第44回講演録

西條剛央

株式会社本質行動学アカデメイア代表・早稲田大学大学院(MBA)客員准教授

テーマ

より良い社会をつくるためのヒント~「人を助けるすんごい仕組み」と「本質行動学」の視座から~

プロフィール

1974年宮城県仙台市生まれ。早稲田大学人間科学部卒業。同大学院博士号(人間科学)取得。専門は組織心理学、哲学、質的研究法。独自に体系化した「構造構成主義」をもとに2011年「ふんばろう東日本支援プロジェクト」を設立し、日本最大級の総合支援組織に育て上げる。2014年同プロジェクトは世界的なデジタルメディアのコンペティションであるアルス・エレクトロニカのコミュニティ部門で、ゴールデン・ニカ賞(最優秀賞)を日本人として初受賞。同年「ベスト・チーム・オブ・ザ・イヤー2014」も受賞。2015年物資支援のシステム「スマートサプライ」を構築し、国内外の災害地の支援活動を開始。著書『人を助けるすんごい仕組み』(ダイヤモンド社)、『チームの力』(筑摩書房)ほか多数。

講演概要

心理学や哲学から独自に体系化した、価値観や信念の対立を超える理論「構造構成主義」を活かした東日本大震災でのボランティア組織運営を出発点に、経験から得た多くの学び、また、多様化が進む社会で必要とされるリーターシップ、人々を幸せにするための良い組織・良いチーム作りの大切なポイント、そして、あらゆる場面で実践に活かせる「本質行動学」からの視点・考え方等をお伝えします。

講演録

構造構成主義の3原理
1.人間の原理

「構造構成主義」。私がなぜ、これをつくったかというと、例えば「心理学」と聞いた時、皆さん一つの学問だと思われるかもしれませんが、実は、発達心理学、社会心理学というように細分化され、それぞれに違った研究がなされています。これは心理学だけに限ったことではなく、科学や他の学問でも同様です。すると、同じ分野でも研究領域ごとに自分の研究が正しいと思っているので、衝突や対立が起こることがあります。そうしたものを見続ける中で、誰もが納得できて、「何にでも通用する原理」や「全てに当てはまる共通の本質」が分かれば、互いの共通理解は増えるし、いろいろな学問がコラボレーションできる可能性も広がるのではないかと考え、理論として体系化したものです。

「本質」と言っても、決して難しい話ではなく、最も重要なポイントであったり、カギとなるもののことです。この最も重要ポイントである本質を押さえることは、非常に大切です。なぜなら、物事の本質を掴むことができれば、私たちの行動は、最重要ポイントを押さえた行動へと変わるからです。

例えば、朝日を見に行くことになったとします。でも、リーダーが本質を間違えて、西へ向かってしまったら、どんなに優れた乗り物に乗っても、あるいはチームのメンバーが努力しても、決してその目的は達成できませんよね。このように物事の本質を理解することで、行動が変わるような考え方を、私は「本質行動学」と呼んでいます。つまり、構造構成主義は、物事の本質を捉えることで、行動を根本から変えていく方法を誰もが使える形にした理論です。これはどのような領域にも応用できるので、皆さんの生活や組織にも活用できると思いますし、実際に100以上の領域に広まっています。

構造構成主義には、核となる三つの原理があります。ここでいう「原理」とは、宗教のように「信じなさい」というものではなく、「なるほど。確かにその原理に沿って考えればうまくいきそう」と、納得できるようなものです。まずは、「人間の原理」です。人間の本質を考えた時、全ての人間には、その本質の一つとして、自分で自分を肯定したいし、人からも肯定されたいと思っていると思います。「ふんばろう東日本支援プロジェクト」(以下、ふんばろう)では、この点に最も配慮し、一番役に立った原理です。

「ふんばろう」は、インターネットやフェイスブックなどのソーシャル・ネットワーキング・サービスを活用していました。文面でのやり取りは、対面よりミス・コミュニケーションが生じやすくなります。例えば、誰かが「それは賛成できない」とか「疑問に思います」と書いたりすると、書かれた当人は否定されたと感じ、「何ですか、あなたは」という防衛的な反応を返し、ネガティブなやり取りが始まり、本題へなかなか進めません。人間の感情的な対立のほとんどは、自分が否定されたと感じた時に起こります。そのために「建設的なやり取りをするための7カ条」をつくり、その一つとして、まずは相手を肯定し、感謝を伝えた上で、「今回、このようにされたのはどうしてですか」などのやり取りをするようにしました。

