第47回講演録

新井和宏

鎌倉投信株式会社 取締役 資産運用部長

テーマ

これからの社会に必要とされる会社とは

プロフィール

1968年生まれ。東京理科大学工学部卒。住友信託銀行(現三井住友信託銀行)を経て、2000年バークレイズ・グローバル・インベスターズ(現ブラックロック・ジャパン)に入社。ファンドマネージャーとして数兆円を動かす実績を持つが、大病とリーマンショックを機に、これまでの数式に則った投資や金融市場のあり方に疑問を持つようになり、08年志を共にする4人で鎌倉投信株式会社を創業。社会性を重視して評価する、投資先企業を全て公開するなど、従来の常識を覆すスタイルで投資信託を運営。13年格付投資情報センター(R&I)で最優秀ファンド賞(投資信託国内株式部門)を獲得。NPO法人「いい会社をふやしましょう」理事。著書『投資は「きれいごと」で成功する』(ダイヤモンド社)。

講演概要

「いい会社をふやしましょう」を合言葉に2008年に鎌倉投信を創業し、運用責任者として「いい会社」を探し、考え続けています。事業である鎌倉投信だけでなく、経済産業省の「おもてなし経営企業選」の選考委員などをつとめ、上場・非上場、会社の規模・業種にかかわらず、企業を見てきました。今回は、なぜ社会の変化により企業に対し「事業性と社会性の両立」が求められるようになって来たのか、「いい会社」の共通要素とは何なのか、そしてこれからの社会に必要とされる会社とは何なのかについてお話しします。

講演録

鎌倉投信を創業したのは、リーマンショック真っ只中の2008年11月。アメリカ議会の公聴会では、リーマンの社長が「我々も被害者だ」と言っていました。金融はこの時、変わらなければならなかったはずです。本来、金融とは、お金が必要なところへちゃんと届けるものです。意志あるお金は社会を変えます。それは投資でも寄付でも同じです。お金に表情はありません。使う人の考え方によって、良くもなれば悪くもなるものなのです。金融に携わる私たちは、社会に何ができるだろう。そういう思いからこの会社はスタートしました。

金融の本来の役目は「つなげる」こと

私たちは、「いい会社をふやしましょう」を合言葉にしています。日本には、顧客よし、社会よし、会社(自社)よしの「三方よし」を実践する会社が中小企業を中心に存在しています。私たちは、社会性と経済性を両立させる「いい会社」を増やしたい、そのためにできることを考え、実践しています。その取り組みの一つに、年に一度、個人投資家のお客様(受益者)と投資先の会社がつながる場として「受益者総会」を開催しています。

私たちが扱っている投資信託は書面で決議や報告ができるので、本来集まる必要はありません。しかし、今年はお客様全体の約1割にあたる1,200名が全国から参加され、受付などの運営まで、ボランティアで手伝ってくださいました。なぜ、受益者総会を開くのか。お客様にすれば運用報告を受けるのは当然ですし、私たちは、お金が届けられた会社が、社会を良くするために闘っている姿を報告することを必然と考えるからです。投資先の多くは、ベンチャーを含めた規模の小さな企業ですが、その中には異例の規模のヤマトホールディングスがあります。木川眞社長(震災当時。現会長)は、東日本大震災時に、純利益の4割にあたる142億円を寄付しました。どの会社も株主代表訴訟が怖くて、ここまでのことはできません。その寄付先の一つは、岩手県野田村の野田村保育所です。海岸から500メートルほどの場所にあって、園児全員が助かった奇跡の保育所です。高台への移転を希望する保育所に対し、同じ場所での再建を条件とする国からは、一切、支援金が出ませんでした。それで、ヤマト福祉財団を通じて全額支援したのです。

政府や自治体にはできない支援をするという強い意志を木川社長は持っていました。寄付金142億円は、(間接的な株主として)お客様に還元されたかもしれないお金ですが、東北で確実に生きていることをお伝えすれば、納得していただけると思いましたし、実際に投資先の会社が、社会のために闘う姿をお伝えすることで、お客様と投資先のつながりは強いものになっていきます。

経営者の覚悟が、社会を変える

エフピコというプラスチックトレー製造で最大手の会社があります。障がい者雇用率のトップで約16%を占めます。

障がい者の社員の方々は、「土日はいらない、月曜日が待ち遠しい」と言います。自分が可哀想な人だと思われていないこと、そして会社の戦力であり、社会の役に立つ喜びを感じているからです。この会社は、障がい者は時間がかかるだけで、時間をかければ健常者と変わらないし、最も会社を愛してくれる社員だということを知っています。これを見抜けるか見抜けないかは経営者の力です。健常者でも適材適所があるように、障がい者も同じ考え方で、「時間がかかる」を「粘り強い」と読みかえ、能力が最大化できる場所を想像し、配置し、ビジネスの源泉に変えていける。これからの社会問題を解決する上で、人財の多様性マネジメントは重要です。その最たるものが障がい者雇用です。

