第61回講演会(オンライン開催)

成澤 俊輔

世界一明るい視覚障がい者

テーマ

どうにもならない経験をとらえ直す

プロフィール

なりさわしゅんすけ
1985年佐賀県生まれ。埼玉県立大学保健医療福祉学部社会福祉学科卒。3歳の時に網膜色素変性症という難病がわかり、現在は光を感じられる程度。大学時代に経営コンサルティング会社でのインターンを経験し、卒業後から約10年間、複数の企業で経営者・経営幹部として「雇用の創造」をテーマに仕事を行う。2021年9月末に経営者を卒業し、以降は「経営×アート」をテーマに、経営者の経営と人生のとらえ直しを伴走している。

講演概要

僕は網膜色素変性症という難病が3歳でわかり、今は光を感じ取れる程度の視力しかありません。でも、「世界一明るい視覚障がい者」というキャッチコピーにあるように、一人でアフリカに行ったり、複数社の経営をしていたり、この人生を謳歌しています。

僕はこの時代に目が見えないことに、もはや感謝しています。なぜなら、世の中がSNSや感染症など、様々な目から入ってくる情報に振り回されているからです。また、人々は、その目から入ってきた情報を他人と比較し、悩み、不安を感じていると思います。僕は情報や人に振り回されることがありません。このように自分の人生や考え方をどうやってとらえ直したか、皆さんにお伝えできればと思います。

講演録

「勉強で得られることは、答えではなく問いである」、「未来を変えるためには、経験を変えよう」、そして、「違う結果を出すためには、違う行動をしよう」。これは僕の好きな言葉です。今日、皆さんに、多くの問いや、今までとは違った何らかのインプットを感じていただければ嬉しく思います。

僕は3歳の時に、姉を小児がんで亡くし、目の難病、網膜色素変性症が判明しました。医師である父の仕事の関係で、幼稚園時代をアメリカで過ごし、小中高時代は日本の普通の学校でいじめられたり、大学は卒業まで7年間かかり、うち2年は大学へ通う意義が見い出せず、引きこもっていました。大学へ戻るとインターンとして働き始め、そのまま就職した経営コンサルティング会社は、リーマンショックで大打撃を受け、その後、独立をしたら経営パートナーにお金を持ち逃げされました。

9年前、髄膜脳炎で生死をさまよい、一昨年、8年半CEOを務めた就労困難者の支援をするNPOの事業承継をするなど、37年の人生には、多くの社会課題が降りかかってきました。
これらを嘆くのも一つの人生です。しかし、このどうにもならない経験が、僕の人生をとても豊かにしてきました。

人のための方が、パワーが出る

僕は、自分のことを好きになれたり、誰かと巡り会わせてくれる「仕事」が大好きです。雇用の創出に携わる中で、アフリカにもっと仕事があれば、飢餓や戦争がなくなるとさえ思っていました。近年、海外の障がい者雇用についてお声がけいただく機会が増えたり、横浜でのTICAD(アフリカ開発会議)の開催もきっかけとなり、「アフリカへ行こう!」と思い立ち、2019年に10日程ケニアへ一人で行きました。

僕にとって、この旅は「宿題を探す旅」でした。自分のためなら、安心安全に配慮して、ガイドや通訳を付けたでしょう。でも僕は、世界に飛び出すことを躊躇している企業家たちへ、「大丈夫だよ! 目が見えなくても、英語が話せなくても、一人でアフリカに行けたよ」と伝えるために、半年かけて準備をして行きました。それは、「人は、自分のためより、誰かのための方がパワーが出る」ことを、実感できた旅になりました。

「できない」が起こると、「できる」が増える

アフリカでは、手で食事をするから苦労するよと、心配してくれる人がいました。でも、手で食べる方が僕は楽です。目が見えないので、子どもの頃から食事のマナーにはとても気を付けていましたが、限界を感じ、ある時、僕の食事のマナーは、美味しそうに食べることだと、とらえ直すようになりました。

23歳頃までは、目に近づければ文字は見えていたので、恋人とよくカラオケに行っていました。しかし、ある時、いよいよ文字が見えなくなり、僕は歌えなくなりました。こんな風に、僕の人生は、どうにもならない経験の連続で、それをどのようにとらえ直すかが得意になりました。カラオケで歌えなくなった時、恋人の歌を2倍聞けるようになり、歌を聞く楽しさが増えた。こんな風にとらえ直しました。障がいがあるおかげで、できないことが一つ起こると、できることが一つ増えます。

仕事や子育てなど、世の中の人は、いろいろなことがコントロールできると無意識に思っているから、苦労するのだと思います。目が見えないこの人生を、僕は、最高に楽しいと思っています。なぜなら、僕は目から入ってきた情報を他人と比較して悩んだり不安や緊張を感じることがないからです。あるのは、思い込みと主観です。今の社会は、マーケティングなどによる客観的指標が多いし、忖度や空気を読みすぎ、「私はこう思う」が言えない時代です。ある有名な美術の研究者は、僕と話すと、「いいすれ違いが多い」と言ってくれました。

