第56回講演会(オンライン開催)

江守 正多

国立環境研究所 地球環境研究センター 副センター長

テーマ

気候変動リスクと「卒炭素」への道

プロフィール

1970年神奈川県生まれ。東京大学教養学部卒業。同大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。1997年より国立環境研究所に勤務。地球環境研究センター気候変動リスク評価研究室長等を経て、2018年より同副研究センター長。2016年より低炭素研究プログラム総括、社会対話・協働推進オフィス代表(すべて兼務)。専門は地球温暖化の将来予測とリスク論。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次・第6次評価報告書主執筆者。著書『異常気象と人類の選択』、『地球温暖化の予測は「正しい」か?-不確かな未来に科学が挑む』等。

講演概要

2015年末に国連気候変動枠組条約のCOP21で採択された「パリ協定」で、世界平均気温上昇を、産業化以前を基準として2℃より十分低く保ち、さらに1.5℃より低く抑える努力を追及することが合意された。これを実現するためには、世界の温室効果ガス排出量を今世紀後半に正味でほぼゼロにする必要がある。

温室効果ガス排出の主要部分は、エネルギー起源の二酸化炭素であるから、これは化石燃料に依存しない社会(脱炭素社会)を今世紀中に実現するという国際社会の決意を意味している。

本講演では、地球温暖化の現状、将来予測、リスクについての科学的な評価を概観した後、脱炭素という課題に私たちがどう向き合っていくべきかを考える。

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講演録

気候変動の現状とリスク

世界の気温は、短期的に見れば不規則に上下に変動をしていますが、長期的には上昇傾向が続いています。

地球は、太陽からエネルギーをもらう一方、赤外線としてエネルギーを放出しており、そのうち大気中の温室効果ガスに吸収された分が再び地表に戻り、地球の気温をつくっています。しかし、人間が化石燃料からエネルギーを得る過程で排出するCO2によって温室効果ガスが増え、地表へ戻されるエネルギーも多くなり、気温が上昇しています。

温暖化により、気象庁が定義する異常気象(30年に一度、稀に起きる極端な大雨や高温)の発生確率や頻度は高くなり、さらに非常に激しい現象として起きるようになりました。異常気象以外にも海面上昇、洪水、熱波、食料安全保障、水資源の不足、海や陸の生態系の破壊などを引き起こすリスクが懸念されています。

生態系の破壊は、デング熱などを媒介する蚊の生息範囲を広げる可能性も指摘され、私たちの病気・健康の問題とも直結しています。一方、食糧や水の危機が起これば、難民や紛争などといった世界的な社会秩序の混乱や不安が増幅する可能性が高くなることも考えられます。

温暖化は急いで止めてもある程度は進んでしまうので、社会が気候変動に対応していく「適応策」が進められています。大雨や水不足などへの防災対策、農業では、種撒きの時期をずらす、作物の種類を増やす、品種改良など、生産性や質の低下への対策が行われています。適応策は気候変動適応法のもと、各自治体に計画や立案が任されていますので、お住まいの地域で調べてみてください。

気温上昇1.5℃未満を目指す

今年は、新型コロナウイルス対策による経済の抑制により、大気中のCO2排出量は最大で十数%減となりましたが、経済活動の再開で、年間を通じて7~8%減と予測されています。しかし、1年減少しただけでは、大気中の二酸化酸素濃度の増加や温度上昇が止まることはありません。

世界の温暖化への取り組みは、92年に気候変動枠組条約が成立して以降、国連で温暖化を止める議論がされ続け、97年に京都議定書、2015年にパリ協定が採択されました。パリ協定で約束されたのは、「世界的な平均気温の上昇を2℃より十分低く抑え、さらに1.5℃未満に抑えるための努力をする」ということです。何も対策をしなければ、2100年には世界の平均気温は約4℃、場所によっては6℃から8℃上昇することが予測されています。

2018年にIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が、1.5℃の温暖化について科学的評価を行ったところ、産業化以前から現時点で既に気温は約1℃上昇しており、このままのペースで進めば、2040年前後には1.5℃に到達すること、そして、30年後の2050年までにCO2の排出量を実質ゼロにしなければ1.5℃に抑え続けられないことも明らかになりました。この報告書が提出されて以降、国際的な気候変動の議論では、1.5℃を目指そうという動きは強くなっています。国ごとの事情や立場、利害関係などを背景に、非常にスピードは遅いのが実状ですが、大きな流れとしては達成に向けて進んでいると思います。

こうした現状に、パリ協定は達成できるのかを大人たちに突きつける次世代が現れました。気候変動問題のための学校ストライキを始めたスウェーデンの高校生、グレタ・トゥーンベリさんら世界中の若者です。彼らの要求は「パリ協定に従おう」、「IPCC報告書に(つまり科学に)従おう」、そして、「1.5℃未満を目指そう」というどれも当然のことです。つまり、彼らから見たら、大人が真剣に取り組んでいるように思えないわけです。賛否はありますが、我々大人は、次世代が上げ始めた声に真摯に耳を傾けるべきだと思っています。