社会を変えるのは、経営者の覚悟です。覚悟が現れた時、社会は変わります。社会性を追求すると、お客様からの信頼が生まれ、利益につながる時代になりました。社会性と経済性は、両立し始めています。私は、この10年で、確実に社会は変わってきていると感じています。

お金で預かり、幸せで返す

投資について少しお話しすると、社会の利益を追わず、自分だけの利益を追うのは、投資ではなく投機であると考えます。子どもやお孫さんへの投資、自分への投資。これらは、すぐにリターンが返ってくると思いますか。思わないですよね。ましてや社会への投資となれば、利益につながるまでに時間がかかります。投資は「投じて資する」と書きます。つまり、投資する相手に資するからこそ意味があるのであって、投資家に資することが目的ではありません。

リターンについては、私たちは「投資の果実」と呼んでいる、三つの要素で構成された考え方をしています。簡単に言うと、「お金で預かって、幸せで返す」ことです。お金は大事ですが、増やし続ければ幸せになれるというものではありません。経済的な豊かさに加え、社会が豊かであること、そしてお客様の心が豊かであることが重要なのです。つまり、私たちがプロとしてお客様にお返しする「資産の形成」、投資先の会社が社会に貢献することでできる「社会の形成」、それを支えるお客様の「心の形成」。この三つの掛け算が、投資の果実になると考えています。

ある年の受益者総会で、トビムシという林業の再生を手がける会社の現地法人が、2009年の創業以来続いた赤字が、やっと黒字になれたと感謝の報告をした時、割れんばかりの拍手が起こりました。これが社会を支えるということであり、それを支えてきたのは、お客様のお金の力です。社会に役に立つお金の使い方が、そこには存在します。

お客様の中には、受益者総会に参加した際、「(金銭的な)リターンは1、2%でいいから、その分を社会に役立ててください」とおっしゃいます。私もこの気持ちがよくわかります。病気で辞めるまで勤めていた外資系金融会社の年収は今の約10倍でした。でも、今のほうが断然幸せです。皆に嫌われている金融から、好かれる金融になり、人の役に立てている実感があるからです。私たちの投資哲学は、「投資はまごころであり、金融はまごころの循環である」です。元同僚には、「新井は、病気で頭がおかしくなった」と思われました(笑)。でも我々は、これを本気でやっています。

100年後の社会を見据えて

私たちの創業理念は三つの「わ(和・話・輪)」です。「日本の価値を感じることができる〝場〟の提供」、「会話や言葉に溢れ、夢や希望を分ち合う〝場〟の提供」、「人が集い、言葉が集い、夢が集い、そして、その場が広がる〝場〟の提供」。現在の金融は目立ちすぎで、金融資本主義のようです。金融は本来、つながる「場づくり」が仕事ですし、それに徹したいと考えています。運用商品は投資信託「結い2101」のみで、「結い」とは人が信頼し合い、共に何かを共創する心を表す言葉。「2101」は、22世紀が始まる年。次世紀には、いい会社が増えていてほしいという願いです。

投資信託にしたのは、林業などは数年ではリターンが生まれませんので、何十年でも投資できるよう、投資商品の中で唯一、期限をなくせる投資信託にしたのです。林業の再生、障がい者雇用、ニート・フリーター問題、循環型社会の実現など、社会的課題を解決する企業が利益を出すには時間がかかります。それを利益率が低いという理由で支援しなければ社会は崩れてしまいます。マイナスの時から支えない限り、社会に必要な会社、産業の育成は無理です。

これからの社会に求められるのは、全てのステークホルダー(利害関係者)を幸せにしようとする会社です。そういう会社が日本を支えると考えます。しかし、残念ながら、これを理解できる方はまだ日本には多くありません。でも私たちの知らないところで社会は動いています。投資先に、家庭用のゴミをエタノールに変える日本環境設計という会社があります。上場していないのでご存知ないかもしれませんが、高校の教科書には載っています。ということは、子どもたちから見れば、将来、ゴミという言葉はなくなり、全てが資源と捉える時代がくるわけです。その時代がやってくるために、いい会社を応援する枠組みをつくり、金融の役割を果たし続けたいと思っています。