第46回講演録

前野隆司

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科委員長・教授

テーマ

日本から幸せと平和を発信する

プロフィール

まえのたかし◎1984年3月東京工業大学卒業、86年3月同大学修士課程修了、93年12月博士(工学)学位取得。86年4月キヤノン(株)入社、90年7月~92年6月カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、2001年4月~9月ハーバード大学客員教授、06年4月慶應義塾大学理工学部教授等を経て11年4月から現職。研究テーマは、ヒューマンマシンインタフェース、システムデザイン・マネジメント学、幸福学。著書『幸せの日本論』(角川新書)、『システム×デザイン思考で世界を変える』(日経BP社)、『幸せのメカニズム』(講談社現代新書)、『思考脳力のつくり方』(角川書店)など多数。

講演概要

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科では、人間に関わるあらゆるものごとをシステム(要素の関係性)と捉えて新たにデザインし、マネジメントするという教育・研究を行っています。本研究科の教育・研究対象は、技術システムから社会システムまで幅広いという特徴があります。また、「幸福学」を専門とし、”幸せな人生のデザイン”や、“人々を幸せにする製品・サービスのデザイン”の研究を行っています。「日本から幸せと平和を発信しよう」と題する本講演では、研究してきた”幸福学の基礎(幸せの4つの因子)”について述べると共に、システムとしての日本の構造を分析し、日本が世界の幸福と平和のために何をなすべきかについて述べたいと思います。

講演録

私は、もともとはカメラをつくるエンジニアでしたが、大学に移ってロボットの研究を始め、ロボットに心をつくるためには、人間の心を理解しなければならない。それで脳や心理学、心の認知科学などの分野へ移りました。ところが、基本的な人間の心のメカニズムはわかってきたのですが、どうすれば幸せになれるかはわからない。人は皆、幸せになりたいはずで、全ての仕事は人を幸せにするためにあるはずなのに、幸せになっていないなら、人間は間違った方向に進んでいるのかもしれない。そうした思いから、エンジニアとしての経験を生かし、幸せを設計論として研究しようと思ったのです。

幸せな社会のビジョン

幸せを考えるにあたり、皆さんはどちらを望みますか。「弱肉強食の競争社会」と「皆が支え合う共生社会」。「工業化・都市化した世界」と「自然と共に生きる世界」。「勝ち組と負け組に分かれる社会」と「皆の良さを生かす全員活躍社会」。「格差社会」と「平等社会」。「人々が孤立した孤独社会」と「人々が助け合う、触れ合い社会」。「内外・自他・勝敗・善悪などを分ける社会」と「あらゆるものを包み込む社会」。「依存症という生き方」と「執着を手放す生き方」。「皆が怒り、妬み、疲れ、泣き悲しむ社会」と「皆が笑顔の社会」。最後に「不幸な社会」と「幸せな社会」。明らかにどちらか一方を選べるものもあれば、バランスをとることが大事だと思うものもあったと思いますが、21世紀型の幸せな社会というのは、「一人一人が、自分の良い部分も悪い部分も理解し、肯定しながら、目標を持って前向きに自分らしく生きられ、そして、周りとつながり合い、信頼し合って生きられる社会」なのだと思います。

幸せの四つの因子

人間が、幸せになろうとして追い求める「金・物・地位」。しかし、これらは、長続きしない幸せです。男性的な生存競争型の勝負に勝って得る幸せは、得た瞬間は幸せ度が高まりますが、すぐに下がってしまいます。 では、長続きする幸せとは何でしょう。一つ目は治安がいい、戦争がないといった「環境」による幸せです。 二つ目は「健康」による幸せ。健康な人は幸せであり、幸せな人は不幸な人より7~10年長生きだという研究結果もあります。ダイエットや運動と共に、心を幸せにしておくことも健康には重要です。三つ目は「心」による幸せです。私が日本人1500人を対象に行ったアンケートをコンピューター解析して得た結果によると、心の幸せは四つに分類できることがわかりました。

