
より良い世界をつくるために、国内外の様々な分野で活躍する方々の活動やライフストーリーから、多様な価値観・選択などを学び、自分と世界の未来について考えるきっかけを提供する、中高生キャリア支援プログラム「私のコンパス」。
2025年8月7日(木)、元NHKの番組ディレクターで、現在は社会実装型のアイデアにより、様々な社会課題に多くの人が参加できるプロジェクトを実践する小国士朗氏に、常識の枠を超えて自由に発想する大切さを、全国からオンライン参加した37人が学びました。
テーマ
「笑える革命」のつくりかた─
笑えない社会課題の見え方がぐるりと変わる(かもしれない)105分
がん・認知症・LGBTQへの理解・気候変動ー。”笑えない”社会課題を前に、僕は”笑い”ながら考えてきました。眉間にしわを寄せ、肩に力を入れ、拳を振り上げて社会を変える方法もあると思いますが、僕はできることなら、みんなで笑いながら手を取り合って、わっははと笑いながら社会の風景を変えていけたらいいなと思ってやってきました。ある時から僕の考えるプロジェクトは「笑える革命」と呼ばれるようになりました。「注文をまちがえる料理店」やみんなでがんを治せる病気にするプロジェクト「deleteC」といった実例を通じて、講義のあと、みなさんの社会課題の捉え方がぐるりと変わっていたらいいなと思います。
スピーカー
小国士朗 株式会社小国士朗事務所代表取締役/元NHK番組ディレクター
プロフィール
おぐに しろう / 2003年NHKに入局。『プロフェッショナル 仕事の流儀』『クローズアップ現代』などのドキュメンタリー番組を制作するかたわら、150万ダウンロードを記録したスマホアプリ「プロフェッショナル 私の流儀」の企画立案や世界150か国に配信された、認知症の人がホールスタッフをつとめる「注文をまちがえる料理店」などを手がける。2018年6月をもってNHKを退局し、現職。“にわかファン”という言葉を生んだ、ラグビーW杯のスポンサー企業アクティベーション「丸の内15丁目Project.」や誰もが暮らしの中でがん治療研究を応援できるプロジェクト「deleteC」、高齢者が地域のサッカークラブのサポーターになって心身の健康を取り戻す「Be Supporters!」など、幅広いテーマで活動を展開している。
著書に『笑える革命 ~笑えない社会課題の見え方が、ぐるりと変わるプロジェクト全解説~』(光文社)他。
講演要旨
僕の名刺の表には肩書きはなく名前だけで、裏には手がけてきたプロジェクトの一部を載せています。NHKから独立して一人で様々な企画を考え、プロデュースする仕事をする中で、一般的な仕事の枠組みから自分を解放したい、肩書のイメージで仕事の幅を狭めたくないというのが理由です。NHKでは、社会の問題などを取材して伝えるドキュメンタリー番組の制作をしていましたが、33歳の時に心臓病を患い、制作現場から離れることに。この時、これまで届けてきた大切な情報や価値を、番組以外の 方法で伝えていこうと決意しました。
例えば、様々なジャンルのプロに光を当てた番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」をもとに、自分のポリシーなどの情報を入力すれば、自分が主人公の番組ができるスマートフォンのアプリを開発し、200万ダウンロードされました。その7割はNHKをほとんど見ないと言われている10代・20代でした。
また、NHKの様々な番組の重要な部分を1分間に凝縮した動画を配信する「NHK1.5チャンネル」の企画では、編集した700本のうち、多いものは再生回数が世界で3億回を超えました。テレビ以外にも情報や価値の届け方は多様にある。そう気づいた僕は、NHKを退職し、様々なプロジェクトに携わりました。
2019年のラグビーW杯開催時には、ラグビーに興味のない人も楽しめるようなプログラムを、180の企業や団体と200以上展開。「にわかファン」という流行語も生まれ、とても盛り上がりました。「支えられる人から、支える人へ」をコンセプトにした、高齢者施設の方々が地元サッカークラブのサポーターになるプロジェクトも手がけました。高齢者は「野球と相撲しか見ない」と言われましたが、今では230を超える施設で、延べ1万人以上が推し活を楽しみ、心身が元気になっていくようなことが起きています。
また、NHK時代から続けている認知症の方が注文を取って配膳をするイベント型レストラン「注文をまちがえる料理店」は、間違えても皆が受け止めて、笑い、温かな気持ちで過ごせるレストランです。実施した際、クラウドファンディングで約1300万円の支援が個人や企業から集まり、150カ国以上に情報が広がりました。高齢化は深刻な問題ですが、焦点の当て方によって新たな取り組みは生まれるし、広く届けることができるのだと実感しました。
そして、NPOも立ち上げ取り組んでいるのが、「deleteC」です。Cancer(がん)の頭文字と同じ「C」を消した商品やサービスの売り上げの一部を、がん治療の研究に寄付する、どんな人でも参加できるプロジェクトです。
きっかけは、がんを患った友人から、「がんを治せる病気にするアイデアを考えてほしい」と相談されたことでした。医師でもなく、専門知識もない僕にはテーマが大きすぎて、最初は何もできないと思いましたが、真剣に願うその友人が見せてくれたある人の名刺をヒントに、この企画が生まれました。企業には商品名の一文字を消すなんてとんでもないと、100社以上に断られました。しかし、今では200を超える企業が賛同、参加してくれ、さらに全国的に大きく広がろうとしています。
今の僕の仕事は、がんや認知症のような大切だけれど重いテーマに、アイデアの力でたくさんの人が参加したくなるようにすることです。眉間にしわを寄せ、拳をあげて叫んでも人は集まりませんし、社会にとって良いことならば、参加する人が増え、無理なく楽しくできるようになるべきだと思っています。僕はこの考え方を「カジュアル・ソーシャル・アクション」と呼び、大事にしています。笑えないはずの社会課題でも、アイデア次第で、見え方をがらりと変えることができる。ある人に、僕がやっていることは「笑える革命」だと言われました。
僕は、認知症やがんの専門家ではなく素人ですが、その素人が、こんな世界になったらいいなと熱狂することが、世界を変える一助になるのだと思っています。「deleteC」のアイデアを思いついた時、自分には「できることが何もない」から、「できることがある」と逆転した時の実感が僕の全ての原動力になっています。
皆さん、「絵空事」を描いてください。Cを消すなんて馬鹿げていると言われ、認知症の方が働くなんて無理だと言われました。でも、妄想が世界を変えるのだと思います。ライト兄弟だって自転車屋でした。恥ずかしがらず、まずは、自分の絵空事を言葉にすることが、世界を変える第一歩だと思います。