第9回講演録

宗像恒次

筑波大学大学院人間総合科学研究科教授

テーマ

愛の健康科学  幸せの三つの力とは

プロフィール

保健学博士。1948年大阪府生まれ。73年東京大学大学院修了。カウンセリングを受ける者が心の問題を自らの成長のエネルギーへ変えていくことができる、SAT(構造化連想法)と呼ばれる独自の開発技法による「ヘルスカウンセリング」を推進。著書『がん、うつ病から家族を救う愛の療法』(主婦と生活社)、『運命の愛はとりもどせる』(講談社)ほか多数。

講演概要

「私たちの心身の健康と、愛したり愛されたりすることは強く相関します。人は3つの愛“人に愛される、自分を愛する、人を愛する”を体験するとき、大脳皮質の血流が増加して自律神経のバランスが保持され、ストレスホルモンが低下、免疫力が向上し、健康力が高まるからです。人は心の栄養がなければ生きられません。この3つの愛に必要な能力“気持ちをよく聴く力、上手に主張する力、矛盾する気持ちを自ら少なくする自己一致力”のトレーニングについての具体的モデルを紹介しましょう。」

講演録

科学的にみる「幸せ」の定義

日本ではこの7年間で毎年3万人、延べ21万人以上の自殺者が出ています。こんな数字は戦争でも簡単には出せません。そのうちの7割は、うつ病関連が原因といわれています。うつ病とは、憂鬱で無気力、喜びも減退し、拒食または過食、不眠または寝過ぎる、死について何度も考えるなどの症状があります。この時、物事の判断や計画をする働きを持つ脳の前頭葉は、血流が低下しており、活動に必要な酸素やブドウ糖の不足した状態です。ところが、扁桃体という恐怖や悲しみを記録している部位は活動しているため、過去の嫌なことなどの恐怖感の映像を流している。この双方の活動関係でうつが引き起こされるのです。

うつは別名「幸福喪失の病」といいます。では科学的にみた「幸福」の定義と何か。平たい言葉でいえば、「生きがいや生きる意味を感じている」こと、「否定的感情がない」こと、「快感がある」ことの3つをいいます。生きがいは、前頭前野の腹内側部に酸素とかグリコースが取り入れられると感じられ、快感は前頭前野の中隔側座核で作られていきます。またスポーツ選手とは違いますが、芸術家や学者たちは作品や研究テーマばかりを常に考え続け、ある程度の時間を集中した先に閃きを体験しています。

扁桃体は、筑波大学の基礎医学部門の研究だと3歳まででだいたい決まり、これ以上は変わりません。扁桃体の記憶には、誕生する前のものも含まれています。例えば妊娠不安を抱えていた母親の子どもを追跡調査すると、8、9歳の小児期に情緒不安、多動児、心身症などを発症するケースが多くみられます。妊婦不安の問題というのは非常に重大なのですね。こういう場合、SAT療法では、退行催眠をして子宮内や前世代における恐怖感をつくる潜在イメージ記憶を、恐怖感のないイメージに変更してあげると治ります。一般的には、目標設定をして立ち向かっていくことで、前頭前野の血流は上昇し、扁桃体の働きが自動的に抑制されます。だから恐怖感の強い人ほど、仕事中毒になりやすいといえるわけです。でもこの恐怖感は、先をしっかり考えた行動がとれるようにもしてくれるのですから心の傷は、心の宝でもあるといえるのです。

感情反応が化学反応とは受け取りにくいと思いますが、幸福感というのは、このように実は化学反応です。前頭葉の活性化時に流れるドーパミンが、勢いよく、パーッと流れる時は快感を、適度な時には幸せや満足感を得られ、多すぎればそう状態で、少ないとうつ状態となるのです。

幸せになる「3つの条件」

私は、子どもが生まれる時、病院まで間に合わなかったため、自分の手で取り上げたことがあります。低体重児でしたが、透明でかわいい小さな指が一本一本ちゃんとあるのを確認した時、「お父さんは、あなたを授かって嬉しい。ありがとう。愛しているよ」と、心から感謝し、「大好きだよ。何があってもお父さんが守ってあげるからね」という気持ちが溢れたのを今でもはっきり覚えています。

この気持ちを愛と仮定しましょう。人間の脳は、こういう愛のイメージをもって感情表現する時、また自分を愛する時に前頭前野の左下部分に酸素量の上昇が見られ、活性化します。一方、耳裏の側頭部はそのような愛の感情をキャッチし、酸素量の上昇がみられます。このように愛する脳と、愛される脳の部位はまったく違います。世間では、愛されると愛するようになるという説があるようですが、脳の科学からすると、愛されても愛されてもわがままになるだけで、愛する結果にはつながらないのです。残念ながら(笑)。
ところが、多くの人たちは、親との身体的接触、情緒的結びつきが妨げられていたり、緊張や恐れが強く、親に十分甘えられなかったという愛着問題をかかえています。また、自分を満足させる生き方ができず、自己否定に陥ったり、また人を愛せないという、私の呼ぶ「愛情障害」の状態にあり、この三つの欲求は満たされていない場合が多いのです。

