第63回講演会(オンライン開催)

尾角光美

一般社団法人リヴオン代表理事

テーマ

自他のいのちを大切にする生き方

プロフィール

おかくてるみ
19歳で母を自殺により亡くす。大学時代はあしなが育英会で国内外の遺児たちのケアに携わる。2006年より全国の自治体、学校などから講演などに呼ばれ、グリーフ、自殺予防に関して伝え広める。2009年「グリーフケアが当たり前にある社会」の実現を目指しリヴオンを設立。2010年社会起業家向けビジネスコンペedgeで優秀賞受賞、NPO法人ETIC.が運営する内閣府の起業支援SVSM一期生に選出。「グリーフサポート連続講座」が認められ、寺院とNPOの協働を表彰する第5回「共生・地域文化大賞」にて「共生優秀賞」受賞。2018年英国ヨーク大学大学院国際比較社会政策修士号取得。単著に『なくしたものとつながる生き方』(サンマーク出版)。

講演概要

これまでに経験したことのない、多死社会が訪れている只中を生きている私たち。いのち=生+死をまるごと、大切にする社会をどうやったら築くことができるでしょうか。いのちを生きる上で「失うこと」は避けて通ることができません。病気、けが、引っ越し、離婚や離別など人間関係の喪失、そして大切な人との別れ。失ったときに、生まれてくる感情、反応(グリーフ)を「ままに」大切にされる社会があれば、いのちを本当に大事にできるのではないでしょうか。私は死別をはじめ多くの喪失、グリーフを扱う現場に立ち会ってきました。その経験を手がかりに、自分のいのちも、他者のいのちも、大切にする生き方を皆さんと探求できれば幸いです。

講演録

いただいた恩を社会へ還元したい

私たちは「おぎゃあ」と生まれ、それぞれの人生を生きて、いのちを終えていきます。いのちとは「生」から「死」までの丸ごとを指すものだと思うのですが、いのちを学ぶとか、大切にすると言う時、「生きている」ことのみに焦点が当たりがちです。今日は、生も死も包む「いのち」の学びを考えたいと思います。

2003年、当時19歳の私は、大学入学直前に母を自殺で亡くしました。その半年前、父が事業に失敗して多額の借金を背負い、母は長年患っていたうつ病を悪化させていきました。私も一緒に生きていくのがしんどくなるくらい、毎日「死にたい」と言うようになり、最後は母が家から出て行くのを止めることができませんでした。

何とか大学に入学はしたものの椎間板ヘルニアを患い、学業も学費を稼ぐアルバイトも続けられず、中退危機が3回ありました。うつと孤独感、母を助けられなかった自責感にも襲われ、グリーフの影響に何年も苦しみました。しかし、100万円もの学費を提供してくれた血の繋がりもない大人の存在、奨学金を借りていたあしなが育英会を通じて出会った、気持ちを分かち合える近い境遇の仲間たちなど、幸いにして支えてくれる人たちと出会うことができました。

私はこうした支えを自分だけ運が良かったものとして終わらせるのではなく、誰にとっても当たり前にあるようにしたい。親が亡くなったという理由で夢や進路を諦める若者や子どもが一人でも減らせ、大事な人を亡くした誰もが必要なサポートにつながれる社会をつくりたい。恩返しではなく「恩送り」。この思いがリヴオンの設立、活動につながっていきました。

人の数だけグリーフがある

グリーフとは、失うことによって生まれてくる感情や反応などで、死別だけではなく、引越により、その土地で育んだ人とのつながりや友人関係を失う、とても大事なものを失くす、病気で仕事を辞める、立場を失う、ケガをして部活に出る機会を失う、失恋や絶交、離婚など、日々の中の様々な喪失によって起こります。狭義では死別の悲しみと訳されますが、そこに留まらないのがグリーフです。

グリーフの感情や反応には、「悲しみ」、「苦しみ」のほかに、もっと◯◯しておけばよかったという「後悔」、そして「怒り」もあります。怒りは二次感情と言われ、その奥にもう一つ深い感情があります。東日本大震災の津波で奥様を亡くし、自分に怒りを向けていた男性は、よくよく話を聴くと、「自分が傍にいれば助けられたのに」という奥様への大切な思いが根っこにありました。「安心・安堵」という感情もあります。病気や障害のある家族を見送った末に感じたりします。また、「何も感じない」という反応もあり、他人には気丈に映ることもありますが、感じないことで身を保っている状態です。

これらは心の影響ですが、グリーフはそればかりでなく、不眠、腰痛、めまい、疲労感などの身体的影響、記憶力や注意力の低下、失ったことを否認するといった認知的影響、不登校や会社へ行けない、過活動などの社会的影響も起こります。大事な人を亡くしたことで、生きる意味が見出せなくなったり、信仰への疑問や不信といったスピリチュアル的影響など、グリーフによる影響は多岐に亘ります。