一つ目は「やってみよう因子」と名づけました。簡単に言えば、自己実現と成長です。何歳になっても、夢や目標を持って成長している人は幸せです。趣味でもいいし、あるいは世界を幸せにしたいという大きな夢でもいいから、目標を持って生きることですね。二つ目は「ありがとう因子」。つまり、つながりと感謝です。我々は感謝をしている時、脳内にはセロトニンが出て、優しい幸せな気持ちになります。つながりは、友だちが多い方が幸せを感じ、しかも友だちが多様であることも幸せに影響します。三つ目は「なんとかなる因子」。前向きで楽観的であることです。楽観には、なぜかわからないけれど、自分はうまくいくと思う根拠のない楽観と、やるべきことはやったから後はもう大丈夫だという真面目な楽観があります。自己受容とも関連するのですが、自分の良い部分もダメな部分も含めて好きになり、なんとかなるさと考えようというものです。四つ目は「あなたらしく因子」です。他人と比較せず、他人の目を気にしすぎないことです。他人と比べると勝ち負けになり、戦って勝った幸せは長続きしませんし、負けた方も悔しさが残り、幸せを感じません。自分らしく生き、皆それぞれに違うという多様性を受け入れながらつながり合う、「和して同ぜず」の形が望まれます。 これらの四つが満たされていくと、人間は幸せだと考えられます。

では、幸せな社会の形とは何でしょう。これまでは、トップダウンで指示指令され、社員は歯車のように働くピラミッド型の組織がほとんどでした。それに対して、21世紀に望まれるのは、協創型の組織です。ボトムアップで、リーダーも指令系ではなく調和タイプで、皆が思いによってつながり合って、外ともつながり合えるネットワーク型。これは、自己実現ができる幸せな社会の形だと思います。

日本の特徴

私は、平和も、人のつながり合いのようなボトムアップでつくれると思っています。昔、日本は「倭」の国と言われていました。倭は、後に「和」になるわけですが、女々しいとか、なよなよしているという意味です。これは、男性型社会の視点で見るからであって、倭の女性型社会は、平和や調和という要素を含んでいると言い換えられますし、そう考えると、日本は、幸せの四つの因子をもともと含んでいる国だという気がします。 アメリカの中心には、愛と自由があります。自由を守るためには、どんな人とも戦うという強い意志があります。一方、日本の中心にあるのは、無常・無我・無私です。無常とは、常に正しいもの、栄え続けるものはないという諸行無常。無我は、自分というものは本来ないのだという仏教の諸法無我。無私は、私心を捨てた献身の心です。つまり、「無」は空っぽではなく、「無」という、物事は移ろいゆくもので、自我も私心もなく、全てを良しとし、何でも受け入れるという特徴があるのだと思います。

それが証拠に、中国から輸入した仏教は、神道と結びついて新しい宗教が生まれました。漢字ももとの日本語と合わせて平仮名を生み出すなどして、豊かな平安文化をつくったわけです。日本は、地理的に世界の最東端に位置するために占領もされず、新しく流入してきた文化を咀嚼し、古いものに重ねつつ、古いものを残しながら日本文化として形成してきた。これはほかの国にはない素晴らしい個性です。

今の日本は人口が増えず、将来を危惧する声を聞きます。しかし、歴史を振り返ると、江戸時代の経済成長は前半だけで、後半は人口の伸びも経済成長も止まりましたが、文化は後半の方がはるかに豊かになりました。明治維新から現在に至るまで、西洋文化を受け入れてきた日本は、これから平成文化が開花する時代を迎えるのではないかと思います。高齢化社会にしても、高齢者の知恵を生かし、豊かな日本の文化をつくる時代がやってくるのだと思います。

日本は中心に無常、無我、無私があるから、全てを受け入れ、自分ごと化して常に進化できる、世界一サステナブルで調和した平和な国なのだと思います。かといって、特殊な国かというとそうではなく、歴史を紐解くと、太古の神話の時代では、世界中が日本と同じでした。西洋で産業革命が起こると、科学技術の進歩により、「分ける」という考え方が世界を席巻し、現代の豊かさをもたらし、現在に至っています。しかし、この考え方だけでは、環境問題、紛争問題などの様々な問題を解決できないことがわかってきた。そこで、もともとあった思想を見直そうという動きが東洋、西洋の双方に現れ始め、東洋と西洋という分け隔てがなかった昔の思想に戻ろうとしているのではないかと私は捉えています。

日本は何をするべきか

日本の国旗は日の丸、すなわち太陽です。太陽は見返りを求めず、全ての生命の源になるエネルギーを与え続ける利他の極致です。日出づる国ともいいますが、私は、日本は太陽のような国でありたいのではないかと思うのです。見返りを求めず、世界へ平和と幸せの原理を伝えていく国なのではないかと。世界の平和、調和のためにも、日本は本当の和の国に戻るべきでしょう。一人一人が、幸せの四つの因子に本当に満たされると和の国になります。和の精神の究極は、世界中の人の幸せを願うことです。世界にそう願う人たちが増えれば、世界中が和の国、太陽の国になっていくのだと思います。