「1.5℃」で抑えなければならないのは、益々災害が増えるという理由はもとより、温暖化によって深刻な被害を受けるのが、CO2の多くを排出している先進国ではなく、小さな島国や沿岸地域、乾燥地域、北極地域などに住む途上国の人たちや先住民族、そして、将来世代であるということです。こうした正義や公平性の観点は、重要な考え方だと思います。

また、地球環境の変化の中には、ティッピングという、小さな変化が蓄積した結果、ある時点を境に後に戻れないような劇的な変化を起こす性質があるとも指摘されています。例えばグリーンランドで始まっている氷解が、臨界点の温度に到達した時には止まらなくなる状態などです。さらに、CO2を増やすことで臨界点の最初のスイッチを入れてしまうと、ドミノ倒しのように環境変化が連鎖し、4℃くらいまで温暖化するのを人間は止められなくなる恐れを2018年の論文が指摘し、非常に話題になっています。

社会の大転換を起こすには

CO2排出量を正味ゼロにまで減らす脱炭素化の方法は、皆様はいろいろご存知だと思いますが、今ではCO2の排出源である発電所などから出たCO2を回収して地中に封じ込めるというCCS(Carbon Capture and Storage)や、回収したCO2を化学製品や燃料をつくるための原料として再利用するCCU(Carbon Capture and Utilization)なども検討されています。しかし、最も本質的な取り組みは、化石燃料が再生可能エネルギーに置き換わることです。

脱炭素化は、我慢して、嫌々努力して達成できる目標ではなく、また、単なる制度や技術の導入でもありません。産業革命や奴隷制が廃止されたように、世界観の変化を伴う社会の大転換が起きる必要があると思います。

身近では分煙がよい例です。分煙はなぜ起きたか。まずは科学です。分煙の場合は医学によって受動喫煙が及ぼす健康被害がデータ化され、受動喫煙被害者への倫理的配慮が共有されていきました。やがて制度として、国内では健康増進法が、国際的にはたばこ規制枠組条約ができ、経済面では初めは抵抗がありましたが、分煙の方が集客に成功する飲食店などが増え、雪崩を打ったように常識が変わっていきました。

気候変動の問題もこれに似ていて、科学的にも明らかになり、制度も整ってきました。経済面も環境への配慮が重視され、エコカーの主流は今、ハイブリッドから電気自動車に移行しつつあります。金融においてもリーマンショック以降、気候変動問題などに取り組む企業に投資するESG投資(Environment=環境、Social=社会、Governance=企業統治)が増えています。

再生可能エネルギーの太陽光発電や風力発電はコスト高と言われてきましたが、今では化石燃料より安い国もありますし、多くの国で安くて安定したクリーンエネルギー技術の向上と普及がなされれば、化石燃料は過去のものとなると思います。その時代はやがて来ると思います。

では、そのために、私たち一人一人は何をすべきでしょうか。
グレタさんが飛行機ではなく、船で大西洋を横断したのは、「今の社会ではCO2を出さずに長距離移動するには、私のように船に乗らなければいけない。でも皆が同じことはできないから、社会のシステムを変えなければならない」というメッセージであり、私も非常に共感しました。これまでの冷房の設定温度を抑える、なるべく車に乗らない、節電・節水などはもちろん大切ですが、それだけではとても温暖化は止められない段階まで来ています。

これからは、一人一人の行動が社会のシステムを変えるメッセージとなるようにすることが重要です。その入口として、温暖化問題に関心を持つ、そして、世界で起きていることを知る、周りの人と気候変動を話題にしたり、発信することなども大事です。可能であれば、家をエコハウスにしていただく。そして、気候変動対策に取り組んでいる企業や政治家、地域を応援したり、市民発電所などに参加することもできると思います。

私は、人類は「化石燃料文明」を今世紀中に卒業する、つまり「卒炭素」しようとしているのではないかと思っています。少し前まで、化石燃料は「枯渇」が心配されていましたが、今では余裕があるのに利用を止めることを目指しています。

「石器時代が終わったのは、石がなくなったからではない」という言葉があります。石器時代が終わったのは、鉄器や青銅器ができたからですよね。このように、我々も化石燃料文明から、安くて、使いやすく、安定して、安全で、しかもCO2も出さないエネルギー文明にシフトできる状態を目指して、自分にできることからシステムの変化を加速していくことが大切ですし、その加速に是非参加していただきたいと思います。

社会の3.5%の人たちが非暴力の抗議活動に参加すれば、社会は変わるという法則があるそうです。つまり、皆さんに共感する人たちがシステムを変えることに成功すればいいわけです。周りの人が関心を持たなくても、悲観せず、できることをやっていきましょう。

講演会は3部構成で行われ、それぞれのお話の後には、日本環境教育フォーラム事務局長の加藤 超大氏、当財団理事長西園寺裕夫、常務理事川村真妃との質疑応答が行われました。