第55回講演会

村山 洋史

保健学博士、東京大学高齢社会総合研究機構・特任講師

テーマ

つながりと健康格差

プロフィール

1979年三重県生まれ。保健学博士、公衆衛生学修士。2009年東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。東京都健康長寿医療センター研究所、ミシガン大学公衆衛生大学院を経て、2015年より東京大学高齢社会総合研究機構・特任講師。2012年日本公衆衛生学会奨励賞、2015年公益財団法人長寿科学振興財団長寿科学賞を受賞。専門は公衆衛生学、老年学。人々のつながりや地域の文化・風土が健康に及ぼす影響について研究している。著書『「つながり」と健康格差 なぜ夫と別れても妻は変わらず健康なのか』(ポプラ新書)。

講演概要

私たちの健康は、運動や食事など、日常の行動に大きく左右されます。その行動は、私たちが持っている人や社会とのつながりを通し、知らず知らずのうちに周囲の人々から影響を受けているのです。多かれ少なかれ、私たちは誰かと何かしらのつながりを持っているものです。そういったつながりをうまく活かそうというのが最近の健康づくりの流れです。講演では、個人が持つつながり、および地域のつながりが我々の健康にどう影響するかについて概観し、「人生100年時代」のつながりをどう考えていけばよいか、お話ししたいと思います。

講演録

ライフスタイルと死亡率についての過去の研究をまとめた論文が2010年に出版され、肥満、飲み過ぎ、喫煙以上に大きな影響を与えるのが、「社会とのつながりの少なさ」であることが明らかになりました。

私は、日本人は世界の中でもつながりを多く持つ国民だと思っていました。しかし、OECD(経済協力開発機構)の調査では、対象となった21加盟国中、社会的孤立者の割合が2番目に高かったのです。特に男性の孤立者の多さは早急に対策すべきと報告書に明記されるほどでした。

生涯に亘るつながりの量は、一般的に進学、就職、結婚、子どもの就学などに伴い20~30代まで増えます。一方、中年期以降は加齢と共に減少していきます。 子どもが成長し、親元から巣立ってしまうことや、家族や友人をはじめとする周囲の人が徐々に亡くなり始めることが要因として挙げられます。また、エイジズムといって、例えば「高齢なのだから出歩かずに家にいた方がいい」など、年齢に対する偏見も高齢者の社会とのつながりを減少させる要因の一つと言われています。

さて、本日は「個人が持つつながり」と「地域全体のつながり」に分けてご紹介していきます。最初は、個人が持つつながりと健康からです。

社会のつながりと健康の関係

まず、様々な社会とのつながりが健康にどう関係するかについて見ていきます。地元の町内会やボランティアなど、集団での活動に参加することを「社会参加」と呼びます。この社会参加が、将来の日常生活の自立度にどのように影響するか、長年追跡調査したところ、どのような活動であっても、何かしらのグループに参加している高齢者ほど、自立度が高いことが分かりました。また、近所付き合いが密なことや他者への信頼感(心理的なつながり)が高いことも、健康状態が良いことに関連していました。

ではなぜ、社会とのつながりが健康に良い影響を与えるのでしょうか。いくつか理由が考えられています。

一つ目は、つながりがあることで、人から助けてもらいやすくなります。これを「ソーシャルサポート」と言い、大きく四つに分類されます。困った時に物やお金を貸したり、手助けする「手段的サポート」、辛い時に共感や同情をする「情緒的サポート」、役立つ知識や情報を提供する「情報的サポート」、個人の行動に対して適切な評価を与える「評価的サポート」です。これらのサポートが、状況に応じて効果を発揮し、健康や長寿に影響すると言われています。

二つ目は、つながりを通して人から影響を受けることが多くなります。人は、知らず知らずのうちに他の人の態度や行動に影響されているものです。例えば、隣の人が幸せそうなら、自分も幸せな気分になったりしますよね。

三つ目は、つながりを通して、いろいろな活動に参加するきっかけが得られます。そうすることで、社会とつながる機会が増え、社会における役割を得ることができます。社会的役割は、生活が充実したり、健康に良い効果があると言われています。役割はグループの連絡係でも何でも良いので、引き受ける価値はあるかもしれません。