目が見えない僕が、相手と共有できるのは「言葉」です。僕は、言葉を愛し、言葉の力を信じています。その業界の既成概念やコンプレックスを抱えた人の心に向き合い、たくさんの言葉を紡いでいく。それが僕の仕事です。

また、僕は、悩みやネガティブな出来事が降りかかってきたら、「人とわかり合えるテーマが増えた」と、思うようにしています。ネガティブな経験は、誰かの役に立った瞬間、良い経験として浄化されると感じます。だから、誰かが失敗したり、大変な経験をしている時、「僕もその経験したことあるよ。僕はこうとらえ直すことができたよ」と、話しています。

光の当て方で「弱み」は、「強み」にひっくり返る

今、僕は、国内外の約60社の経営者の経営と人生のとらえ直しをさせていただいています。

一般的には経営コンサルティングに当たるのでしょうが、それとはかなり違います。お引き受けするのは、初体験の仕事で、一業界につき一社。結果にも継続性にもコミットしないと申し上げています。昭和、平成を経て、令和の時代はやったことがないことに挑戦することが重要だと思います。僕は、初体験の仕事だからこそ、めちゃくちゃ勉強して先入観のないフレッシュなアイデアを提案し、結果や継続性にとらわれることなく、挑戦できるようなサポートをしています。

働きづらさのとらえ直しの話をしましょう。
アメリカに、大企業の社長秘書として機密書類をシュレッダーにかける仕事で、年収800万を得ているダウン症の方がいます。その方は、文字が読めず、コミュニケーションも苦手です。シュレッダーするだけの仕事を健常者がしたら、セキュリティの研修を受けていても、機密を他者に漏らす可能性は否めません。ここでは文字が読めないこと、コミュニケーションが苦手なことは、弱みではなくて強みになります。

トヨタ自動車の工場が多数ある愛知県豊田市では、1000人以上の聴覚障がい者が働いています。彼らは、工場で発生する大きな作業音が気にならないし、離れていても、手話でコミュニケーションが取れます。聴覚の障がいは、弱みから強みに替わります。また、伝統工芸の後継者不足に悩む京都市では、「伝福連携」の考え方が進んでいます。目で見たものを覚えて黙々と作業することが得意な発達障がいの方と西陣織などの伝統産業はマッチします。

これらのように、光の当て方次第で、人の弱みや強みはひっくり返ります。そして、障がいを持つ方だけでなく、サラリーマンを含め、働きづらさを抱える全ての方に対して、経営者、フリーランス、個人事業主、副業など、いろいろな働き方の選択肢があることを教えてあげる関わり合いも大事だと思います。さらに、できないことができるようになることは大事ですが、それよりも、やりたいこと、好きなことにも、もっと目を向けていくことも大事な時代ではないかと思います。

経営の常識をとらえ直す

全国の少年院、刑務所受刑者専用の求人誌『Chance!!』を発行するヒューマン・コメディという会社があります。現在の人材紹介会社のビジネスモデルでは、犯罪歴を持つ人の就労支援が難しく、過去を秘密に就職した人の多くは、いつばれるか不安の中で働いています。

『Chance!!』は、3カ月に一度、20、30社の掲載企業と、どの犯罪歴までなら採用可能かを議論し、掲載しています。履歴書も付属し、これまで1000人以上が利用しています。福岡の老舗、増田桐箱店は、着物などの入れ物としての桐箱需要が減少する中で、湿度のコントロールが得意な桐の特性に着目して、米びつや食パン用の桐箱などを制作し、人気商品に育てています。また、シェアウィングという会社は、檀家制度が崩壊しつつある全国のお寺や神社に、シェアリングの発想を取り入れて、宿坊を企業の会議や研修に利用できるサービスを行っています。

未来とは、修正できると思っている過去

僕は、未体験への挑戦を人に勧めることが大好きです。僕自身も、自分では見えないのに、髪を金髪にしたり、次はゴルフにも挑戦予定です。できるようになってからやるのではなく、やるからできるんですよね。僕も初めから経営が好きだったのではなく、経営をやってみたら性に合ったんです。

また、今、大切にしたいと思っているのが、「余計なこととお節介をする力」です。「足りないと困ると思い、サンプルを多めに入れておきました」みたいな人間らしさが、AIやロボット時代に求められているように思います。

最後に。ある人が言っていた「未来とは、修正できると思っている過去である」という言葉を皆さんに贈ります。皆さんは人生の中で何かに蓋をしていませんか。今日、僕の話をお聞きいただき、その蓋を開けてみよう、過去の課題に今なら向き合えそう、と思ってもらえたら嬉しいですし、そう思えた瞬間、皆さんには未来が見えるのだと思います。