第52回講演会

半谷 栄寿

一般社団法人あすびと福島 代表理事

テーマ

福島の明日を創る人材が育つ場の創生

プロフィール

1953年南相馬市生まれ。東京大学法学部卒。78年東京電力入社。環境NPOオフィス町内会、Jヴィレッジなど新規事業を立ち上げる。2010年執行役員を退任。12年(一社)福島復興ソーラー・アグリ体験交流の会代表理事(現あすびと福島)。原子力事故への責任と復興への想いから、体験学習拠点「南相馬ソーラー・アグリパーク」を13年にオープン。14年高校生の社会起業塾「あすびと塾」を福島市で開講、「高校生が伝えるふくしま食べる通信」を15年に創刊。16年福島県出身の大学生を対象に社会起業塾を東京で開講。農業経営人材の育成を目的に南相馬トマト菜園を創業。一貫して、長期を要する福島復興を担う人材育成に取り組む。

講演概要

私は、東日本大震災前の2010年6月まで東京電力の執行役員であり、原子力事故について、心から申し訳なく思っています。一方、福島県南相馬市の出身でもあり、震災直後の3月19日から5月にかけて、南相馬に生活物資を届けました。その際、地元の方から、「子どもたちのためになる仕組みをつくってほしい」と託されました。

私自身も、復興のための継続的な仕組みが不可欠と思っていました。福島の復興を担う人材を育成するという私の”志”は、こうして生まれました。私たちの”志”は、福島の地で若者とともに走りながら、社会起業家を育てていくこと。自立した彼らは周囲の憧憬の対象となり、後に続く子どもたちも増えていく。この”憧れの連鎖”こそ、福島の未来を拓く原動力になるのだと思うのです。

講演録

2011年3月、私は我が目を疑う姿に変貌した故郷、福島県南相馬市へ生活物資を運び続けていました。5月になり物流が復旧し始めたので、物資から仕組みによる支援へ転換しようと考えていた頃、知人から子どもたちのために何かをしてほしいと託されたこともあり、人材育成の仕組みづくりに力を尽くそうと決心しました。

まず、多方面に支援を呼びかけ、2013年3月に太陽光発電所とその電気を利用する植物工場を併設した南相馬ソーラー・アグリパークが完成すると、小中学生を対象に体験学習を始めました。ソーラーパネルの傷などを確認する巡視点検や太陽光を最大限発電に生かすためのパネルの方角を考えてもらうなどの体験学習を5年間続ける中で、南相馬市3400人の小中学生のうち、3000人が参加してくれました。体験授業では、最後に必ず子どもたちに感じたことなどを発表してもらいます。きちんと考えなければ発表はできませんし、有言実行と言われるように、発表に躊躇しない力は、考える力、行動する力を促進すると思うのです。

「憧れの連鎖」が人を育てる

2014年からは福島の社会課題と向き合い、解決したいという志を持つ高校生たちを対象にしたワークショップ「高校生あすびと塾」を福島市で月に一回実施しています。

あすびと塾で大切にしているのは「志」です。志とは、やりたいという強い思いと、その延長線上に社会的な価値が結びついたものです。なぜなら社会的な価値を生むことは、即ち新しい価値を生むことですから、実現するまでの手段は見通せず、七転び八起きは当たり前。よほど自分のやりたいことでなければ、途中で諦めてしまうからです。

あすびと塾をスタートした翌年には、ここから情報誌「高校生が伝えるふくしま食べる通信」が発行されました。これは当時、県立高校2年生の菅野智香さんが、福島への風評被害が悔しい、農作物をつくる人の思いを届けたいと、スーパーの買い物客に福島県産の野菜へのイメージを聞いて回ったり、ほかの学生の意見も取り入れて企画を練り上げたものです。福島県内の農家、漁師、畜産業など、一次産業で働く方々の思いを記事にし、農作物を付録として同送しています。

企画、取材、原稿作成の全てをこなす高校生を見ていると、物事を考え、言葉にして伝える一連の流れは、これほど人を成長させるのかと思うほど、彼らは成長していきます。「高校生が伝えるふくしま食べる通信」は、菅野さんが高校卒業後も四つの高校から後継の学生が集まり、全国の723人の購読者へ年4回お届けし、独立採算で運営できるまでになりました。

大学生については、社会起業家塾として「大学生あすびと塾」が2016年4月からスタートし、民間企業や公務員などの社会人が個人のプロボノとして協力してくれています。

私たちは人材育成に大切なのは「憧れの連鎖」だと思っています。

福島に新しい価値を創造する社会起業家が生まれれば、自分もそうなりたいと思う子どもが現れ、そのような憧れの連鎖が起これば、復興を加速する人材の輩出につながるはずです。「高校生が伝えるふくしま食べる通信」には、憧れの連鎖の道筋ができつつあると感じています。そして、福島からそうした社会的事業を立ち上げる人材が輩出できれば、日本の地方創生のモデルになる可能性にもつながると思うのです。