四つ目は、健康に役立つ情報を得られる機会が多くなります。病気になった時に良い病院を紹介してもらう、本に載っていた健康法を教えてもらうなど、ソーシャルサポートの情報的サポートに近いものです。

バーチャルなつながりは有効か

現実社会におけるつながりに加え、フェイスブック(FB)やツイッターなど、SNSによるオンライン上のつながりを持つことも一般的になってきています。大学生に対する研究では、FBの友だちが増えるほど、幸福感は増大するが、あるところで頭打ちとなり、友だちの数は1000人でも1万人でも幸福感は変わらないことが報告されています。

また、イギリスで2000人を対象にした研究では、FBの友だちの数は平均150人で、そのうち親しい友人は平均13.6人、さらに落ち込んだ時に助言や同情をくれそうな友人は平均4.6人。1000人以上FBの友だちがいたとしても親しい人や助言をくれそうな人数はほぼ変わらないそうです。アメリカの大学生対象の研究では、FBに熱中するほど、オンライン上の交友関係の満足感は高まるものの、日常生活のつながりが疎かになり、現実の交友関係の満足感は低下することが分かりました。

SNSによるバーチャルなつながりに、現実社会のつながりを補完する働きは期待できるかもしれませんが、取って代わることは難しいかもしれないというのが現段階の見解です。

地域のつながりと健康

次に地域全体のつながりと健康についてご紹介します。地域の中でのつながりを介して、互いに助け合える力や資源のことを「ソーシャルキャピタル(社会関係資本)」と言い、これはその地域に住む人々の健康状態に大きく影響を及ぼします。

アメリカで行われたソーシャルキャピタルと死亡率の研究では、周りの人に対して信頼感が高い人の割合が多い州ほど死亡率が低いことがわかりました。

日本でも、同じような傾向が見られます。人が生まれてから死ぬまでの間で、自立した生活が送れる期間を「健康寿命」と言います。都道府県ごとの健康寿命と周りの人への信頼感を比べてみたところ、信頼感の高い都道府県と、低い都道府県の健康寿命には約0.5年、つまり半年の差がありました。「たった半年?」と思われるかもしれません。しかし、健康寿命を半年延ばすには運動習慣がある住民の割合を10%以上上げることや、高血圧者の割合を10%以上下げることに相当します。それを達成するためには、例えば運動場や歩道を整備し、運動を促すキャンペーンを行う、血圧の薬を大量に処方するなど、一都道府県で何億円規模の資金投入が必要です。つながりの密度は、それほどの価値に匹敵するわけです。

地域のつながりの強さが健康に良い影響をもたらす理由は、緊密なネットワークにより、健康に有益な情報が地域の中を早く駆け巡ること、地域住民による地域社会の秩序を維持しようとする力が働き、一般的に良くないとされる行動への制御が働くこと、困りごとが生じても周囲に助けてもらえるという期待や安心感が得られること、そして、ニーズや課題が顕在化しやすく、かつ素早い対応がなされること。これらが地域の中で機能するためではないかと言われています。

どのようなつながりを持てばいいのか

つながりが及ぼす健康への影響は、各人の状況や性別などの特性によっても大きく異なります。そのため、飲酒量や運動量のように、「このくらいならOK」と言うことがとても難しいのです。しかし、多様なつながりの選択肢を持ち、その時の自分にとって居心地のよい関係を持つということは非常に大切です。

「弱いつながりの強み」という理論があります。配偶者や親友などの強いつながりではなく、普段関わりが少ない人との弱いつながりが、有益で新規性の高い情報をもたらすという理論です。ホワイトカラー(事務系労働者)を対象にしたある調査によると、就職活動時に有益な情報が得られたのは、緊密な関係の人より、たまにしか会わない人からだったそうです。そのような人は、自分とは別の交友関係を持ち、異なる環境にいるからこそ、日頃自分が接点を持ちにくい情報を持っている可能性があるのです。巷では「孤独本」が流行っています。一人は気楽ではありますが、今日お話しした通り、豊かなつながりが私たちの健康や長寿に影響することは実証されています。

今日を機に、自分にとって、心地のよいつながりは何かを考えていただき、そこから少しずつでいいので視野を広げ、たまにしか会わない友人、親戚、同僚など、いろいろな環境の人たちとのつながりを大事にしていってください。そういったつながりは私たちを健康にしてくれますし、同時に人生を豊かなものにしてくれるはずです。