脳は、爬虫類脳(脳幹)、哺乳類脳(辺縁脳)、霊長類脳(新皮質脳)という別々の三種類をつぎはぎしてつくられており、内臓のように統合された状態ではありません。それぞれの特色ごとの反応をしています。例えば爬虫類脳は、爬虫類のようにピリピリ、トゲトゲ信号のような威嚇を苦手とします。霊長類脳は、生きがいなどを求めるという働きをし、哺乳類脳は抱いてあげたり、スキンシップした時などの喜びの感情に対して反応します。チンパンジーは、生後4年間、発情はせず、いつも親子でべたべたしていますが、スキンシップが大切なのは哺乳類脳を持つ人間も同じです。人間は、存在することの安心感を皮膚から入力しています。不安な時に手を重ねたり、組んだりするのはこのためです。スキンシップの感覚を蓄積しないと、ちょっとした不安や無力感が、恐怖感を強めます。これを“愛着障害”といいます。スキンシップを日本人は苦手としていますが、スキンシップ不足はちょっとしたストレスに対して無力感を持ちやすい現代の子どもたちを襲っている大問題でもあるのです。

また自分を満足させる生き方ができない「愛自障害」は、年配の方に多くみられるようです。定年後、ようやく人を愛する余裕やボランティアができる可能性が出てくるわけですが、それができないと、今度は自分をダメな人間だと思ってしまうのです。こういう場合は、何か趣味を持つことから始めたらいいと思います。自分を愛する脳も人を愛する脳も部位は同じなのですから、自分の好きなことをしているうちに、自分のことも好きになっていけるようになるし、人も好きになれるようになります。

これらの愛情障害の背景には、感情を抑えがちな性質があるように思います。しかも自分で分かっていないことが多い。以前、習志野市民を無作為にコンピューターで抽出して、この「自己抑制」に関する調査を行ったことがあったのですが、どの年代も8割の方が、20点満点中、7点以上を取っていました。このテストではうつ病の人は15点以上必ず取ります。ガンの人は10点平均。過去には満点を取った東大生もいました。取りすぎです(笑)。だから後にうつ病で苦しむことになりました。さらに調査していくと、「自分の感情を抑えてしまうほうである」という感情の背後の多くに「不安」があり、さらにその不安には「見捨てられる」または自分はダメだという「自己否定」の思いが存在することがわかっています。

自己抑制の強さは、母親に十分甘えられなかった、父親が冷たかったという状態を本人、あるいはその両親が体験しているのです。自己抑制の強いサラリーマンはストレスをためやすく、大概はアルコールに頼ってしまう。アルコールはストレス反応を作り出すノルアドレナリンを製造する脳幹に働き、分泌をストップさせてくれるのです。日本のサラリーマンの約7割は(2割は重症)アルコール依存症といわれ、また日本人は不眠の時、アルコールに世界一依存している国でもあります。

オーストラリアのように精神分析が発生した国ではアルコールではなく、「しゃべり」ます。「噛む」のがいいのです。メジャーリーガーがよくガムを噛んでいるでしょう。あれは不安を緩和するためなのですね。ただ「しゃべる=噛む」については、ストレスの原因を話題にしないと有効ではありません。「上司に無能と言われた」とは、奥さんになかなか言えないかもしれない。でも言ってみてください。誰にも言えないようなことを抱えている時、人は孤独を感じます。だからこそ夫婦がお互いにそういう「本当のこと」を聞いてあげられる配偶者になることが重要なのだと思うのです。

また「アサーション」といって、受け身でも攻撃でも慇懃無礼でもないコミュニケーション術を身につけるのもいいですね。相手に認められようとせずに、「私はこう思う。こうしたい」という自分を満足させる上手な主張の方法です。「あなたは」を主語にすると支配や非難などになってしまいますが、これなら壊れたレコードのように繰り返してもいいのです(笑)。

それと、人間には遺伝する性格気質があることを知っておくのもよいでしょう。それは循環気質(躁鬱気質)、執着気質(うつ気質)、自閉気質(統合失調症気質)、粘着気質(てんかん気質)、新奇性追求気質、リスク回避型気質などに分けられます。循環気質は、人に認められたいという気持ちが強く、親密な対人関係の中での「おしゃべり」を精神安定のために必要とします。執着気質は自分にも他人にも100%を求める完全主義。自閉気質は、他に認められようとせず、孤独に強いが自分を表現することを遠慮する。粘着気質は、上下関係を作ることで情緒的に安定します。

我々は、同じような顔をしているけれども、実は異星人みたいな違いがあるのです。こういったタイプを理解すれば、例えば循環気質の人は、いつもしゃべる相手をもっていればいいし、粘着気質の夫を持つ場合は、立ててさえおけばあとは奥さんの自由にできる(笑)。というようにパートナー間にも愛が生まれやすくなるのではないでしょうか。

