発想や、企業、社員、お客様、社会のためになる新しい解決法が立ち上がってきます。これを、私は第3スペースにジャンプすると呼んでいます。

同社では、こうした体験を何万人もの人が体験し、千数百億円の利益を上げていました。つまり、問題は、リザパラのように、担当部署の上司と部下が解くのではなく、集められた皆が重なりをつくって、「してあげたり、してもらったり」しながら、解いています。これが、プロパラの問題の解き方といえましょう。

プロセスパラダイムを超えた未来には

このような問題の解き方には、私は、5つの効果があると見ています。1つ目は、会社の問題が確実に一つ解けること。2つ目は、自分のためにたくさんの人が支援して問題を解いてくれたことへのモチベーション。3つ目は、指名された側は、たとえ自分の仕事が一日分、山になっても、自分に声がかかったとか、自分も同様にしてもらえるという喜びが得られる。4つ目は、既成概念を超えた新しい問題解決方法との出合い。5つ目は、本当の自分が立ち上がるということ。

この5つ目はSHIEN学でとても大切にしているポイントです。では、本当の自分とは何でしょうか。幼い頃から触れてきた、テレビや本で得た情報、偏差値や学歴など、外側のものから見た自分を自分自身だと思ってしまいがちですが、本当の自分は、その奥へ入り込んでしまっているのです。

ある雑誌に、ボランティアという活動は、ボランティアをされる側より、する側の人のためになっている、最高の利己的な行為であると書かれていました。大変興味深い内容です。SHIEN学では、人のために何かをする時、自分の中の何かが動き始めるのです。そして、「してあげる」ことが、同時に自分に「してもらう」ことになるのです。

プロパラでは、「してもらう能力」を互いに発揮して、互いに「相手のために少しだけ」をし合う土壌ができることが必須です。この決断が、社会をよくする鍵概念です。官公庁の取り組みも同じです。互いに重なりをつくって「してあげたり、してもらう」ことができたら、莫大な国家の負債も解決していくでしょう。
自分は相手に寄り添い、相手には自分に寄り添ってもらう。個人関係も国家関係も自分の力を磨き上げるリザルトパラダイムの時代から、相手と一緒に答えをつくり合う力が大事なプロセスパラダイムの時代に入りました。そして、プロセスパラダイムの時代を超えた未来には、人々や組織が、互いの答えになり合い、連鎖していく時代がくるのです。これをSHIEN学では、コーズパラダイムの時代と呼んでいます。コーズパラダイムは、人類が最後に迎える姿といえるでしょう。

皆さん、SHIEN学で、共に新しい時代に向かって行こうではありませんか。