第65回講演会(オンライン開催)

筧裕介

issue+design(NPO法人イシュープラスデザイン)代表

テーマ

社会課題解決のためのデザイン

プロフィール

かけいゆうすけ
1975年生まれ。東京大学大学院工学系研究科修了(工学博士)。一橋大学を卒業後、㈱博報堂に入社。様々な商業デザインを手がける。2008年issue+design設立。以降、社会課題解決、地域活性化のためのデザイン領域の各種プロジェクトに取り組む。代表プロジェクトに震災ボランティア支援の「できますゼッケン」、300人の地域住民と一緒に描く未来ビジョン「高知県佐川町・みんなでつくる総合計画」、認知症の方が見える世界を可視化する「認知症世界の歩き方」、持続可能な地域づくりゲーム「SDGs de 地方創生」など。著書『認知症世界の歩き方』『持続可能な地域のつくり方』『ソーシャルデザイン実践ガイド』ほか。

講演概要

人口増、経済成長が続き、安定的に未来を見通せた時代。私たちに求められていたのは、論理的、分析的アプローチで見出した「正解」を確実に遂行することでした。
しかし、人口は減少し、経済は停滞し、様々な想定外な出来事に遭遇するこの時代。「正解」は見当たりません。たとえ、正解があったとしても、コストや人的要因から実施が難しいことが多いでしょう。

そんな時代に求められるのが「デザイン」です。
デザインとは論理的思考や分析だけでは読み解けない、複雑な問題の本質を直感的に捉える行為。美と共感で多くの人の心に訴え、行動を喚起し、社会にシアワセなムーブメントを起こす行為。
そんな社会課題を解決する「楽しい」デザインについてお話しします。

講演録

デザインは人々の行動を喚起するもの

issue+designは、2008年に神戸で創業した、ありとあらゆる様々な社会課題に対してデザインでアプローチをするNPO法人です。

昔のような経済成長、人口増加が続いていた時代は、論理的、分析的に見出された「正解」を確実に遂行することがビジネスや行政に求められましたが、今は、論理的な思考や分析だけでは読み解けない想定外の出来事に遭遇する時代です。

デザインとは、このような時代に、複雑な問題の本質を直感的、推論的に捉え、調和や秩序をもたらしたり、美しさや共感で人々の心に訴え、行動を喚起し、社会に幸せなムーブメントを起こすことができる行為だと考えています。

私は、NPO法人を立ち上げるまで広告デザインの仕事をしていて、2001年9月に出張先のニューヨークで同時多発テロに遭遇し、2棟の超高層ビルが崩れ落ちていく姿を目の当たりにしました。すぐには帰国ができず、1週間ほどあの場に滞在する中で、地球社会にたくさんある課題に対して、デザインで役に立てることがあるのではないかと思ったのが現在の活動の原点です。

防災×デザイン

どのような仕事を手がけているかというと、2008年に神戸で始めた「震災+design」プロジェクトでは、阪神淡路大震災から10年が経過し、再び同規模の都市直下型の地震が発生した想定で、地域の避難所で生じるトラブルや課題に対してどのような対策が提案できるかを市民の方々とワークショップ形式で考えました。数々出たアイデアを事業化したかったのですが、当時はまだ行政も防災に予算を計上する考えがなく、また、書籍にもまとめましたが全く売れませんでした。

3年後、東日本大震災が起こりました。
津波の映像をずっと見ながら、自分に何ができるかを考えていた時、頭に浮かんだのが、神戸のワークショップで出たボランティアに対するアイデアでした。阪神淡路大震災の時、全国からボランティアが集まりましたが、本人たちも何をしたらいいのか分からず、受け入れ側も彼らに何を頼めばいいのか分からずに混乱しました。東日本大震災でも同じようなことが起こる可能性があると思い、翌12日に神戸へ渡り、そのアイデアをベースに市の職員の方々と、実際に役に立つものになるよう議論を重ね、ボランティアたちが、何ができるかを明示する「できますゼッケン」を作成しました。

ゼッケンは4色に分け、赤は「医療・介護」、青は「ことば」、緑は「生活支援」、黄色は「専門技能」として、英語が話せる人なら青のゼッケンに「ENGLISH」、保育士なら緑のゼッケンに「ベビーシッター」などと自分で書いて背中に貼れば、その人に頼めることが一目で分かります。誰でも印刷できるようにしてSNSで呼びかけたり、現地の支援に派遣される神戸市の職員に持参いただいたりして、少しはお役に立つことができました。

また、気候変動、地球温暖化の影響で、大規模な風水害が発生する頻度が高くなっていることから、風水害にも取り組んでいます。
2017年から2020年までの6大風水害で470人が命を落としてしまった理由を体系化し、風水害から身を守るための行動がシミュレーションできる映像「風水害24」を制作しました。

映像には115のシナリオが用意され、大型台風が近づく最中に、「今、何をするべきか」という質問と回答案が何度か表れます。何を選択するかによって、無事に避難所へたどり着けるか、命を落としてしまうかの結末が変わります。