2.価値の原理

もう一つは、「価値の原理」です。人間には、自分の「関心」を満たしながら生きたいという本質もあります。関心は人の数だけあり、非常に多様です。しかし、全ての価値は、目的や関心、欲望などに相関して現れます。例えば、普段は、雨を鬱陶しいと思う人も、災害によってライフラインが断絶すれば、雨水は貴重な飲料水として価値を帯びるように、関心次第で価値は変わります。つまり、全ての価値は、欲望や関心、目的に応じて立ち上り、価値がある・ない、良い・悪い、賛成・反対という価値判断も、当人の関心や目的に応じて立ち現れているということなのです。この観点は非常に重要で、構造構成主義の中核となります。

では、関心は、何によって変わると思いますか。それは「きっかけ」です。私も東日本大震災がきっかけで、ボランティアや支援活動に関心を持つようになりました。何らかの経験や契機があった時に、人間は関心を抱くようになります。つまり、きっかけがあって、関心があって、そこから価値を見出した時に行動を起こすわけです。しかし、多くの場合がこのステップを知らないため、価値の部分だけで議論し、衝突を起こしてしまいます。衝突を避けるためには、相手に関心を持ち、互いの意見を良い・悪いという価値の段階へ落とし込まず、その背景にある「関心」や「きっかけ」にまで遡って理解することが大切です。すると、自分と相手の関心にズレがあることがわかり、互いを頭から批判せずに、理解し合える可能性が生まれます。

「ふんばろう」で家電プロジェクトを実施した時のことです。現地スタッフが、公平に家電を渡せなければ問題が起こるからやめた方がいいと言ってきました。私は、相手の関心に関心を持つことができたために、なぜそう思うか質問をしていくと、以前、物資を配布した際にトラブルが起こり、コミュニティにヒビが入ったこと、自分が批判されたくないことに関心があることがわかりました。ここで大事なのは、相手の関心を自分の中に取り込むことです。その上で、その問題が起らないような提案をします。そうすることで、皆で作り上げていくことができますし、新しい価値を提示できる可能性が生まれます。

3.方法の原理

三つ目は、「方法の原理」です。方法とは、目的を達成するための手段であり、押さえるべき重要なポイントは、「状況」と「目的」です。何にでも通用する優れた方法があると思われるかもしれませんが、原理上、「どんな状況」で、「何をしたいか」を抜きにして、方法を決めることはできません。例えば、今日のような講演会でも、少人数だったら膝を付き合わせて、「今日はどこから来られたんですか」という話から始めて、皆さんの関心を一人一人聞きながら、それに答えるやり方の方がいいでしょう。つまり、正しいと思っている方法も状況や目的が変われば、間違った方法になり得るということです。「ふんばろう」は、常にその視点に立ち返ってプロジェクトを進めてきました。

さて、この「方法の原理」、言われてみれば、当たり前のことだと思いますよね。しかし、国や組織の意思決定は、逆のことが多いのです。新国立競技場の問題、原発の問題が起こった背景には、途中で方針転換すると、今まで準備し、進めてきたこと全てが無駄になるから後へは引けないという考え方があります。これを「埋没コスト」といいます。原発の場合は、廃止を決めたら54機が無駄になってしまうけれど、止めなければ、数十年は事故が起きずに済むかもしれないという思考パターンから生まれたものです。埋没コストを判断基準にするということは、今まで積み重ねてきたもの、つまり過去を見る意思決定となるわけです。現在の状況とありたい未来(目的)によって、どういう方法が良いかを考える、方法の原理とは真逆です。

多くの組織は、埋没コストに引きずられ、間違った意思決定を行っています。それが社会に多くの理不尽を生み出している原因です。私は、そういうものを打破する唯一の考え方が「方法の原理」だと思っています。「原理」は、必要な時に起動できる、物事を上手に考えるための視点です。「自分たちの組織は、人間の原理からどのように改善できるか」、「この人の発言の裏にある関心は、価値の原理から見れば何か」、「この組織の不合理は、方法の原理から見ると何か」など、皆さんの生活や組織、チーム作りの上で役立てていただければと思います。

社会を変えるというと、抽象的で難しそうな感じがしますが、自分が所属している家族、組織、会社などのチームを良くしていくことは、私たちにもできる。世の中に良いチームが増えて行けば、社会は良くなっていくと思っています。