グリーフケアで最も大事な認識は、こうしたどのような感情、反応、影響も自然なものだということです。何年経っても涙が流れたり、怒りを感じたりする状態も自然なことです。もし、周りに自分の感情や反応はおかしいのでは、と心配している方がいらしたら、大丈夫と伝えてあげてください。指紋が違うようにグリーフも一人一人違い、悲しみの重さ、表現の仕方は違います。だから他人との比較はできません。自分の心の天秤には、自分の悲しみを乗せることはできても、他人の悲しみを取り出して乗せることはできないからです。

グリーフには、転校や転職、余命宣告など、失う前から始まるグリーフ「予期悲嘆」もあります。病院で扱う場合はスピリチュアルケアといって、海外では宗教者が関わります。日本の病院でも少しずつ行われるようになりましたが、宗教と、死は敗北とされる医療は相容れにくく、まだ難しい面があります。

ゆらいでいい

グリーフには終わりがあるのか、時間が経てば楽になるのかと、よく聞かれますが、楽になるグリーフもあれば、そうではないグリーフもあります。失った存在が大きいほど、命日や記念日などの折々に悲しみ、苦しさがこみ上げてくるのは自然にあることです。東日本大震災で多くの児童を亡くした宮城・石巻の大川小学校では、しばらくは3月になると休みがちな児童が増えていたそうです。

そして、グリーフの大事な理論に「喪失と回復の二重過程モデル」があります。人は何かを失くした時、亡くした人やものなどへ意識が向かう「喪失志向」の状態と、奥様を亡くしたから家事をしようなど、新しい役割や目的に意識が向かう「回復志向」の状態があります。昔は、階段を上るように回復志向へ向かうことが良いとされていましたが、最先端の理論では、両方を行ったり来たりして「ゆらぐ」ことが大事だと言われています。

「乗り越える」、「立ち直る」という表現が主流の時代が長く続きましたが、生も死も包む「いのち」を大切にする生き方とは、ゆらぎながら、失ったことを大切に抱きながら生きていくことなのだと考えます。それは、亡くした人の好きだった食べ物や音楽を味わう、趣味を楽しむ、お墓参りをする、生前の思い出話をする、何か大きなものに願いを込めて祈りを向けることでもいいと思います。

自分と他者のいのちを大切にする生き方

私たちの活動には、自殺予防教育として国のモデル授業としても行ってきた「いのちの授業」があります。今、日本の10代の死因の一位は自殺。なぜ未来のある子どもたちが、自らいのちを断たざるを得ないのか。

私たちが注目し、子どもや学校の先生と考えているのは「価値観」です。多様な価値観が存在し、良い・悪いは人によって判断が異なりますが、主たる価値観が与える影響を考えています。例えば、人に迷惑をかけない方がいい、皆と同じがいい、頑張れることが尊いなど、どれも大切な価値観です。しかし、「人に迷惑をかけない」は、「自分が弱っている時でも人に頼らない方がいい」と思ってしまったり、「皆と同じがいい」は、「レールから外れたら終わり」と思ってしまうかもしれません。頑張るのは大切だけど、頑張れず、いのちを大切に思えない程辛い時だってある。そういう時にどうするかを一緒に考えていくことが、授業の大事なポイントになります。

私たちは、グリーフケアにも自殺予防にも共通する、いのちを守るために必要なことは、「ままに」ということだと思っています。私が孤独で一番辛かった時に電話をかけた関西の友人は、「死にたいなんて言ったらアカン」ではなく、「てるみん(尾角氏の愛称)、死にたいんやな。そのしんどさはどんな感じなん?」と、私を「ままに」受け止め、話を聴いてくれました。そして「ままに」は、他者に対してだけでなく、最も必要なのは自分自身に対してです。

グリーフの例で言えば、四十九日が経ったから「落ち着いていないと」ではなく、「四十九日を迎えた今はどんな感じ?」と、自分の心に純粋に聴いてみる。他者との比較やジャッジ(価値判断)が出てきたら脇に置いて、自分の声を聴いてあげる。自分の、他者の、辛い、苦しいという声を「ままに」聴くことで、いのちは本当の意味で大切にされていきます。

この「聴く」ということ。今までの支え方は、どんな声をかけ、どんなアドバイスをするかという発信側がメインでした。これからは相手の声に耳を澄まし、心を向け、そして眼差しを向ける。ジャッジをするのではなく、「ままに」聴ける「器」になる。そういう器になることで、対話の土台である信頼関係が築かれ、相手との心の対話ができるようになるのだと思います。

そして、何より自分自身を大切にすること。自殺者増加は、自分を真に大切にするということが抜け落ちているからだと感じます。他者を大切にし、社会を豊かにしようと思う時、自分へのケアの質がそのまま他者、ひいては社会との間に生まれるケアにつながると思います。

まずは自分を「ままに」大切にすることが、これからの価値観として重要なことだと思います。