結論から言うと、最初にすべき大切なことはハザードマップを見て、問題がなさそうならば自宅にいる、避難すべき場合は、安全な避難経路を確認して移動すれば問題はありません。そのほかに、確かな情報収集など、身を守るための大切なメッセージを映像に込めています。

認知症×デザイン

今、一番力を注いでいるのが、認知症のプロジェクトで、慶應義塾大学が中心になって設立した「認知症未来共創ハブ」にお声がけいただき、設立当初から参加しています。認知症は基本的には、脳の加齢に伴う老化現象であり、罹患率は85歳以上で約半数です。超高齢社会の日本には「認知症と生きる」という認識が必要ですし、世界が求めていることだと思います。

一般の方に認知症のイメージをお聞きすると、何もできなくなる病気、周りに迷惑をかける病気、また、いまだに痴呆と言う方も多く、差別や偏見に溢れた病気と言わざるを得ません。しかも認知症について、あまり知らずに偏見を持っている。かつては私自身もそうでした。

認知症の方々が集まる会に参加した時、あるご夫婦と出会い、奥様から認知症のご主人が汚れたニットの帽子を脱がずに困っていると聞きました。奥様が席を外した時に何気なくご主人に理由を聞いたところ、その方は幻視の症状があるレビー小体型認知症で、頭上に木が垂れ下がっているから帽子で頭を守っているのだと仰いました。

恐らく奥様にも説明したのでしょうが、うまく伝わらなかったのでしょう。このように認知症の方が生きている世界、見えている景色が脳のトラブルによって起きていることを、近くにいる家族、医療や介護の現場にいる方々が理解できないことが、偏見の一因であると気づき、この問題を解決しなければと思ったのがチャレンジの始まりでした。

楽しさ、共感が人を動かす

私たちは認知症を「脳の認知機能が働きにくくなったために、生活上の問題が生じ、暮らしづらくなっている状態」と定義しています。 人は、視覚、記憶、言語、判断などの認知機能を複雑に使いながら日常生活を送っています。例えば、認知症を持つ方の外出先でのトイレの失敗は、視界が狭くなったためにトイレのマークが見つけられなかったり、目の前のトイレマークを自分の記憶と照合できないなどの理由が背景にあります。

つまり、トイレの問題だけに限らず、ご本人が抱える何らかのトラブルや、周囲が理解できないと思う言動行為には、必ず何らかの認知機能の問題があり、異常行動でも何でもないわけです。 そこで、認知症のある方100人にインタビューを重ね、生活の困りごとの背景にある心身機能の障害を44項目にまとめました。さらに構造的な整理を行い、「時間・記憶」「五感」「空間」「注意・手続き」の4領域に区分することで理解しやすくしました。

しかし、あまり知りたくはない認知症について学ぶことは楽しくないし、好奇心も湧かず、頭にも入らないでしょう。そこで、楽しい、もっと知りたい、認知症の方と話してみたいと思えるようなコンテンツにしようと、認知症のある方が経験している出来事を13のストーリー仕立てにし、読者が旅人として体験できるような書籍『認知症世界の歩き方』や映像を制作しました。記憶障害、徘徊、人の顔がわからない、何度も同じものを買ってしまうこと等々、トラブルや行動の背景にある理由が分かれば、認知症のご本人や周りの方々の対応の仕方も変わることができます。

書籍には、ご本人や周りの方々が、こういう時にはどうすればいいのかといった、認知症と共に生きるための知恵を学べるガイドブックも載せています。昔は認知症のある方々は、自分が認知症であるという意識はないと言われていました。しかし、ご本人は自分の中の変化を明らかに感じつつ、何が起こっているのか分からないという葛藤を抱えています。書籍をご覧になった認知症のある方ご本人には、「この本を読んで理解してくれる人が増えました」、認知症の方のご家族からは「寄り添い方のヒントをもらいました」と喜んでいただき、本当に嬉しく思っています。

認知症のイメージを日本から変えたい

認知症プロジェクトは四つの目標を掲げています。1つ目は日本人の認知症観を変えること、次に、医療・介護・福祉の専門職の考え方を変えること。3つ目がアジア、ヨーロッパの市民の認知症観を変えること。これは、言語に依存せずに多くのことを理解できるコンテンツなので、すでにチャレンジを始めています。4つ目に子どもたちの認知症観を変えることです。出来上がってしまった大人の偏見を変えるのは、やはり大変なので、早い段階から理解してもらうことが近道だと思っています。

結果的には、認知症と共に生きるという考え方を、日本発の世界の教養にしたいと思って取り組んでいます。私はデザインとは、「問題解決学」だと考えています。デザインは、現在や目の前のことではなく、未来を考える思考を刺激する力を持っています。それが人のワクワクや楽しさ、心と体を動かす力となり、ひいては人と人をつなげ、ムーブメントを起こしていく力となる。

これからもデザインを通じて、世の中の社会課題のために頑張っていきたいと思います。