人間は愛のために生きている

病には、うつ病をはじめ、スピリチュアリティな病気があります。WHOは98年の執行理事会で、肉体の健康状態だけでなく、スピリチュアリティも含めてトータルで考えようとしたところ、日本と韓国などが反対したので、ペンディングになっていますが、将来は公式に採用されることになるでしょう。

人間は、スピリチュアルなものと深く関連して生きています。例えば、お墓参りに行けば、墓前で家族の息災をお願いしたり、感謝したりするでしょう。手を合わせる相手は、先祖か親か、または先立たれた妻や子どもかもしれない。その時、ボディがあろうとなかろうと、脳には彼らをイメージとして、つまり脳神経活動パターンとして存在させるのです。幻覚であろうと想像であろうと、知覚であろうと、それらに我々の身体は影響を受けます。我々は、そういうスピリチュアルな存在なのです。

以前、退行催眠をしたうつ病の患者は、お腹の中では双子だったのが途中で妹が流れてしまい、それは大変な恐怖感として記憶されていました。これは患者にとっては真実です。実際に受精8週間の「胎芽」の頃にはお母さんのお腹に吸収されたり、流産で消えることはよくあります。40件の双子のうち、13件は片方が消えることが報告されています。

ヒトは、欲求を満たそうとするシナプス結合システムである人格をつくります。その患者は、自分の人格だけでなく、妹の人格をつくり、妹の欲求をも果たそうと生きようとするし、妹みたいな人を見ると助けてあげようとするのですが、自己満足的な助け方だから相手に拒否や拒絶をされ続け、うつがひどくなっていったのです。これはスピリチュアルな問題ですよね。

またガンにかかる人の背景には、別れたいのに別れない夫婦関係とか、辞めたくても辞められない職業関係や生活、また何世代にもわたるストレス性格(がまん強いなど)などがあります。それらが体内に活性酸素を出し、ガンの遺伝子を形成したり、ガン細胞の遺伝子を正常化する遺伝子が発現しなかったり、免疫力が低下するという問題を起こすわけです。

しかし、人間の身体には「p53」というガン細胞の遺伝子を正常化させる遺伝子があります。この遺伝子は、多細胞である我々の細胞をつくる、命を形成するために重要な遺伝子でありタンパク質です。ではこの遺伝子をオンにするはどうすればいいと思いますか。その切り札は「感謝」や「愛」なのです。

以前、末期の口腔底ガンの患者が、妻があんまり死なないでと懇願するので安心して死ねないと相談に来ました。そこで奥さんにSAT療法を行ったところ、なんとご主人のp53が14倍上がったのです。ご主人は、奥さんを何とかしてあげたいという気持ちが非常に強かった。その愛の気持ちで上がったのです。このようなケースは例外ではなく、私の臨床の通常なのです。

普通、このp53は簡単には上がりません。アメリカでは大腸菌を使って増やしますが、効果は一時的です。SATは脳のイメージを変えているから上がるのです。プラス思考の人でメンタルは大丈夫という人がいますが、実はプラス思考の背後には恐怖心があったりして、身体はメンタルとは別の動きをします。しっかりガンの追跡調査をしてどこに問題があるか調べ、遺伝子の動きにまでフィードバックしていかなければなかなか難しいのです。

また、胎児もp53がなければ育ちません。愛でp53が動くということは、子どもは親を愛するために生まれてきている、つまりこの親でいいと思って生まれてくると推察できます。これは別に遺伝子の話でなくても妊娠を維持するためには、子どもからホルモンを出さないとだめなのです。妊娠はいつでも解除して流産することができるわけですから。だから、ひどい親ほど、すごく優しい子どもが多いですよ。そんな親でもいいと選んでくるわけですから。その分、親を愛せないと自己否定感が出てきやすいのです。子どもは親を愛するために、人を愛するためにp53が動き、ホルモンを出して妊娠が維持され誕生する。これは現段階では仮説ですが、つまりは、全ての人間は、愛するために生まれてきたとしたら。皆さん、ものの見方が少しは変わりませんか。

うつにしてもガンにしても罹病率はどんどん上がっています。だから我々は、従来の医療の常識を疑う必要がある。本当にそれでいいのかと。

ガンもまったくゼロにするというような破壊する方向で治療を進めると二次ガンをつくったり、免疫を壊してしまうからかえって早死にしてしまう場合があるわけです。米国ではキャンサー・サバイバーという運動が広がっていますが、ガンと共に生きるという観点を持てば、家族、人生、死、生きることなどについて洞察を深められ、生き方そのものが変わってくるのです。物の見方、イメージを変えるだけで病気も難しい問題ではなくなります。

私の今日の話を通じて、皆さんのものの見方が少しでも変わって頂けるような機会になれば幸いだと思います。