第58回講演会(オンライン開催)

加藤 俊徳

脳内科医・医学博士、昭和大学客員教授、 脳の学校代表、加藤プラチナクリニック院長

テーマ

脳はいくつになっても成長する! ―新しい脳科学的な能力観―

プロフィール

かとうとしのり
発達脳科学・MRI脳画像診断の専門家。脳番地トレーニングの提唱者。米国ミネソタ大学MR研究センターで、アルツハイマー病や脳画像の研究に従事。帰国後は、独自開発した加藤式MRI脳画像診断法(脳相診断)を用いて、新生児から超高齢者まで1万人以上を診断・治療。薬だけに頼らない脳番地トレーニングの処方を行う。著書には、『脳の強化書』(あさ出版)『部屋も頭もスッキリする!片づけ脳』(自由国民社)『脳とココロのしくみ入門』(朝日新聞出版)など多数。

講演概要

「一人一人の脳の成長が人類の平和をもたらす」と考えています。私は14歳で「脳に秘密がある」と興味を持ってから、40年以上、脳を知ること、人間の能力の源泉を見つけることだけを一筋に追い求めてきました。年を取るにつれて脳も体の衰えのように老化するだけだと思っている人がいるかもしれません。しかし、それは間違いです。「脳はいくつになっても成長する」ことは、人類共通の脳の特性なのです。ただ、年齢を理由にやりたいことをやめたり、脳の特性を知らないまま日常生活を送ることで、次第に衰えてしまいます。

日本の100歳以上の高齢者数は、統計調査によると昨年7万人を超えました。人々は100年以上を夢と希望をもって健康に生きるための脳の正しい教育を受けていません。今,重要な脳問題は、自分の脳の成長過程や脳個性を知らないことです。私は研究を通じて15年ほど前に、それまで不可能とされてきた、脳に表れる能力を個人レベルで画像化することに成功しました。日常診療では、この最先端の脳科学技術である「加藤式MRI脳画像診断法」(脳相診断)を用いて、子どもの成長を育み、企業の経営者や社員に脳科学コンサルを行っています。現在、自分の脳個性を知り、脳を成長させることが可能です。私が提唱する脳が成長する考えや脳番地トレーニングなど、脳をもっと元気にする方法など生活に役立つ講義をします。

講演録

私は、脳科学の知見が平和の実現に貢献すると信じて、30年以上脳を研究する中で、「脳はいくつになっても成長する」という一つの結論にたどり着きました。

有史以来、人間社会の仕組みは、動物研究によって得た知見と、人間の外見、思想や感情に基づいてつくられてきました。しかし、この数十年間で、格段に進んだ脳科学の研究が明らかにした脳の機能や特性、そして、この「脳はいくつになっても成長する」ことがわかった今、脳科学の観点に基づく新しい価値観で世界がつながり、一人一人の生き方を構築していける時代になったと考えています。

新しい経験が、脳を成長させる

私は、今も多少、名残りがありますが、実は幼少期に音読障害を持っていました。小学校低学年の頃の成績は、2と3ばかりで、母は学校に呼ばれて知的障害を疑われたそうです。それでも「脳は使えば使うほど良くなるよ」と言葉をかけ続けてくれ、私は、勉強をする時もスポーツをする時も常に「脳をどう使うか」を考え、挑戦を続けてきた結果、今に至ることができています。

研究を始めた当初は、脳に影響を与えているのは遺伝だろうと予想していたのですが、新生児から100歳まで延べ1万人もの脳画像を見て診断するうち、経験が脳を成長させることに気づきました。しかも、何歳になっても成長することも分かりました。脳は成長すると、神経細胞が近隣の神経細胞とネットワークをより密に形成します。数ある中の一例ですが、80歳でドラムに挑戦した男性の脳にもしっかり新しいネットワーク形成が見られました。

神経細胞の数は、1歳を過ぎると日々減り続けます。しかし、私が「潜在能力細胞」と呼ぶ、脳内で全く使われずに眠っている神経細胞が、人間には100年かけても使い切れないほどあります。この潜在能力細胞が経験を重ねることで、脳が成長していきます。

私たちの経験は、即ち、私たちの能力ということができます。脳画像を見れば、これまで私たちが自分、あるいは相手の能力だと思っていたものは、その人の能力の一部でしかないことがわかります。その一部を全てだと思うことで、夫婦、友人、組織など全ての関係において様々な誤解や争いが起きています。しかし、私たちの能力は、生涯変わらないのではなく、経験によって変わり続けるという認識に立てば、自分の能力も相手の能力も違って見えてくるはずです。

自分の脳は、自分で知ることができる

今や人生100年と言われる時代になりました。肉体だけではなく、脳も100年生かす設計をすべき時代に入ったわけです。脳は10歳頃まで両親や周りの環境からいろいろなことを吸収していきますが、自分で自分の脳を成長させる仕組みも徐々に学んでいくべきだと思います。