現在、浪江町と南相馬市小高区では新しいプロジェクトが進んでいます。

人口2万1000人から700人に減ってしまった浪江町では、シニアと大学生が花をテーマに、町民同士がつながる新しい交流の場づくりを行っています。1万3000人から2500人になった小高区ではマンホールアートプロジェクトといって、日頃は意識しないマンホールに自由に色づけできる祭りを通して、多世代交流の場をつくろうとしています。

これらのプロジェクトが、「高校生が伝えるふくしま食べる通信」のように、後続する学生たちを生み出し、助成金に頼らず独立採算で運営できるようになれるかなどの課題はありますが、過疎、少子高齢化などの課題を持つ二つの地域で新しいコミュニティをつくろうとする学生たちの社会的な取り組みを私は心から応援し、サポートしています。取り組みが軌道に乗れば全国のモデルになります。

志はソーシャル、仕組みはビジネス

社会的な活動も仕組みはビジネスにしないと継続できません。

人材育成や社会的な価値に最初から経済性が見えている必要はないのですが、浪江町の場合は新しいコミュニティをつくれるか、小高区ならいかに小高区らしい祭りをつくり上げられるかなど、社会的インパクトに価値があれば、まず立ち上げることをすすめます。そして、事業が経済的に維持できるようにすることは、学生の成長にもつながりますので、次のステップで経済的な維持にチャレンジし、社会的価値の創造と経済性を両立できるような人材づくりを目指しています。

経済的な継続性はあすびと福島にとっても課題の一つです。私たちは、福島側の学生の授業料は無料、移動費は全額支給しています。学生が集まらなければ人材育成はできません。必要な経費です。

あすびと福島の設立初年度の収入のほとんどは寄付金でした。しかし、寄付金は減っていくのが世の常。5年かけて事業収入の柱を寄付型から社会人研修事業へ移してきました。おかげさまで、研修参加者は年々増え、凸版印刷、三菱商事、NEXCO、富士通、PwC、住友商事ほか、たくさんの企業、そして国家公務員などの参加者が昨年度は延べ900人を超えました。

私たちの研修の企画・運営が評価をいただく理由は、地震、津波、原子力事故により、高齢化など日本の課題を20年先取りしてしまった南相馬で、社会課題を少しでも解決できるビジネスモデルができれば、企業は成長できますし、20年後の日本社会に貢献できるモデルになり得ます。30年後には中国、または東南アジアで役立つかもしれません。このコンセプトによる独自の研修が企業に着目されているのだと思います。

官・民・学生が社会課題に取り組める場づくり

さらに2020年を目途に私たちが目指すのは、南相馬の復興と価値創出を現在の研修の枠を越えて、実業として官民が新たなビジネスを生み出す「ソーシャルビジネス・オープンラボ」というインキュベーション(事業創出・支援)の場づくりです。

行政だけで解決できる課題もあれば、企業と協働する方が解決しやすい課題もあります。プロジェクトごとにいろいろな企業が参画すれば、南相馬にとっては問題の解決になり、企業はプロトタイプ(原型)ができ、ビジネスを全国へ発展させられる可能性につながります。あすびと福島のスタッフや学生にとっては成長の場となり、社会起業家が誕生する可能性も増していきます。

憧れの連鎖による人材輩出の仕組みづくりに何年かかるか、その間、あすびと福島が社会人研修で経済性を保ち続けられるか、一層の努力が不可欠ではありますが、福島に強い愛着を持つ私としては挑戦するに足る価値であり、東電の元役員としての宿命だと思っています。

周りが巻き込まれたくなる状況をつくるもの

幸い、まるで神様が見ているのではないかとい思うくらいステークホルダー(関係者)からの協力に恵まれています。年に一度研修に来るハーバード大学の学生によれば、あたかも仕組まれたように偶然が起こる「計画的偶発性」という経営学の概念があるそうです。私の解釈では「周りが巻き込まれたくなる状況をつくる」ということだと思うのです。

計画的偶発性が起こるには、志と、その実現のための手段を実行し、新たな手段を繰り返したり見直したりする柔軟な思考を持ち、うまくいっても決して誠実さを忘れないこと。この流れの上に計画的偶発性、つまり周りが巻き込まれたくなるような状況が生まれるのだと思います。

このことを胸に、何としてでも福島から社会起業家の輩出を成し遂げたいと思っています。