現代に続く脳科学の歴史は250年とまだ浅く、医学は脳の病気は診ても、脳の健康を論じないので、脳梗塞などで脳が壊れたら、リハビリをして終わりです。しかし、壊れていない脳の部分は成長し続けます。

私は、こうした脳が持つ様々な特性を生かした一人一人の臨床応用や、人生のサポートができないかと脳画像研究を続け、現在は、その人の脳の特性、性格、脳の強みや弱みまで可視化できるようになりました。これにより、その人にあった脳の強化法や薬だけに頼らない治療が行えるようになりました。

脳が喜び、人生の価値も高められること

脳は簡単に言うと、八つの機能に分かれており、私はこれを「脳番地」と名付けています。

思考や判断に関係する「思考系」、感性や社会性は「感情系」、発話や言語を司る「伝達系」、体を動かす「運動系」、物事を理解する「理解系」、耳から入る情報は「聴覚系」に、目から入った情報を集積する「視覚系」、記憶に関係する「記憶系」です。考えるのが苦手な人は、思考系脳番地が未熟であり、おしゃべりな人は伝達系脳番地が鍛えられており、相手の話を理解できる人は理解系脳番地が発達しているなど、その人の特長が画像に現れます。

また、感情の発達は最も時間がかかります。様々な経験やたくさんの人との出会いによって生じる、自分や他者の感情を頭の中にぐるぐる巡らせながら育つためです。脳はまんべんなく使わないと弱い脳番地・強い脳番地に分かれてしまいます。私の研究では、成長している脳番地は、新陳代謝が活発なので年齢に関係なく老化が遅くなりますが、使っていない脳番地は弱く、老化物質が溜まりやすい。どの脳番地も意識して使うことで成長しますし、その効果は2、3週間で現れ始めます。

脳の仕組みで言うと、やらされているという受け身ではなく、自分から楽しくやろうと前向きなビジョンを持つと、脳は自分で自分に情報を取るように命令するので、脳のネットワークが働きやすくなります。逆に、特に良くないことはマンネリ生活です。「老人になったから、難しいことはやらなくていい」と言っていると衰えます。

今までやっていなかった新しいことに挑戦することで、誰もが右肩下がりを右肩上がりの人生に変えることができます。日々、一つずつでも新しい発見のある生き方が、人生をより価値のあるものにしてくれますし、脳のトレーニングもそのためにあるべきだと考えています。

脳の成長に大事なポイント

脳の成長には、酸素、食事、経験、睡眠の四つの栄養素が必要です。生きる上でなくてはならない酸素を睡眠や運動で取り込み、肉体と同じように消費するエネルギーを食事から適切に取り、新しい経験をする。酸素やエネルギーと経験による刺激が、化学反応を起こし、脳を成長させます。

2013年に、50代以上を対象に行われた脳研究では、睡眠6時間以下の人の方が睡眠7時間の人より、脳の老廃物であるアミロイドβの数値が高いと発表されました。脳にとって睡眠は、健康の維持に欠かせない成長ホルモンが分泌されたり、脳の働きを正常化させる大切な時間なのです。

また、人類は歩くことで、目(視覚系脳番地)と足(運動系脳番地)を使い、たくさんの情報を得て、脳を活性化してきました。歩かなくなって得る情報が少なくなると、言葉だけで判断するようになります。すると、脳の一部しか使われなくなり、脳の働きのサイクルが鈍くなっていきます。つまり、寝不足、食不足、運動不足の三つの不足をなくすことがポイントです。この不足を解消した状態で医療を見直せば、投薬量を減らせたり、新たな健康管理も可能になります。

家で簡単にできることでは、ティッシュペーパーを小さく丸め、できるだけ高く投げて取るお手玉が、目を動かす筋肉の外眼筋を鍛えるのに有効です。ほかに家の片付け、雑巾がけ、掃除などの家事もおすすめします。

また、忘れてはならないのが、脳の力を伸ばす最大の「強化書」は自然だということです。私たちは宇宙の中の地球で、海や山に囲まれ、植物、動物たちと共存しています。人智を超えた壮大な仕組みを持つ大自然と交わることで、私たちの脳の力は伸ばされてきました。自然との交わりが減るほど、人間は衰えていきます。もっと自然との関係性を高めることが重要です。

日本の100歳は、世界のお手本になれる

脳科学は、さらに心と脳の関係の解明をしていくことが必要ではありますが、私は、感謝、思いやり、礼節、道徳心の向上などが、脳を正しく働かせる上でとても大切だと思っています。これまで世界中の多くの優秀な人たちと会ってきましたが、日本人は、それらを特に持った民族だと感じます。

適切に脳を成長させ、100歳になっても、脳も体も健康で、思いやり深い日本人の姿を世界に見せることができれば、日本は世界の模範になれることでしょう。お伝えした脳科学による新しい能力観を知識にするだけではなく、人生に生かしてください。私もこの知見が社会に定着するよう力を尽くしていきます。